第一部 ~アルポート王国統一編~

覇王軍襲来 ~アルポート王国の包囲網~

小国・アルポート王国は滅亡の危機に瀕していた。


大国・ボヘミティリア王国の覇王軍によって侵略されていたのである。


3月31日正午の時、海城国家アルポート王国は、覇王軍10万の大軍によって完全に包囲されていた。


アルポート王国の北側の平原では、2万の覇王軍が大翼の如く陣を敷いており、

南側の平原では、同様に2万の軍勢が陣形を広げている。

更に東側の平原では、5万の覇王の主力が遥か遠くにまで軍を連ねており、

海に面した西側では、1万の水軍が船で城壁を取り囲んでいる。


もはやどこにも逃げ場などない。アルポート軍3万の兵士たちの眼前には、絶体絶命の戦場が広がっていたのだ。今まさに戦いの火蓋が切られようとしている。


その一触即発の睨み合いが続く最中、東の平原に陣取っていた総大将、覇王デンガダイ・バウワーは、アルポート王国の城壁に向かって黒馬を走らせた。


アルポート王国の城壁は海水で満たされた水堀で囲まれており、それによって敵軍の侵攻を阻んでいる。その自然の城塞の目前までやって来て、覇王は手綱を引いて馬を停止させる。そして巨漢の王は敵の城壁に向かって叫んだ。


「出てくるがいいッ! 海城王ヨーグラス・レグラスよ! 出てこねば、我が軍が貴様の城を攻め滅ぼすぞッ!」


覇王は雷のような怒号を轟かせる。アルポート王国に君臨する王、海城王に呼びかけたのだ。


城壁の上で弓を構えた1万の兵士たちは、その天を裂かんほどの大声に一斉に足をすくませる。春の穏やかな風がそよぐ中、殺伐とした空気が一瞬でその場を凍りつかせた。


その騒乱の最中、城壁の階段を登り、ゆっくりと覇王の前に姿を現した者がいた。彼の者こそが海城王ヨーグラス・レグラス、アルポート王国の国王である。その小国の王は黄金の両手剣を携えており、雄大に覇王の前に立ち塞がった。


「何用かッ! 覇王デンガダイ・バウワーよ! かように仰々しく軍を率いてくるとは! 貴様の蛮行はアーシュマハ大陸の国際法にもとる越境行為であるぞ! 皇帝マーレジア様のお怒りに触れる前に、早急にアルポート王国から立ち去るがいいッ!」


海城王は覇王に向かって黄金の剣を突き出し、大喝を上げる。だが覇王はその黄金の切っ先を前にしても、絶大な王者の風格を崩さない。


「それはならんなヨーグラスよッ! 我は貴様の国をいただきに来たのだ! このアルポート王国の地は、我が軍門に降る運命にあるのよ!」


獰猛な野心を露わにし、覇王はアルポート王国の支配を宣言する。その傍若無人な王の簒奪さんだつに、海城王は激昂し声を張り上げた。


「この恥知らずの侵略者めがッ! 皆の者ッ、弓を構えよッ! この無法の輩を蜂の巣にしてやるのだッ!」


海城王は黄金の剣を天に掲げ、王の号令をかける。城壁の守備兵たちは一斉にその王命に従い、弓の弦を力いっぱい張り詰める。


そのおびただしい数のやじりが覇王へと狙いを定め、今まさに巨漢の王の全身を貫こうとする。


だが覇王はその万兵ばんぺいの殺意にも臆した様子を見せず、再び天を貫くほどの怒号を上げた。


「ヨーグラスよ! 貴様の軍勢ではこの覇王の軍に勝つことはできぬ! 降伏するがいい! さすれば命だけは助けてやろう! この覇王に屈服し、その身を生涯我が軍のために捧げるのだ!」


覇王は高らかに降伏を勧告する。その絶対的な命令は決して拒否することを許さない。


だが海城王は再び黄金の剣を振り下ろし、覇王の心臓へと刃を向ける。


「ふざけるな逆賊めッ! 誰が貴様になど従うものか! 我は偉大なる皇帝マーレジア様に仕えし海城王! その皇帝陛下より授かりしこの国を侵略するということは、皇帝マーレジア様のご意志に背くことに他ならないぞ! 貴様はそれがわかってなお、このアーシュマハ大陸全ての王を敵に回すつもりかッ!!」


海城王は恫喝を上げ、皇帝マーレジアの威光を振りかざす。


しかしその皇帝の権威を前にしても、なおも覇王は動じなかった。


「皇帝? 皇帝など恐れるに足りぬわ! 貴様はこの戦乱の時代になおも、腐敗した朝廷の権力にしがみついておるのか?」


覇王は海城王をククッと嘲笑い、皇帝マーレジアを侮蔑する。


「今や皇帝マーレジアの権勢は地に落ち、次々と王たちが反乱を起こしている。アーシュマハ大陸は今やどこの地域でも戦火が途絶えず、国が滅亡と統合を繰り返している。力を持つ者こそが絶対的な権力を握る戦国の時代となったのだ。


我はその戦乱の世の機運に乗じ、このアーシュマハ大陸全ての王を支配せんッ! その未来皇帝となる覇業を成すべく、まずはこのアルポート王国を我が手中に収めるのだ!」


覇王は天下統一の野望を声明し、その巨大な右手を大きく振り上げた。


そしてその王者の号令とともに、覇王の東陣から大量の投石機が運び出された。


その攻城兵器は優に50機を超え、小国のアルポート王国を滅ぼすには十分すぎるほどの数が揃っている。50機の投石機には巨大な岩がどんどんと積まれ、今まさにアルポート王国を岩の雪崩によって埋め尽くさんとしている。


「さあ、矮小なる王ヨーグラスよ! 我に降伏せよ! さすれば貴様の国の兵士どもと領民どもの命を保証してやろう。強き国には奴隷が必要だ。これより先は我が国の属国として働き、その命が尽きるまで覇王軍に労苦を捧げるのだッ!」


覇王は翼のように両手を広げ、再びアルポート王国に降伏を勧告する。


しかし海城王は決して怯まず、暴虐の王に対して雄弁を振るった。


「ふざけるな侵略者めッ! 皇帝マーレジア様の権勢を脅かす逆臣になど誰が屈するものかッ! 我は皇帝マーレジア様の御名の下に貴様を成敗してくれるッ!」


海城王は荒波に立ち向かう雄大な船乗りの如く咆哮を上げる。その偉大なる王は必ずや皇帝への忠義を果たさんと覇王に宣戦布告する。


「ほう、これほどの軍と兵器を目の前にして、なおも我と戦おうというのか? 流石はかつては朝廷の犬となり、皇帝に尻尾を振っていたと言われる海城王であるな」


覇王は海城王の勇猛な闘志を見て取ると、どこか愉快そうにせせら笑った。


「だが、それも所詮ただの独り善がりな忠誠心よ。貴様一人がそう戦いを意気込んだ所で、果たしてそれをアルポートの者どもが認めるであろうかな? 現に貴様の後ろに控えている兵士どもは、震えて戦意を失くしておるぞ!」


「!!」


海城王は咄嗟とっさに振り返り辺りを見渡す。弓を構えていた兵士たちは、一様に張り詰めていたはずの武器を下ろしている。目の前の大量の投石機に目を奪われ、顔を真っ青にして立ち尽くしていた。


兵士たちは皆、海城王の開戦の決意など耳に入っていなかった。海城王への忠誠も、アルポート王国への愛国も、この覇王軍の圧倒的な兵器の前には全て無力なものとなっていた。誰もが投石機の恐怖に飲み込まれ、戦う前から敗北に心を支配されていた。もはや覇王に逆らえるアルポートの兵士など誰もいない。


「・・・・・・・・・・・・」


海城王はあまりのアルポート王国の逆境に愕然とした。そしてそれまでの毅然とした態度とは打って変わり、顔を俯け迷い悩む姿を見せた。


覇王はその海城王の決意の揺らぎを見逃さず、ククッと不敵に口元を歪ませる。


「ヨーグラスよ。一日だけ待ってやろう。我もこれから自分の物となる兵士どもの命を無駄に散らせたくはない。明日の正午までに降伏を宣言せよ。さすれば貴様たちアルポートの者ども全員の命を助けてやろう」


覇王は穏やかな口調で悠々と語りかける。手のひらを空に向かって広げ、城壁の兵士たちに扇のように手を回しながら差し伸べる。


「だがッ!!」


しかしその寛容な態度はすぐに一変し、覇王は背中に携えた巨大な斧を地面に叩きつけた。


ガアンッ!という鈍い金属音が響き渡り、さながら怪物のいななきのような地鳴りがアルポート王国の地を震撼させる。その化け物じみた轟音に城壁の兵士たちはビクリと体を戦慄わななかせた。


覇王は突き刺さった巨大な斧を片手で持ち上げ、海城王に向かって真っ直ぐに巨斧きょふを突きつける。


「もし明日の正午の時を超えた時は、我が軍は容赦なく貴様らを皆殺しにするッ! 岩の雨を降らせ、女であろうと子供であろうと、どんな身分の者であろうと、全員残らず叩き潰すッ!!


海城王よッ! 期限は明日の正午までだ!! 貴様らが降伏できるたった一度きりの好機を、努々ゆめゆめ逃すでないぞ!」


覇王は開戦までの猶予を宣告すると、その巨躯を翻し東の陣へと戻っていった。覇王の巨大な黒馬が土煙を巻き上げ、地面を踏み荒らしながら走り去っていく。


その間も、海城王は覇王の東陣にある大量の投石機を、苦悶に満ちた表情で見下ろしていた。


「私は・・・・・・どうすればよいのだ・・・・・・」


海城王は額に汗を流しながら、アルポート王国の王としての決断を迫られた。

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