反逆者を狩る罠

「これはリョーガイ殿、ご無沙汰しております。こんな夜更けに何の御用でしょうか?」


6月の夜中の10時頃、ソキンは自分の屋敷に訪れたリョーガイに応対をしていた。


リョーガイは着飾らない涼しげな服を着ており、とくに畏まった様子ではない。


「ええソキン殿。あなたに緊急の用事がありましてな。ユーグリッド陛下のことでお話したいのです」


「ユーグリッド陛下のこと?」


「はい。少々込み入った話でしてな。できれば誰もいない場所でお話したいのですが・・・・・・」


リョーガイは声を潜めて言う。


「・・・・・・わかりました。では準備をしますので応接室でお待ち下さい」


ソキンはリョーガイを屋敷に招き入れた。




しばらくして後、リョーガイとソキンは屋敷の地下室で対面していた。中央には木の机と2脚の椅子があり、出口側にはソキンが座り、その奥にリョーガイが座っている。蝋燭ろうそくの火は机の一本のみであり薄暗かった。


「申し訳ありませんリョーガイ殿、こんな汚らしい部屋しか用意できなくて。誰もいない場所といえば、私の屋敷ではここぐらいしか思いつかなかったのでございます」


「いえお構いなくソキン殿。私は誰もいない場所であれば便所の中でも構いませんので」


リョーガイは冗談のように言う。


ソキンはフフと愛想笑いをする。


その表面的には和やかなやりとりとは裏腹に、二人の間では不穏な気配が漂っていた。


「さて、ソキン殿」


そこでリョーガイは前腕を机に乗せ前のめりになる。


「率直に言って、今のユーグリッド陛下の政治についてどう思われます?」


「ユーグリッド陛下の政治でございますか?」


「そうです。正直なあなたの意見を聞きたい」


ソキンはその直球な問いにしばらく考え込む。


「・・・・・・はっきりと申し上げれば、ユーグリッド陛下の実績は芳しくない。


今まで海城王が長年行ってきた政策を次々と止めてしまい、独断で新しい事業を始めてしまっている。そしてそのどれもが失敗に終わってしまっており、無駄に国の財産を浪費ばかりしている。私も武人の身で詳しいことはわかりかねますが、財政的にもかなり厳しい状況になっているのではないかと推察しております」


「はい、全くその通りでございますソキン殿。ユーグリッド陛下の政策は尽く失敗しております。


その証拠に私はテンテイイ殿に国の財務記録について見せてもらったのですが、軍事費・内政費・外交費、いずれも前年より著しく出費が増大している。つまり陛下の政治は無駄が多すぎるのですよ。このままではいずれ国の経済は破綻してしまうでしょう」


リョーガイはユーグリッドの王政に駄目出しし、国の行く末を憂える。


「経済が破綻すれば領民の仕事はなくなり、名のある臣下たちもアルポート王国を離れてしまう。挙げ句の果てには、都の混乱に乗じて諸侯らが反乱を起こす事態にもなってしまうでしょう。


そうなればアルポート王国は分裂してしまう。そしてアルポートという名の国は滅びを迎え、永遠にアーシュマハ大陸の歴史から姿を消すことになるでしょう」


リョーガイは深刻そうに眉間に皺を寄せ、ソキンを見据える。


ソキンはリョーガイの話に何度も頷き、同調の意を示した。


「ソキン殿、ずばりいいましょう。ユーグリッド陛下の王政はもう持たない。このまま誰も何もせず手をこまねいていては、この国は手遅れになってしまう。今我々が手を打たねば、海城王が築き上げたこのアルポート王国は終わりを迎えてしまうのです。


そんなことは海城王の重鎮であったあなたにも耐え難いことでございましょう」


リョーガイは熱く弁舌を振るう。その豪商人の主張は、明らかに自分への同調を求めていた。


その熱弁にソキンはまた静かに頷きを見せる。


それを見て取るとリョーガイは更に体を前面へと乗り出した。


「・・・・・・ソキン殿」


リョーガイが一拍置き、決然と口を開く。


「我々と手を組みませんか?」


そして同盟を持ち掛けたのだ。


その言葉にソキンは細い目を開く。


「手を組む?」


「そう。今のユーグリッドの政治を変えたいとは思いませんか?」


リョーガイの勧誘にソキンは沈黙する。そしてしばらくすると、ソキンはユーグリッドの人物像について語り始めた。


「確かにユーグリッド陛下の政治は未熟であり失策ばかり犯している。私も武人ながら陛下に献策をしたことがありますが、全く取り合ってはもらえませんでした。


陛下の性格は独善的であり、臣下たちの意見も全く取り入れない。私も陛下の王政には不満を抱いております」


「そうです。そうでございましょう。だからこそ、今この国には革命が必要なのです!」


リョーガイは声高にソキンに国の変革を訴えかける。その姿は情熱的で愚直に感じられた。


その力強い言葉を受け、ソキンは一歩下がった視点でその真意を探る。


「革命と言いますと、臣下たちが一同に集まり陛下に直談判するということでしょうか? まあ、確かにそれには一定の効果があるやもしれませんが。本当に上手くいくかどうかはわかりませんな」


「いいえ、そんな生温い手段ではございません。私は武力行使によって陛下に玉座を降りていただこうと考えているのです!」


リョーガイはそこでついに王への反逆心を露わにした。


ソキンの体がピタリと止まる。


「武力行使? それは本気ですか? リョーガイ殿」


「ええ、私は本気です。その証拠に私はアルポート王城攻略のために西海より大量に大砲を輸入しました。


これは鉄の筒の中に火薬を詰め、それを炸裂させることで鉄の玉を発射する破壊兵器です。その威力は凄まじく、西海の海賊王もこの兵器を使い次々と城を攻め落とした戦績があります。


我々もこれを用いれば、アルポート王城を容易く落とすことができるでしょう」


リョーガイの自信たっぷりな断言に、ソキンは白い口髭に手を添えて逡巡を見せる。


「しかしいくらそんな攻城兵器があったとしても、そなたと私の兵力は合わせて1万。そしてアルポート王城の兵力も1万。つまり勢力は伯仲はくちゅうしております。基本的に城の攻略戦となると防衛側が圧倒的に有利であり、兵力が同数ではまず勝ち目はない。


私は多くの兵の命を預かる将として、そのような危険な賭け事のような戦はできませぬ」


「いえ、これは賭け事ではありません。私には確実にユーグリッド軍を討ち破れる勝算があります」


「勝算ですと?」


ソキンのオウム返しの言葉に、リョーガイはしかと頷き返す。


「ええ、実を申しますと既にタイイケン将軍もこの革命に賛同してくださっているのです。


タイイケン殿の兵力を合わせれば我々の兵力は合計で2万。ユーグリッドの1万の軍に対して2倍の兵力となり、城を攻め落とすには十分な戦力となります。この圧倒的な兵力と大砲を敵に見せつければ、アルポート王城の兵たちも我々に降伏せざるを得なくなるでしょう。我々は労せずユーグリッド軍に勝つことが出来ます」


リョーガイは力強く拳を振るい、この戦が必勝のものであると主張する。


だがリョーガイは一つ嘘をついていた。タイイケンはまだリョーガイの反乱に賛成する返事を送っていない。


しかしソキンの了承を得るために、あえて話を大きく見せていたのである。


ソキンは感嘆の声を漏らし、リョーガイの演説に賛同の意を示した。


「なるほど、確かにタイイケン殿は数々の名のある敵将を討ち取った猛将の中の猛将。彼が戦力に加われば、城の攻略も十分に可能であるといえます。この革命はきっと成功を収められるでしょう。


・・・・・・それにしてもリョーガイ殿、これほど抜かりなく城攻めの準備を進めているとは、そなたの覚悟も相当なものだとお見受けする。このソキンめもその大胆な救国の志には感服いたしました」


ソキンはリョーガイを手放しで褒め称える。


その称賛の言葉にリョーガイは満足し、この国家転覆の計の合意へと踏み切った。


「それではソキン殿、あなたもこの革命に参加してくださるのですね?」


「ええ、乗らせていただきます。この国にはやはり大きな変革が必要でございます。ですがその場合陛下の命はどうなるのでしょう?」


ソキンは一点だけ重要な事項について問い質す。


リョーガイは即座に回答した。


「ユーグリッドにはこの世から退場してもらいます。アルポート王国は絶対王政の国。国王が存命とあれば、結局国家の統一が成り立たなくなってしまいます」


「そうですか・・・・・・残念ですが仕方ありませんね。私にも守らねばならないものがあります故、私も主君殺しの覚悟を決めるとしましょう」


ソキンは目を瞑って指を組み、静やかに王を討つことを決断する。


リョーガイはその老将の反逆の決意を見て取ると、この商談の成立を確定した。リョーガイはそこですくりと立ち上がり、ソキンに向かって手のひらを広げる。


「ではソキン殿、我々はユーグリッドを共に討つという盟約を結ぶということでよろしいですな?」


「はい、私もアルポート王国の存続のためにユーグリッド陛下を討ちましょう」


ソキンはリョーガイの手を握り強く振る。これで二人の諸侯による反乱の約束が交わされた。


しばらくするとリョーガイは手を離し、ソキンに帰りの挨拶をする。


「では、協議が終わりましたところで、私はそろそろ帰らせていただきます。


計画の準備がまだあります故。アルポート王城を攻める具体的な日付については、また後日追って連絡します。


ソキン殿、その日が来た時は頼み申しますぞ」


リョーガイは最後に念を押し、悠然とした態度で立ち去ろうとする。


だがその時だった。


「お待ち下さい!」


ソキンは突然、叫ぶようにしてリョーガイを引き止める。


リョーガイはくるりと振り返った。


「何でございましょう? まさか心変わりなさったのですか?」


「いえ、そうではありません。私も新しいアルポート王国の治世には期待しております。ですがリョーガイ殿の計画には重大な穴がございます」


ソキンははっきりとした口調で明言する。


「穴? 穴と言いますと?」


「はい、それは我々の信頼関係でございます」


そしてソキンはこの計画の危険性について説明を始めた。


「この城攻めを成功させるには、まず大前提として2万の軍が集結する必要があります。ですがもし決起の日に誰か諸侯の一人でも約束を破ってしまった場合、その分の兵力が足りなくなり、王城の攻略が難しくなります。


そして私もリョーガイ殿もタイイケン殿も、革命の志は同じと言えどそれほど親睦が深いわけではありません。つまり我々の信頼関係は圧倒的に希薄なのでございます。もしかしたら我々の内の誰かが裏切って、ユーグリッド陛下にこの革命の計画を密告するかもしれない。つまり今の我々は皆が皆、互いの命を売り飛ばすことができる危険な状態にあるのです」


「・・・・・・なるほど、それはもっともなご意見だ。確かにこんな命賭けの商談を、口約束だけというわけにはいきませぬな」


リョーガイはソキンの意見に納得の意を示すと同時に、焦りを見せ始める。もしかしたらその不信を理由にソキンがこの反乱計画を断るのではないかと思ったからだ。


だが予想に反して、ソキンはリョーガイに話を持ち掛けた。


「そこでどうでしょう? 互いに誓約書を書きそれを持ち合うというのは。各々の手形をその誓約書へと判を押し、互いに裏切りができないよう確実な同盟関係を結ぶのです。


いかがですかなリョーガイ殿? この約束の印は是非とも我々に必要だと思うのですが」


ソキンはリョーガイに誓約書の作成を提案する。その表情は一見穏やかに見えるが、その実、頑なで断らせまいとする圧力があった。


リョーガイはそのソキンの案に対してしばらく考え込む。


(ソキンの意志は固いようだな。ここまで私の陰謀の手の内を明かして今更断られるわけにもいかない。ここはソキンの提案に乗っておくか)


リョーガイは結論して口を開く。


「・・・・・・わかりました、ソキン殿。それで我々の盟友関係が確実に結ばれるのなら、是非とも誓約書を書きましょう」


そしてリョーガイはとうとう承諾をした。


「では、筆と紙を持って参ります。しばらくこの部屋で待っていてください」


そう言うや否や、ソキンは足早に倉庫から出ていく。そしてそれほど時間が経たない内に目的の物を持って再び入ってきた。それはまるで事前に用意していたかのような周到さだった。



しばらくして後、2枚の誓約書が完成した。1つはソキンの手に、もう1つはリョーガイの手に渡る。タイイケンとの誓約書は改めて3人で談合する時に作成しようという手筈で話がまとまった。


リョーガイは朱のついた手を拭いながら一息、フウとため息をつく。


「さてソキン殿、これで満足していただけましたかな? 我々との革命の約束は守っていただけますね?」


「ええ、約束は必ず果たします。このアルポート王国の栄光を取り戻しましょう」


「ええもちろんです。共にアルポート王国を再興しましょう! では私は時刻も遅いので帰らせていただきます」


リョーガイは誓約書を手に取り、颯爽と薄暗い部屋を去っていく。


バタンと扉が閉まると、ソキンはポツリと部屋に取り残される。そしてソキンは背後を振り返り暗闇に呼びかけた。


「これで良いのだな? シノビよ」


その掛け声とともに、倉庫の棚裏に隠れていたユウゾウが姿を現した。

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