ソキンの調略

「これはこれはユーグリッド陛下、ご無沙汰でございます。約2ヶ月ぶりぐらいでしょうか? その間はお変わりなくご息災でございましたでしょうか?」


「ああソキン。俺は健康だ。特にこれといった患いもない。今日はお主と話がしたくてここまでやって来たのだ」


6月の夜の10時、老将ソキンの屋敷にユーグリッドが訪れると、ソキン自身が王を出迎えた。ソキンは寝間着姿であり髪が濡れており、先程まで風呂に入っていたことがうかがえる。


「私めに話でございますか? わかりました。家来に部屋を準備させますので応接間でお待ち下さい」


ユーグリッドは屋敷に入り、白い壮麗な応接間に入る。


そこへ女の召使いがやって来て、ユーグリッドに温かい茶を差し入れる。机には既に茶菓子も用意されていた。


だがユーグリッドは一滴も一口も机にある飲食物を口にしない。ソキンの対応があまりにも不自然すぎたのだ。


(こんな応接間があるのに、わざわざ別の部屋の用意をするだと? ソキンめ、俺が何故こんな夜更けに来訪したのか見抜いているな)


ユーグリッドは察知して用心を重ねる。


やがて応接間にソキン自身が入室してきた。その姿はすっかり礼服に身を包んでおり、慇懃無礼なほどに畏まっていた。


「陛下、部屋のご用意ができました。どうぞ私めの後についてきてください」


ソキンがユーグリッドを粛々と促す。


ユーグリッドは黙ってソキンの後へついていく。


その二人の足取りは地下の階段を通り、誰もいない船底のような薄暗い倉庫へと入っていった。


その部屋は先程の豪奢な応接間とは打って変わって、粗末な汚らしい木造りの一室だった。中央に木製の机と2つの椅子が置いてある。


ソキンは出口側の椅子に座り、そしてユーグリッドに対面の奥の席を勧める。いざ王が逃げ出そうとしても逃げられない位置取りというわけだ。


ユーグリッドはソキンの不審な促しに警戒しながらも素直に従った。


ソキンは持ってきた蝋燭ろうそくを机の上に置く。


「申し訳ありません、ユーグリッド陛下。何分応接間は少々騒がしいところでしてね。お恥ずかしながら噂好きな召使いが盗み聞きすることもある。こうして静かに話し合いをするとなると、どうしてもこの部屋以外に適当な場所がなかったのです」


ソキンは全てを見透かしたように言い繕う。


ユーグリッドはその老将の腹の内の読めなさに若干の焦りを感じた。


「それで、私に話とはどのような件でございましょう?」


顔を俯け、細い目を上目遣いにしながらユーグリッドの顔を覗き込む。へりくだった態度に見えるが、その実自分の表情が相手に見えにくくするための隠匿いんとくの構えであった。どこまでもこの男は抜け目がない。


(さて、どう切り出したものか。この男は全てわかった上でこんな態度を取っているような気がする)


ユーグリッドは慎重に構えながら言葉を選んだ。


「話というのは、アルポート王城で起こった事件についてだ。お主に少し尋ねたいことがある」


「はい、その事件と言いますと?」


「アルポート王城のレボクという衛兵の部隊が丸ごと失踪したのだ。俺は故あってその失踪事件について調べている」


「ほう、陛下ご自身が調査ですか? これはまた風変わりな趣向でございますなぁ」


ソキンは感心したような、どこか呆れたような調子で述べる。


ユーグリッドは、その嘲りを含んだ声を無視して質問を続ける。


「それで聞きたいのだが、お主はレボクという男を知っているか?」


「いえ、初めて聞いた名でございます。その者の名は存じ上げません」


「そうか。ではカルガナンという名前に聞き覚えはあるか?」


その名はプロテシアの名字を冠するレボクの部下一人の名前であった。


ユーグリッドが名前を告げると、しばしの沈黙が流れる。


そしてソキンは口を開いた。


「・・・・・・カルガナンといえば、私めが長を務めるプロテシオン家が分家、プロテシア家の長男にございます。年の老いた父親から家督を継いだ若い男でしてな。その兄弟たちは皆兵士になったのでございます」


「そうか。ではお主はその者たちが過去にどこで仕えていたか知っているか?」


ユーグリッドが矢継ぎ早に問う。


ソキンも躊躇なく答える。


「ええ、確かリョーガイ殿の元で私兵になっていたと聞きます。西地区の港で3兄弟が皆同じ部隊に所属して、警備を務めていたそうです」


「そうか。ならばその者たちは結婚しているのか?」


ユーグリッドは問いを畳み掛け、真っ直ぐソキンを見据える。


「ええ、そうでございますね。西地区で働いていた時にリョーガイ殿の一族の方に縁談を持ち掛けられたそうです。皆揃ってその一族の元に婿入りしたと聞きます。


何でもその一族は父親が危篤となり廃家寸前だったそうで、家の再興のために取り急いで婚約を結んだのだそうです。それで娘しかいなかったその一族は、そのままプロテシア家に吸収されたのでございます」


ソキンが込み入った分家の事情をすらすらと述べる。


ユーグリッドはその詳細さに違和感を覚えた。


「なるほど。お主は随分とプロテシア家に詳しいのだな。それだけつまびらかに知っているということは、プロテシオン家とプロテシア家の交流も深いのだろう?」


「いえ、それほどでもありません。私も伝聞で耳に入っただけの話でございます」


ソキンは意外な返答を告げる。


「そうか。話を聞く限りお主とリョーガイは遠縁ということになるな。ところでお主とリョーガイは親しい間柄にあるのか?」


ユーグリッドが突然話題を切り替える。これこそがユーグリッドが聞き出したい本題であった。


「・・・・・・いえ、私とリョーガイ殿は特別に仲が良いというわけではございません」


「そうか」


ユーグリッドは懐に手を入れる。


「ならば、これをなんと説明する?」


ユーグリッドがそれを開いて机に投げ出した瞬間、ソキンの細い目がカッと見開いた。


それはぺーじの薄い書状であり、朱で塗られたいくつもの手形が押印されている。そしてその手のひらの跡の隣には筆で綴られた署名の数々が記載されている。


”ソキン・プロテシオン”


その名前もその書状の中にあったのだ。


ユーグリッドがその文書の表紙に書かれた文面を読み上げる。


「『5月3日午後9時、ユーグリッド誘拐の計らいを実行する』


これは実際に俺がレボクの部隊に襲われた日付と一致している。この書状には、当然ながら失踪したレボクの部隊の者どもの名も記されている。そしてこの紙は西地区のプロテシア家から発見されたのだ。


お主はこれをどう説明する?」


「・・・・・・・・・・・・」


ソキンが王の詰問に沈黙を貫く。表情を見せぬ姿勢のまま静かに固まっていた。


「ソキン、王の命令である。この書状について洗いざらい説明せよ! これは明らかな王に対する反逆行為だ! 言い逃れはできぬぞっ!」


ユーグリッドが怒鳴り声を上げる。


だがソキンは頭を下げたままなおも固まっている。


ユーグリッドがダンッ!と乱暴に机を叩く。


「言え! 貴様がリョーガイと共謀していることはわかっているぞ! 何が目的だ! 言わねば貴様を国家反逆罪の罪で処刑するぞ!」


「んふふふふっ、ふふふっ、ふふふふふっ」


突然ソキンが笑い出した。気味の悪い含み笑いが暗闇に響き続ける。そしてソキンは伏せていた顔を上げた。


「お見事でございますなぁ、ユーグリッド陛下。そうです。私が陛下の誘拐を企んだのでございます」


ソキンはにこやかな顔で白状した。

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