政略結婚

リョーガイは牢獄から釈放されて後、ユーグリッドの任命により財務大臣となった。その働きは目覚ましいものであり、アルポート王国の財政は見る見るうちに回復した。


リョーガイが行った政策は以下のものであった。



まず金がかかる国内の農工産業を縮小し、その分の金を貿易業や不動産業に出資する。貿易業では海外の小国の特産品を大量に安く仕入れ、それを元手に海外の大国に輸出・交易を行う。不動産業では起業を望む商人たちに積極的な土地や船の貸し付けを行い、事業に成功した商人には更に税制で優遇措置を取る。


この2つの活発な経済政策により、アルポート王国には海外の珍しい品物が次々と入荷され、それを元手に商売を始めようとする商人が急増した。商人たちは一攫千金を夢見て次々と国の土地や船の借り入れを申し出る。結果的に国は高額の不動産収入を得ることになったのだ。


そしてその資金を元手に更にリョーガイは都市開発や交通整備を進めていき、人や物の行き交いを盛んにする流通業を発展させた。この結果としてアルポート王国は商品の売買や物流が活発に行われる商業都市となり、その取引に対して一定の関税を設けることで莫大な税収を得ることとなったのである。


その国の金脈源となる都市を作り上げるまでにかかった日月はわずか1ヶ月、リョーガイの鬼才が十二分に発揮された結果であった。


「ユーグリッド陛下、西海の新しい貿易経路を開拓しましたぞ。此度の貿易が成功すれば、我が国が得られる利潤は合計で6万金両。今月の財政収支はしめて5万金両の黒字となる見込みです」


「よくやったリョーガイよ。黒字分の収益はテンテイイと相談し、都市開発と産業福祉に回せ。詳細な資金の使い道についてはお主らに任せる」


「御意にございます、ユーグリッド陛下!」


リョーガイは意気揚々と身を翻して玉座の間を去っていった。


ユーグリッドはその頼もしい財務大臣の背中を見送る。


(リョーガイを味方につけて正解だったな。奴の才能はやはり非凡という言葉では言い表せぬほど非凡なものよ。これほど一気にアルポート王国の景気がよくなるとは俺も予想だにしていなかった)


そこでユーグリッドは過去を回想する。



牢獄でリョーガイを心服させた後、ユーグリッドはリョーガイから何も奪わなかった。家族も兵も金も土地も、そして命さえも奪わなかった。


そのユーグリッドの寛大な恩赦にリョーガイは改めて感動した。そしてリョーガイ自らの申し出により100万金両の借金は帳消しとなり、西地区の港も国有のものとなった。


今港の貿易は国との共同経営によって執り行われており、その貿易権も国とリョーガイが共有するものとなった。


それを契機にユーグリッドとリョーガイの親睦は急速に深まり始める。そして今では、リョーガイの屋敷で共に酒を酌み交わすほどの仲となっていたのだった。



「陛下、今日は西海の海賊王より50年もののワインを賜りましたぞ。黒ブドウの果汁をふんだんに搾り取った代物でございまして、世界中の国々で愛飲されていると聞きます」


7月の中旬の夜、リョーガイは自分の屋敷の一室でユーグリッドの盃に赤ワインを注いでいた。


「ああ、いただくとしよう。だが俺は酒にあまり強くない。それほど多くは入れてくれるなよ」


「ええ、存じ上げております。ですがこのワインはそれほど刺激の強いものではございません。下戸の陛下のお口にもきっと合いますでしょう」


赤色を基調とした派手で豪勢な洋室で、二人は酒を酌み交わす。広いテーブルの上には今朝漁獲されたばかりの魚を活け造りにした刺し身が並べられている。ユーグリッドはリョーガイが勧めるその美味な飲食物をどんどん口にした。


「それにしても最近は漁業の収穫も非常に景気がいいですなぁ。毎日アルポートの領民全員を合わせても食べ切れぬほどの量が獲れている。昨晩はどこから泳いできたのか、一頭のくじらだって捕獲されたのでございますよ」


「ああ、食い物に困らぬというのは良いことだ。人という奴はまず食が成り立たねば何もできぬ。人は食わねば頭も回らなくなるし、頭が回らなければ金の工面もできず首も回らなくなる。回り回って己に不幸が回ってくるといことだ」


「ハハハ、上手いことを言いますなぁ陛下。ならば私も存分に回してやりましょう。今日は食い物を腹の中に回せるだけ回せて、明日からも国中の商人に金を回せるだけ回せてやります。そして私はこの国の経済を大いに回してやるのでございますよ」


「ハハハ、お主もなかなかに上手いことを言う!」


二人の酔いは回っていた。


宴もたけなわとなり、だんだんとテーブルの酒もつまみもなくなっていく。


その折になると、リョーガイはコトリと盃を置いた。


「陛下」


「何だ?」


ユーグリッドが盃を飲み干しながら返事する。顔を赤くしており機嫌がいい。


そこでリョーガイは話を切り出した。


「このアルポート王国も今はなかなかに順調に治世が進んでいる。諸外国との貿易は上手くいっているし、領民たちの懐も潤っている。つまりこの国は今安定期を迎えているわけですなぁ。陛下もこの頃こうして私と酒を酌み交わせるほどに余裕が出てきている。


そこでどうでしょう? ここいらでそろそろ腰を落ち着けようとは思いませんか?」


「何だ? 俺に玉座を降りて隠居しろというのか?」


「いえいえ、滅相もない。私が言いたいのはつまり、そろそろご婚約を結ばれてはいかがですかと申しあげたいのでございます。実は私には一人、年頃の娘がおりましてね」


ユーグリッドがゆっくりと盃を置き、リョーガイをじっとりと見遣る。


「・・・・・・なるほど、つまり政略結婚というわけか。お主がこの頃やけに俺に宴席を用意していたのは、その縁談を持ち出すためであったか」


「ええ、恐れながら左様でございます。陛下には私の娘と結婚していただきたいと存じ上げているのでございます」


「ほう」


ユーグリッドはイカの刺し身を素手で頬張る。


「どうしたのだ野心家リョーガイよ。俺とお主の娘が結婚するということは、お主がアルポート王国の王座を諦めるということに他ならないぞ。まさか自分の娘を巻き込んでまで、俺を謀略に嵌めるつもりではあるまいな?」


「いえいえ、とんでもない。そんな娘を怒らせるような真似は二度と致しませぬ。私はもっと平和的な方法で自分の野心を叶えようと心を改めたのでございます」


リョーガイがユーグリッドにワインの瓶を差し出し、ユーグリッドはそれを受ける。だがユーグリッドはそのまま盃をテーブルに置いてしまった。


「このリョーガイ、ユーグリッド陛下こそアルポート王国の国王にふさわしい御方だと存じ上げております。つまりこの国の一番手は陛下というわけです。ですから私は、その一歩後ろにある二番手の位を目指そうと考えているのでございます」


「なるほど。つまりお主は王家の位をまだ狙っておるということか。その婚姻が成立したとなれば、お主は晴れて俺の関白になれるというわけだ」


ユーグリッドは内心苦笑した。一度は地獄の底まで叩き落としてやったというのに、この男の権勢欲は全く衰えていないようだ。人の業の深さとはそれほど簡単には変わらないもののようである。


「陛下、そう邪険に扱いなさるな。これは陛下にとっても利益のある縁談なのでございますよ」


「利益というと?」


「ええ、つまり私めリョーガイとユーグリッド陛下の蜜月をよく思っていない諸侯どもに対し、我々が正式に盟友関係にあるということを証明することができるのでございますよ」


リョーガイはアルポート王国で起こっている政治問題について語り始めた。


都で起こっている政治問題、つまりそれはリョーガイとユーグリッドの仲がいきなり親しくなったことに、大多数の臣下たちが不審や不満を抱いているという忠誠心の問題である。


ユーグリッドはかつて玉座の間に全諸侯を集め、リョーガイの反逆罪を断罪した。そしてその臣下たちの前でリョーガイを処刑にするとも宣言している。その判決には臣下一同も納得していた。


だがしかし、現実にはユーグリッドはリョーガイに対して何ら処罰を与えず、あまつさえ財政大臣の職に任命して重用している。国に反乱を起こそうとして大罪を犯した逆賊を、重要な職につけて王が可愛がっているのだ。


これは他の臣下たちの目から見れば、全く理解のできない不公平な厚遇だっただろう。臣下たちはそのユーグリッドのリョーガイに対する依怙贔屓えこひいきに、決して面白い感情を抱いていないのだ。


臣下たちの間ではよくない噂話も囁かれており、それはリョーガイが多額の賄賂をユーグリッドに贈ったというものだった、その噂は現在宮廷中で広まっており、リョーガイとユーグリッドへの臣下たちの信頼は底の底まで落ちていた。


これは翻して見れば、アルポート王国の諸侯たちの離心を招いているということであり、ひいてはまた反乱が起こる危険性があるということである。


「なるほど。お主と俺が正式に血縁関係になれば、臣下たちは王家の一族においそれと非難ができなくなるというわけか。濡れ衣のような噂は途絶え、王家の威信はますます強くなる。結果として諸侯たちが反乱を起こすことも難しくなるというわけか。


つまりこの婚姻はお主と俺の立場をより強くし、同時に己の身を守るためにあるというわけだな」


ユーグリッドはリョーガイの狙いを要約する。


「全くのご明察でございます、陛下! この国の政治は絶対王政によって成り立つもの。王の権勢は誰も逆らえぬほどに無敵なものでなくてはなりませぬ! 王が強ければ強いほど、この国の支配が上手くいくのでございます!」


リョーガイが酔っぱらい興奮した調子で熱弁する。多少の誇張はあるが、決して的外れな意見ではない。


ユーグリッドはそこで自分の立場について思い返す。


(俺は王に成り立ての頃は弱小な王であり、臣下の誰からの信用もなかった。そして今でも俺の力は強いというわけでもない。俺は曲がりなりにも偉大なる海城王の息子だ。その父が築き上げてきた地位や権勢を無駄にはしたくない。俺はもっと、強くなりたい)


ユーグリッドはそこでテーブルに置かれていた盃を取り、一気に飲み干した。


「わかった。お主の縁談、受けるとしよう」


そしてユーグリッドはリョーガイの政略結婚に乗ったのである。

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