降伏会議

「陛下! 降伏しましょう! 我々に覇王に立ち向かえるほどの戦力はありません!」


海城王が玉座の間に戻ると、早速覇王に開戦するか降伏するかについての諸侯会議が開かれた。議論は舌戦という舌戦が繰り広げられ、臣下たちのほとんどが降伏することを王に主張していた。


「陛下、あれほどの軍勢は今まで見たこともありません! 兵力の数も兵器の数ももはや常軌を逸しております。そんな覇王軍とまともに戦えば我々の兵や領民たちは甚大な被害を被ることになるでしょう。皆が傷つく前に覇王に降伏すべきです!」


アルポート王国の宰相テンテイイ・アマブルは第一に口火を切った。


彼の者は元は農民の生まれであり、誰よりも領民のことを慮っている心根の優しい男であった。


「戦って国が滅びてしまっては元も子もありませぬ。命あっての物種でございます。例え覇王の属国になろうとも、この国自体は生き残ることができます。皆の命を救うため、ここは降伏を選ぶべきです!」


宰相テンテイイは必死に海城王を説得しようとする。だが海城王はひたすらに目を瞑り、テンテイイの弁舌に言葉を返さなかった。


「ふざけるなッ! 何が降伏だ! そんな屈辱的な決断を海城王様がお認めになるものかッ!」


そう怒鳴り声を上げたのはアルポート王国の大将軍タイイケン・シンギである。


彼の者はアルポート王国最強の武人であり、両手剣を左右の手に持ち、双剣として扱えるほど怪力を持つ豪傑であった。


「海城王様! 恐るるに足りませぬ! 我がアルポート王国の城は海に囲まれた天然の要塞。例えどれだけの軍勢が襲ってこようとも、この海の守りがある限り決して城に攻め込まれることはありませぬ。我々は開戦して覇王を討ち滅ぼすべきです!」


大将軍タイイケンは息を巻いて海城王に発破をかける。そのいかめしい顔は血の気に溢れ、覇王との決戦を明らかに望んでいた。


「しかしいくら我が国が海に囲まれているといえど、あの大量の投石機には太刀打ちできますまい」


タイイケンが興奮する中、そう冷水を浴びせるような声を発したのは、貿易大臣リョーガイ・ウォームリックである。


彼の者は大金持ちの現役の豪商人であり、アルポート王国の貿易権の全権を握っていた。


「例え直接城を攻めることができずとも、覇王軍は投石機による遠距離攻撃が可能である。あれほどの大量の投石機が一斉に攻撃を仕掛ければ、忽ち我が国は岩の雪崩に埋もれアルポート王国の者たちは全員死んでしまうでしょう。


覇王と戦いに臨むということは、あの大量の投石機を打破しなければならないということです。それがいかに無謀なことか、陛下にもおわかりいただけますでしょう」


貿易大臣リョーガイは海城王に冷静に状況を説明する。けれどそれにも反応を示さず、海城王は黙りこくっていた。


「リョーガイ! 貴様臆病風に吹かれたか! 海城王様に降伏を勧めるなど、主君を侮辱しているのも同然だぞ! 貴様はそれがわかってなおも開戦に反対するつもりか!」


タイイケンが巨躯を迫らせて怒鳴り声を上げる。しかし一方のリョーガイは飽くまでも冷淡にタイイケンを諭すのだった。


「しかし現実問題、あの投石機に抗える戦力が我々の国のどこにあるというのです? 我がアルポート王国は小国であり、兵力の数も兵器の数も圧倒的に不足している。こんな弱小な戦力ではあの万全に陣を構えた覇王の軍には到底敵いますまい」


「貴様! この俺が鍛え上げた精鋭部隊を弱卒と申すつもりかッ!?」


「少なくとも、将軍の兵では覇王の軍には勝てますまい」


「貴様ァッ!!」


タイイケンは顔を真っ赤にして怒り出す。今にも腰に据えた双剣を抜き出す勢いであった。玉座の間にいた臣下たちはその殺伐とした雰囲気にどよめき、その場の空気はますます重々しいものとなった。


「・・・・・・ソキンよ。そなたはどう考える?」


その剣呑な雰囲気を収めるべく、海城王は臣下の一人である重鎮ソキン・プロテシオンに意見を求めた。


彼の者は長年に渡って海城王に仕えてきた老齢の武人であり、海城王の信頼も篤い古参の将であった。


「・・・・・・正直に言って、私には判断いたしかねます」


しかし重鎮ソキンは物静かに曖昧な答えを王に返す。そしてそのまま言葉を紡いだ。


「確かに今我が国は覇王の圧倒的な軍勢に囲まれており、それを打ち破ることは難しい。開戦するとなれば、我が国の領土は確実に甚大な被害を被ることになるでしょう。


しかし降伏するとなれば、偉大なる海城王様の尊厳に傷がつくこともまた事実。覇王の属国として甘んじる屈辱の道を歩むことは、王の位を捨てることに等しいでしょう。


領土の安全と国王の威光、それら2つを天秤にかけた時、どちらがより重きものであるか・・・・・・一介の将である私にはとても決めかねる問題でございます」


ソキンは白ひげをさすり考え込む素振りを見せる。しかし数秒が経った後には、片手をゆったりと広げて伸ばし、王に再び進言したのだった。


「ですが、最終的に決断を下すのは海城王様ご自身にございます。我々臣下一同は皆、陛下がどのような答えを出したとしても、陛下のご意志を尊重します。


我々臣下は例え戦で滅びようとも、例え他国に服従しようとも、最期の時まで陛下のお傍に仕え奉る所存です。今直面している国家の危難に対しても、陛下ご自身がどうか決断を下してくださいませ」


ソキンは左の上腕に右手を添え、頭を深々と下げて礼をする。飽くまで自分の意見は出さない当たり障りのない答えであった。


だが海城王はそのソキンの言葉に得心した様子であるらしく、自身も重鎮に共感するように顎を擦った。


「ふむ・・・・・・なるほど・・・・・・我自身の答えか・・・・・・」


海城王はそう呟くと、そこで王座からすくりと立ち上がった。


「諸侯よ。我はしばらく自室で答えを考えることにする。そして明日の朝までには決定を下そう。各人はどちらの答えになってもいいようにそれぞれ準備をしておけ。これにて諸侯会議を終了する」


海城王は厳かな声で閉幕を宣言すると、臣下たちに背を向けて玉座の間を後にした。その場に残された臣下たちにはなおも沈痛な雰囲気が漂っており、覇王の侵略にどうしたものかと皆悩んでいる様子であった。


しかし海城王の意志は既に固まっていた。


海城王は覇王との決戦を望んでいたのである。

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