避けられぬ王の瑕疵

そのリョーキの言葉の瞬間、今まで暖まっていた縁談の場はさっと凍りついた。冷たい沈黙が訪れ、ぎこちのない緊張が走る。


かつてユーグリッドが海城王を殺害した罪の真相、それをリョーキが問い質したのだ。


「こ、これっリョーキ! 陛下に対して失礼だぞっ!」


その沈痛な雰囲気に割って入り、リョーガイはあたふたしながら娘を叱りつける。


「お父様は黙ってて! これは私の縁談なの!」


だがリョーキは強い語気で父の言葉を封殺した。たじろぐ父を他所に、リョーキはユーグリッドへと向き直る。


「ユーグリッド様、どうかお答えください。覇王軍がアルポート王国に襲来した時、何があったのですか? 私はその時のことを詳しく知らないのです」


その単刀直入な問いかけに、ユーグリッドは顔を伏せる。先程まで軽快に開かれていた口が重く閉ざされてしまった。


「答えてください! ユーグリッド様は何故、お父君を殺さねばならなかったのですか!?」


リョーキは語気を更に強めてユーグリッドに迫る。


リョーガイは娘の非礼を止めようと慌てて右手を伸ばしかける。だがあまりの娘の決然とした気迫に口出しすることができなかった。


「・・・・・・それは」


ユーグリッドは迷いながら口を開く。


「ーーそれは、覇王軍との戦争を止めるためだ。父上は覇王軍と戦争をしようとしていた。だが覇王軍の大軍や兵器は圧倒的であり、アルポート王国に勝ち目はなかった。臣下たちのほとんどが戦争に反対していたが、それでも父は戦争を避けようとはしなかった。だから俺は、やむを得ず父上を手にーー」


「それは嘘でございましょう!!」


リョーキの叫び声がユーグリッドの心頭に響く。己の目から離れようとする王の瞳を、リョーキは逃すまいと捉え続けた。


「それは、陛下の嘘でございましょう。私にはわかります。陛下は本心を語っていない。さっき仰っていた話だって、陛下が周りに言い訳するために取り繕った、弁明の言葉でございましょう」


「・・・・・・・・・・・・」


ユーグリッドはリョーキに虚言を見抜かれる。かつての凄惨な光景が頭に浮かび上がり、心の傷が抉られる。若き王は口を閉ざしてしまう。


だがリョーキの真剣な眼差しは、ユーグリッドが逃げることを許さなかった。例えどれだけ王が傷つこうとも、この縁談に関わる重大な真相は確かめなければならない。リョーキは己の信念に従い、また叫ぶようにしてユーグリッドに問う。


「陛下! どうか本当のことを話してください! 私はどうしてもあなたから真実の言葉が聞きたいのです!!」


縁談の場に、しばらく闇夜のように沈黙が訪れた。


忘却してくても忘却できない。その咎にずっとユーグリッドは苛まれていたのだ。


「・・・・・・俺は」


そして、ユーグリッドが隠し続けていた真相を語る。


「・・・・・・俺は、怖かった。覇王軍の大軍を見た時、もうアルポート王国はダメだと思った。勝てるはずない、敵いっこない、父上のやろうとしていることはただの自殺行為でしかない。俺はそう思った。


だけど、俺は死にたくなかった。生きたかった。俺は自分が死ぬ瞬間を想像した時、頭が混乱して何もわからなくなった。気づいた時には、俺は父上の左胸を刺していた。


俺はただ、本当にただ怖くて、それだけのために、父上を殺したのだ」


ユーグリッドは言葉を詰まらせながら過去の心情を吐露する。体の全てが打ち震え、己の罪深き瑕疵がまた疼き出した。


リョーキはユーグリッドの告白を静かに聞き届け、そして一粒の涙を流した。


「・・・・・・ユーグリッド様」


リョーキは目に涙を湛え、そして決然とした声で言った。


「私は、あなたと結婚できません」


その言葉にリョーガイが驚愕した。それから慌てふためき、何とかこの場を取り持とうと必死で考えを巡らせる。だがこの決裂した空気を覆せる、気の利いた言葉など思いつかなかった。


リョーキとユーグリッドの間には暗いとばりのような心の壁が張り巡らせられる。

その隔たりは大きく、もはや二人は心を通わせられない。


リョーキは俯き、静やかに自分の思いを語る。


「わかっています。ウォームリック家のためを思うならば、陛下と婚約すべきだということは。でも私にはできない。大切な家族を殺してまで、自分だけ生き残ろうとしたあなたの心を信じられない。私は家族を愛したい。私は夫を信じたい。けど、あなたとはそれができない。私は、たった一度しかない自分の人生を、あなたと添い遂げることができないのです」


そしてリョーキは髪に刺していたかんざしを抜き取った。


「陛下、申し訳ありません。私は自分の信念を曲げることができない強情な女なのです。


陛下は今、大変お怒りになっているでしょう。罪人である父を許し、娘の私にまで縁談を持ち掛けてくださった。そんな寛大な陛下の心を、私は自分の我儘わがままのために踏みにじってしまったのです。


この侮辱の罪は、私の短い生涯の中で犯した最も重い罪でございます。ウォームリック家は、二度もあなたの名誉を傷つけてしまった。この咎は、もはやどれだけの誠意を尽くしても償いきれるものではございません。


だからーー」


リョーキはかんざしの針を己の首に向ける。


「私の命を以て、ユーグリッド陛下にお詫びいたします」


リョーキはかんざしを持つ手に力を込め、喉元に向かって腕を引く。そしてその尖った針を、細い首に突き立てようとーー


だがその時だった。


ユーグリッドはテーブルを蹴り飛ばし、リョーキの細い手首をしかと掴んでいた。その華奢で筋肉質な腕にユーグリッドの5本の指が食い込む。


間一髪、リョーキの凶行は止められた。


ユーグリッドは相手をいたわるような、そして申し訳なさそうな顔をして、リョーキの驚いた瞳を見下ろす。その双眸には、もはや目の前の女性ひとと愛を育む未来など映っていなかった。


「・・・・・・もう良い。お主が死ぬ必要はない。この縁談が破綻したのもお主のせいではない。俺が過去に犯した親殺しの罪のせいだ」


リョーキは体を戦慄わななかせ、ユーグリッドの影を宿した表情を見上げる。そのクヌギのような瞳から、はらはらと大粒の涙が溢れる。彼岸と此岸に分かつかのように、二人の心は離れていた。


「リョーガイ、リョーキの様子を見てやってくれ。俺はこのまま城に戻る」


ユーグリッドはリョーガイに呼びかけ、応接室の扉から出ていった。


こうして、ユーグリッドは親殺しの刻印が暴かれ、リョーキとの縁談は破談に終わったのである。

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