反乱防止の推理

「そうか。リョーガイはこのアルポート王城を攻め、自らが王となろうしているのか」


「はい、リョーガイはタイイケンに調略をかけ、ユーグリッド様に反乱を起こそうとしております」


朝の時間、海城王の墓の前でユーグリッドはユウゾウから内偵情報の仔細を聞いていた。季節は6月を迎え、ハルゼミの鳴く声が聞こえてくる。


やはり予想通りリョーガイは陰謀を巡らせていた。だがこれほど大規模な反乱を計画していたとは流石にユーグリッドにも読み切れなかった。


「して、タイイケンはリョーガイの策謀に乗ったのか?」


「いえ、返事はまだしておらず迷っている様子でございました。リョーガイはタイイケンの返事を待つといって屋敷を出ていきましたが、反乱の時期が具体的にいつになるのかはまだ掴めておりません」


「そうか。だがやはり性急に食い止めるに越したことはないな」


ユーグリッドはリョーガイの反乱防止のために頭を働かせる。


ユーグリッドはそこでまずタイイケンについて考え始めた。タイイケンは亡き海城王を慕っており、その主を殺したユーグリッドを深く恨んでいる。権勢欲があるようには見えないが、その怨恨を理由に反乱に加わる可能性は十分にあるだろう。


そしてタイイケンは1万の熟練の軍隊を有しており、それはユーグリッドが持つアルポート王城の1万の兵に匹敵する。反乱の疑惑があるからといってタイイケンの屋敷に武力行使をするのは得策ではない。タイイケン自身も武の達人であり、むしろこちらが攻め入っては返り打ちに遭う可能性の方が高い。


(なら、俺がタイイケンを調略するか?)


だがそれこそ不可能な話だった。タイイケンはユーグリッドが父親殺しを告白した時、真っ先に斬りかかってきた男だ。その怒りは激しく、理性さえ忘れてしまうほどの憎悪に満ちていた。そんな危険な男を調略しに行くなど、飢えた虎の前に羊が現れるようなものだ。


そもそもユーグリッドには、タイイケンを味方につけられるだけの交渉材料がない。やはりタイイケンにはユーグリッドが付け入れられるような隙はなかった。ユーグリッドはタイイケンに対しては何もできないと結論づける。


(ならばやはり首謀者であるリョーガイをどうにかするか?)


ユーグリッドは今度はリョーガイについて考え始める。


まず初めに首謀者であるリョーガイを説得することは不可能だろう。自分の親族をアルポート王城に忍ばせ、王の誘拐まで企むほど陰謀深い男だ。その狡猾さは利己的であり、自分の野心を叶えるためなら内乱だって起こす。そんな自己中心的な男を舌先三寸の言葉で反乱を止めるようにと説得しても、改心させることはできないだろう。リョーガイを自分の味方につけることは無理だという結論に至る。


(ならリョーガイが住む西地区を攻め入るか?)


リョーガイが有する兵は5000兵ほどであり、特別に武力に優れているというわけでもない。ユーグリッドが保有する1万の兵の半分しか兵力がなく、武力行使すれば勝てる見込みのほうが高い。事前に反乱を鎮圧すること自体は可能である。


(だが問題はリョーガイを攻めるだけの正当な理由が、世間的に見てあるかどうかだ)


ユーグリッドはそこでユウゾウに尋ねる。


「ユウゾウ、何かリョーガイの反乱の陰謀を証明できるような物品は見つかったか?」


「いえ、申し訳ありませんが今のところ見つかっておりません」


「そうか。だとしたらリョーガイの屋敷に攻め入るのは難しいな・・・・・・」


ユーグリッドは落胆して肩を落とす。


いくら王といえど、臣下であるリョーガイの屋敷に理由もなく攻め入るのは、世間的な目から見ても許されない行為だろう。そんなことをしてはユーグリッドは根拠もなく人殺しをする暴君として領民から見られ、臣下たちからの離心も招く。


ただでさえ地に落ちている王の評判を更に貶めることになり、それこそ臣下たちの反乱を引き起こす事態になるだろう。ユーグリッド自身これ以上の汚名を被ることはご免だった。


リョーガイに対する調略も武力行使も、ほぼ不可能なものだとユーグリッドは結論した。


「ユーグリッド様」


頭を悩ませるユーグリッドに決然とした声でユウゾウが呼びかける。


「ご命令とあれば、俺たちがリョーガイを暗殺することもできます」


「暗殺だと?」


その物々しい提案にユーグリッドは目を見開く。


「はい、俺たちはシノビです。闇に隠れ敵を討つことを生業としております。リョーガイが一人でいる所を狙い、誰の目にも触れずに殺すことができます」


ユウゾウは積極的に進言するが、ユーグリッドはあまり気乗りしなかった。


「だが、リョーガイが暗殺されたとなれば真っ先に疑われるのは俺だ。俺は奴に100万金両の借金があるのだからな。俺はあまり世間の波風を立たせるような真似はしたくない」


「でしたらリョーガイを行方不明にするという手もございます。死体を海の遠方にまで引き連れて投げ込むのです。更に申し上げれば俺たちには標的を病死に見せかけて殺す手段もあります。クィナの毒と言いまして、これを10日ほど続けて飲ませれば、その者は肺炎にかかって死に至るのです」


ユウゾウは主君に是非にも暗殺を勧める。


だがユーグリッドは深く考えた後に、やはり首を横に振った。


「いや、やめておこう。やはりリョーガイを殺すのは得策ではない。


奴は西海の海賊王と懇意にしている。奴の外交能力のおかげで、海賊王は我が領土に攻めて来ぬのだ。その防波堤を担う男を殺すのは、海賊王に攻め入るきっかけを与えてしまうことになる」


ユーグリッドはユウゾウにリョーガイの重要性を説明した。



西海の海賊王エルフラッドはその名の通り元は海賊だった。彼の者が支配する7つの島は元々別の主君たちが治めていたのだが、エルフラッドの武力侵略によって全員玉座を奪われた。


その性格は残忍で利己的であり、自分の利益のためなら手段を選ばない。ある意味ではリョーガイと相性が良いらしく、この小国アルポート王国が海賊王に侵略されていないのも、ひとえにリョーガイが海賊王の金蔓かねづるであるからだった。つまりリョーガイには海賊王という後ろ盾が存在するのである。


(やはりリョーガイという男はこの上なく厄介な存在だ。内政においても外交においても、奴はアルポート王国で重要な役割を担っている。殺すには惜しい男だと言うことだ。此奴を傘下に置いていた父上も相当に苦労されていたであろう)


ユーグリッドは海城王のことを慮りながら歯噛みする。結局リョーガイには手を出すことができないという判断に至った。


(だとすれば残る有力候補は一人か)


そこでユーグリッドは海城王の重鎮ソキンについて考える。


彼の者は5000の兵を有しており、タイイケンの兵ほどではないが皆屈強である。老齢ながら戦歴の長い将であり、海城王の玉座の間でも帯剣を許されていた。


タイイケンがユーグリッドに斬りかかった時にも率先してユーグリッドを守り、ユーグリッドの王位継承問題の際にも賛成派に属していた。この経歴だけを見れば、ソキンはユーグリッドに味方していると思われる。


(そしてもし俺がソキンと手を組めれば、奴の5000の兵を手に入れることができる)


ユーグリッドはそこで勢力図の計算を始める。


ユーグリッドの配下にあるアルポート王城の兵士は1万、ソキンの兵士は5000、合わせて1万5000の兵力となる。これは共謀する可能性のあるリョーガイ・タイイケンの兵力の合計1万5000に匹敵する数である。


戦とは基本防衛する側が有利となるものであり、兵力が同じであればまず防衛する側が勝てるのが定石である。例えリョーガイ・タイイケン連合がアルポート王城に攻め込んだとしても、ユーグリッド・ソキン連合が防衛すれば城は攻め落とされない。リョーガイもユーグリッドとソキンが手を組んでいるとわかれば、おいそれと反乱を起こせないのである。


(もっともそれは飽くまで理論上の話だ。リョーガイは邪智深い男、大砲という攻城兵器も備えており、反乱にも万全を期して臨んでくることは間違いない。だとすれば奴はあらゆる手段を使って俺を追い詰めてくるはずだ)


そしてその敵の戦略の中でも、最も避けなければならない事態はリョーガイとソキンが手を組んでしまうということだ。リョーガイとソキンは遠縁であり少なからず繋がりがある。


そして王の誘拐未遂事件に際しては、ソキンの一族の者も参加していたのだ。どれだけソキンを信じられるかと問われれば、答えは五分五分といったところである。


(シノビ衆にはリョーガイとソキンを見張らせているが、今の所事件の確証を得られるような報告はない。だがリョーガイがソキンに接触してくることは間違いないだろう。あの反逆者はソキンの5000の兵が欲しくもあり、目障りでもあるのだからな)


ユーグリッドは推論の果てに次の目標を定める。


「ユウゾウ! ソキンの弱みとなるような情報を探れ! それを交渉材料にし、ソキンを俺の味方につける!」


そしてユーグリッドはユウゾウに命令を下したのだった。

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