事件の真相

6月の夜、ソキンの屋敷の地下室でユーグリッドとソキンが対面していた。


ソキンは先程ユーグリッドに誘拐事件の首謀者であると暴かれた直後だと言うのに、余裕のある表情をしていた。追い詰められているのは確実にソキンのほうだというのに、その態度はあまりにも異様すぎる。


ユーグリッドはソキンの腹の内が見えぬ様相に冷たいものを感じていた。


「さて、陛下。私は罪を告白しました。ですがそれから陛下はいかがなさるおつもりでございましょうか? ここは誰もいないプロテシオン家の屋敷の一室。地の利は圧倒的に私にあると言えます。そして私は老齢ながら歴戦の武人であり、あなた様は生かじりの武術しか持ち合わせていない。この意味がおわかりですかな、ユーグリッド陛下?」


ソキンは余裕の笑みを口元に浮かべながら、けれど鋭い目で王を威圧する。


「地の利が貴様にあるだと?」


だがユーグリッドはせせら笑った。


「なら試してみるがいい。その瞬間、貴様の首は鎖鎌によって跳ね飛ばされることになるぞ」


「!!」


ソキンは咄嗟とっさに後ろへ振り返った。


薄暗い部屋の奥にわずかに人影が立っているのが見える。その者の目は殺気立っており、いつでもソキンを殺せるように身構えていたのだ。


ソキンは曲げた首をおもむろに元の位置に戻す。


「・・・・・・なるほど、根拠のない脅しと考えるのはどうやら難しいようですな。私が武器を持っていたならば、状況も変わっていたでしょうが」


ソキンは動じる様子もなく柔和な顔を浮かべる。だが先程まで発せられていたソキンの殺気は収まっていた。


「貴様の知っていることを全て話せ。話の内容次第では、貴様の罪を許してやってもいい」


ユーグリッドは寛大な処置を持ち掛ける。


その言葉に、ソキンは背筋を伸ばした姿勢で黙り込む。だがしばらくして、ついに口を開いた。


「・・・・・・承知しました、陛下。私が知っている全てをお話しましょう」


そしてソキンは滔々とうとうと語り始めた。


「まず陛下の誘拐を首謀した者、それは紛れもなく私めでございます。しかしそれには込み入った事情がございまして、いやはやどこから話したら良いものやら」


「お主の好きな順序で話せ。俺は真実を全て知るためにここまでやってきたのだ」


ユーグリッドは真相の自白を促す。


ソキンもその催促に素直に応じた。


「ええ、ではまずレボクについてお話させていただきます。レボクは元々リョーガイによってアルポート王城に入れられた内偵なのでございます。リョーガイは賄賂を兵務庁に渡し、レボクの部隊を丸ごと王城に入れたのです。


陛下も恐らくご存知でしょうが、リョーガイは今アルポート王城攻略の内乱を計画しているのでございます」


「ああ、知っている。俺も独自に捜査してその事実を解き明かしたのだ」


ここまでの話は今までの調査から予測できる内容だった。レボクはやはりリョーガイの息が掛かっており、リョーガイのアルポート王城攻略のために暗躍していたのだ。


だがそれがどうして王の誘拐を決行することになったのかわからない。ユーグリッドを殺すつもりで城を攻めるなら、わざわざ誘拐をする必要はなかったはずだ。


「それで、レボクは何故俺を誘拐することになったのだ? これもリョーガイの陰謀の一環なのか? 俺を誘拐して奴に何の利益がある?」


「いえ、誘拐事件のことは私めが単独で計画したことでございまして、リョーガイは全く関わっておりません。そして付け加えて申し上げさせていただきますと、私はリョーガイの反乱には反対の立場でございます」


「リョーガイが誘拐に関わっていないだと? ならお主とリョーガイは共謀していたわけではなかったのか?」


「はい、私はリョーガイとは一切手を組んでおりませぬ。それは陛下の勘違いでございます」


予想外の言葉にユーグリッドは驚く。ならば何故ソキンは誘拐を企てたのだろうか。話の先が見えず、ユーグリッドは顎をしゃくりソキンに話を急かした。


「はい。実を申しますと私が陛下を誘拐しようとしたのは、リョーガイの反乱を止めるためなのでございます」


「反乱を止めるため? どうにも解せんな。何故俺を誘拐すればリョーガイの反乱が止まることになるのだ?」


「ええ、それはアルポート王国の王位継承の法律の原則があるからです」


ソキンはその制度について詳しく説明し始めた。


「通常、もし王の一族が全員お亡くなりになられた場合、残された臣下たちの議会によって新しい王が決定されます。アルポート王国で最も有力な諸侯が次世代の王となるのです。


しかしその王の一族が全員行方不明の場合には、王の一族が生存している可能性があることを鑑みて、その時は仮の代表者が選出されるのです。


この仮の代表者とは王が持つ権限よりも遥かに制限されたものであり、臣下たちの人事や国の財政についての絶対的な決定権を有しておりません。それらの重大事項の承認には臣下たちの諸侯会議による議決が必要となるのです。つまり仮の代表者という地位は、正統な王と比べて圧倒的に権威が弱いのでございます」


ソキンは王政の仕組みについての説明を終える。


ユーグリッドはその複雑な制度について理解し、瞬時にソキンの誘拐の意図を汲み取った。


「なるほど、つまり俺を誘拐して行方不明にすれば、例えリョーガイがアルポート王城を攻略できたとしても王にはなれないということか。即ちお主は、リョーガイがアルポート王国の国王となることを阻止しようとしたわけだな」


ユーグリッドは誘拐事件の真相に辿り着く。だが、まだリョーガイとソキンの共謀についての嫌疑は晴れていない。ユーグリッドはソキンたちの関係性を洗い出すために質問を続ける。


「それで、どうやってお主はレボクに接触したのだ? リョーガイとお主が対立しているならば、リョーガイの手下であるレボクを操ることもできないだろう」


「ええ。それについては、実はプロテシア家の兄弟たちから直々に私が相談を受けたのです」


「相談?」


ユーグリッドはオウム返しに尋ねる。


ソキンの腹の内はまだ全て明らかになっていない。


「はい、3兄弟はリョーガイの内乱計画が怖くなり私に密告してきたのです。彼らには家柄があり家族もあります。わざわざ反逆罪を犯してまでリョーガイの反乱に加担したくないと言っておりました」


「なるほど、レボクの部隊も一枚岩ではなかったということか」


ユーグリッドはその経緯に感想を述べる。家族を守るために自分たちが殺されてしまったのでは元も子もないがな、と皮肉に思ったがそれは口に出さなかった。


「プロテシア家の者たちから密告があった後、私は彼らからつぶさに事情を聞き出しました。するとリョーガイが反乱を企てていることがわかりました。


そこで私は秘密裏にレボクの部隊を呼び出して脅しをかけたのです。『お前たちが反乱を企てているがわかっている。お前たちの罪を明るみに出されたくなければ私に協力しろ』と。


レボクたちはその時顔を真っ青にして私に従いました。


その後、私自身も含めて互いに11枚の誓約書を書き、それぞれの手形をそこに押させることで同盟関係を築きました。そうすることで陛下の誘拐事件への参加を強制し、更に互いに誓約書を持たせることで、全員が裏切れない状況を作ったのでございます」


ソキンは誓約書を作った成り行きについて打ち明ける。


だがユーグリッドはその告白に得心がいかず、一つ疑問を呈する。


「その話は少し解せんな。その誓約書に何故お主の名前まで連ねたのだ? 万が一にでも裏切り者が出てしまえば、お主の罪も明るみになって立場が危うくなってしまうだろう。現にその誓約書のせいで、お主は俺に誘拐の陰謀を見破られたのだぞ」


その王の尤もな指摘に、ソキンは明確な理由を説明する。


「それは私自身も彼らを裏切らないと証明するためでございます。


実を言いますと、私は彼らをアルポート王城から引き抜き家来にするつもりでした。アルポート王城にリョーガイの内偵が居続けることは得策ではないと判断したのです。


そこで陛下の誘拐が成功した暁には、その誓約書と引き換えにプロテシオン家の兵にすると約束したのです。プロテシオン家は中々に格式のある家柄でございましてな。彼らは私の提案を聞くと皆一様に喜んでおりました」


「・・・・・・なるほど、お主は中々に飴と鞭の使い分けが上手いようだな。まず罪を暴くという鞭を与えておいてから、家来にするという飴を与えておく。その飴をちらつかせておけば、裏切られる可能性もぐんと低くなるというわけか」


ユーグリッドはソキンの懐柔策に感心する。この男はやはり知勇兼備の将のようだ。海城王が重鎮として傍に置いていたことにも納得できる。味方につければどれほど心強いだろう。


「して、最後に確認しておきたいのだが、お主はもし俺の誘拐に成功していた時はどうするつもりだったのだ? まさかそのまま俺を殺そうとしていたわけではあるまいな?」


「いえ、陛下を殺してしまってはリョーガイに対抗できる切り札を失ってしまいます。陛下を誘拐したら事情を説明して、この屋敷に軟禁させていただきく予定でした。


リョーガイの反乱の恐れがなくなった頃合いを見て陛下を玉座に戻し、リョーガイのアルポート王国の乗っ取り計画を阻止するつもりだったのです。実を申しますと、私もリョーガイの反乱を止めるために色々と策謀を巡らせていた最中だったのです」


「なるほど、ならば我々の目的は同じということか」


ユーグリッドがニヤリと口元を歪ませる。ユーグリッドは更にソキンに反意なきことを探るために質問を続けた。


「よし、ならばこれも聞いておこう。仮にリョーガイが王になったとしたら、アルポート王国はどうなると思う?」


「リョーガイは金と権勢欲にしか興味がない男です。きっと王の権力をほしいままにし、領民のことも臣下のことも全く意に介さない暴政を振るうでしょう。


反乱を起こして王となった者は、最も反乱を恐れるものです。諸侯たちの軍の権限を削減することは目に見えています。我がプロテシオン家の勢力もその時には衰えてしまうでしょう」


「ほう、そうか。つまり自分の地位を守るためには、今の無能な王が国を治めていたほうが都合がいいとお主は考えているわけだな」


ユーグリッドは自嘲気味にソキンの意図を理解する。


その言葉に対してソキンは何も答えない。だがその沈黙はユーグリッドを取るに足らない男だと認めているのも同然だった。つまりソキンはリョーガイに自分の権勢を奪われるぐらいなら、何の権威もないユーグリッドに王政を任せた方がマシだと判断しているのである。


「さて、結論すればお主はリョーガイの敵対勢力というわけだな。つまりお主は自分が持つ5000の兵をリョーガイの反乱のために貸すつもりがない。そう考えて差し支えないな?」


「はい。私はリョーガイの絶対王政には反対でございます。彼の者を玉座に座らせる気は毛頭ありません」


「そうか、ならば俺がリョーガイを陥れる策があると言えば、お主は俺の味方につくか?」


その言葉にソキンの体がビクリと反応する。その何の実績もない青二才の王から、そんな謀略を提案されるとは思ってもみなかったのだ。


「策、と申しますと?」


「それはお主が首を縦に振れば教えてやろう。お主はユーグリッド・レグラスの王政に従うつもりはあるか?」


ユーグリッドの半ば強制的な誘い言葉とともに、ソキンの背後でユウゾウがギラリと目を光らせる。鎖鎌を握りしめ、いつでもその凶刃を放てるように構えている。


ソキンはそのシノビの殺気をひしひしと背中に感じ取っていた。


「・・・・・・従いましょう陛下。どうやら私にはその選択肢しか残されてはいないようだ」


ソキンは目を瞑り、静やかに王の権勢に協力した。

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