1-21 「彼はどうやってここに来たのか」
「レインさん。まだ眠っているようですね~」
事件調査に入る前、私とメリーさんは医務室に顔を出した。
まだ、レインさんは気持ちよさそうに眠っている。
「この後議論の場ではレインさんも証言することになると思います。調査は私達で行って、今は寝かせてあげましょう」
「賛成です~」
グレイによるアナウンスは相当な大音量だったのだが、やはり体力が戻り切っていないのだろう。
私たちは二人で捜査に当たることに決める。
「あっ。何かの役に立つかもしれません。カメラだけ借りていきましょう」
私は枕元に置かれたレインさんのカメラを手に取る。
事件と関係のありそうなところの写真を撮っておけば、後で役立つこともあるかもしれない。
「では、行ってきます」
レインさん、そして私たちへ掛けられたコロリくん殺害の疑いを晴らすのだ。
私はカメラと日記帳を手に携え、医務室を後にした。
*
まずは死体発見現場であるゲートルームの貨物用エレベーターへとやってきた。
――ビーーーーーー
「これ、ずっと鳴っていますね」
エレベーターからは荷重超過を告げるブザー音がなり続けている。
「さっきの資料でもコロリさんの体重は四十七キロと記載されていました~。このエレベーターの荷重制限は四十五キロですからコロリくんは移動はできないわけですよね~」
「あれ? それっておかしくないですか」
私はセキュリティルームで見た映像を思い返す。
「一階のエレベーターホールに設置されたカメラには二階へと上がるコロリくんの姿は映っていませんでした。一階から二階に上がる手段はそれか、この貨物用エレベーターしかないはずです。コロリくんはどうやって二階に来たのでしょうか」
「確かに不思議ですね~。服も身に着けていますし流石に荷重制限をかいくぐれるほど体重が落ちているとは思えませんよ~。監視カメラの映像に何か見落としがあるのでしょうか~。後で確認しに行きましょう~」
「うーん。そうですね」
早回しではあるが監視カメラの映像はトウジさんと二人で確認している。
うーん。見逃しがあったとは思えないけれど。
「死体を見るのが辛いなら、私が状況を確認して口頭で伝達しましょうか~」
「いえ。大丈夫です。私も自分の目で確認します」
貨物用エレベーターの前。
エレベーターの開いた扉から足を出してコロリくんが仰向けに倒れている。
肩からはいつも身に着けている郵便カバンを提げたままだ。
首には刃物で切り裂かれた跡がある。
凶器の類は辺りに見当たらない。
犯人が持ち去ったのだろうか。
「刃物なら厨房や貨物室にいくらでもありますからね~」
「凶器から犯人は絞れそうにないですね」
死体の周囲を確認する。
エレベーターの外までは血は飛んでいないようだが、エレベーター内の床や壁は血で濡れている。
「これだけ酷い出血なら犯人は返り血を浴びているはずです~」
「血に濡れた服を犯人は何処に処分したんでしょう」
「自分の部屋に放り込んでおけば見つかることはないんじゃないでしょうか~。それに二階にはトラッシュルームがありますよ~」
「トラッシュルームは確かゴミを処分できる部屋でしたよね」
「はい。大きな廃棄口があって、そこにゴミを放り込んでおけば自動で処理してくれる見たいです~」
なるほど。証拠品の所在から犯人にたどり着くのは難しそうだ。
「……この血の飛び散り方。何かおかしくないですか?」
私は事件現場に感じる違和感を何とか言語化しようと、周囲を観察する。
「血が飛んでいるところは床とか地面に近い壁ばかりで、上の方には飛んでいませんね」
「えーっと。そんな血の飛び散り方をするということは~……コロリさんは刺されたとき、すでに倒れた状態だった、ということでしょうか~?」
「コロリくんは犯人から逃げている時に倒れたのかも。それに、エレベーターの外に血が一滴も飛んでいないことが気になります。もしかしてコロリくんはエレベーターの扉が閉じた状態で殺害されたんじゃ」
「流石にそれはないんじゃないですか~。コロリさんの体勢が凄いことになってしまいますよ~」
エレベーター内は狭い。人が一人寝転ぶには体を折り曲げなければならないはずだ。
今、コロリ君は足だけをエレベーターの外に出してエレベーターと外の境界を跨ぐように倒れている。
仮にコロリ君が今の姿勢で倒れたとしたら足を扉に持たれかけるような姿勢になるはずだ。
ただ犯人から逃げる際に転んだだけではそんな姿勢になるはずがない。
メリーさんが死体を裏返し背中側を確認する。
死体の下になっていた部分はほとんど血に濡れていなかった。
エレベーター扉も確認してみるが扉には血が飛んでいないようだ。
つまり、コロリくん殺害時、エレベーターの扉は開いていたことになる。
「えーっと。犯人はエレベーターの出口の周りを布で覆って、血が飛び散らないように保護した……それこそないですよ」
「何か理由があれば別ですが、普通はそんなことしませんよね~」
状況を作るだけなら例えば貨物室にあったテントを入り口をエレベーターに向け設置し、コロリ君の下半身がテントに入った状態にして殺せばエレベーターの外側に血が飛び散ることなく殺すことができるだろう。
貨物室には他にもビニールシートなどがあったし、方法論で言えば可能だ。
ただ、犯人が意味もなくそんなことをするとは思えない。
血が外に残らないように細工するのなら、何か理由があるかもしれない。
しかし、エレベーターの外にだけ血が残らないようにするなんて、どんな理由があるだろうか。
「あっ。これコロリくんが持っていた『白ヤギさん』ですよね」
よく見るとコロリくんが提げているカバンから白い物がはみ出していた。
白色のヤギの形をした置物。
コロリくんはこれを白ヤギさんと呼んでいた。
「カバンの中に入っていたからかこれには血がほとんど飛んでいませんね」
「白ヤギさんは印刷機が内蔵されているんでしたね〜。3キロぐらいは重さがありそうです~」
「これでは余計にコロリくんは貨物用エレベーターを使えませんね」
カバンの中には食堂で見せた預言の書かれた赤い便箋も入っていた。
このカバンは殺される時も身に着けていたのだろう。
――パシャ
私はレインさんのカメラで事件現場を写真に収めた。
【事件現場の写真】
https://kakuyomu.jp/users/takisugikogeo/news/16816927861079609501
「うーん。不審な点はありますけど、調べられるのはこのぐらいですかね」
疑問は残るがとりあえず調べられることは調べたと思う。
メリーさんと私は直接死体に触れ、コロリくんの死体に欠損部位が無いことを確認している。
大きな傷跡はグレイから渡されたリポートの通り頸部の一か所だけだ。
他には針で刺されたような小さな跡が体のあちこちから見つかった。
「虫にでも刺されたんじゃないですか~」
メリーさんは体の跡を見てそんなことを言うが、宇宙船の中に虫なんているのだろうか。
どこか体の一部が切り取られているとしたら貨物用エレベーターの重量制限もかいくぐれるのだが、こんな小さな跡ではどうしようもない。
事件とは関係のない可能性も高いだろう。
「一度、貨物用エレベーターで繋がっている貨物室も見ておきたいです」
「その前に着替えましょうよ~」
見れば私達の服は赤くなっていた。
死体を調べているときは夢中で気づかなかったが、意識に上ると途端に嫌悪感が顔をのぞかせる。
私たちは一度部屋に戻り着替える。
替えの服は部屋のクローゼットにぎっしりと詰まっていた。
これ全部、私の服だ。
グレイが運び込んだのだろう。
着替えを済ませると、その足で貨物室へと向かう。
しかし、貨物室は事件前とほとんど状態は変わっていなかった。
「あれ? ここにも血の痕がありますね」
私はエレベーター脇に置かれていた台車にわずかに残る血の痕を見つける。
「これだけ少量だと、事件と関係のないものかもしれませんね~」
「うーん、そうですね。他に事件前と変わったところもなさそうです」
私の予想に反して貨物室では血痕以外の痕跡は見つからなかった。
「次は、セキュリティルームに行きましょう。もう一度映像を確認したいです」
私たちはゲートルームと隣接するセキュリティルームへと向かった。
*
「やっぱり映っていませんね~」
私とメリーさんで再度、一階の防犯カメラの映像を確認するがコロリくんが一階から他の階へと移動する姿は映っていなかった。
監視カメラはエレベーター前の全域を映しており、例え壁や天井に張り付いていたとしてもカメラに映らずにエレベーターに乗り込むことは出来ない。
私はセキュリティルームに詰めるグレイたちへと向き直る。
「グレイ。この映像、本当に正しいものなんだよね」
『正しいとはどういう意味だ?』
「加工されているとか、一部分が削除されているとか、そういう可能性は無いの?」
『映像の加工は可能だが必ず痕跡が残る。監視カメラの方を弄っても同様だ。今回の映像に加工の跡は無い。映像は本物だ』
グレイの答えに、余計わからなくなる。
映像が本物ならコロリくんはどうやって二階に移動したのか。
「エレベーターの重量制限を回避する手段はないの? 例えば天井からぶら下がるとか」
『それは不可能だ。荷重の計測はエレベーターの箱ごとされる。壁に張り付こうと、天井からぶら下がろうと荷重制限の対象から外れることはできない』
「でも、ハッチを開けてエレベーターの上や下に抜けたりすることは可能なんじゃ」
『それも不可能だ。そもそも貨物用エレベーターにハッチなど存在していない。天井や床を破壊すれば通ることもできるだろうが、そんなことをすれば痕が残るだろう。そもそも破壊行為はルールで禁止されている』
「う、うーん」
グレイの言うとおりなら宙にでも浮かなければ貨物用エレベーターは利用できないことになる。
だけどコロリくんが二階に移動していることは事実だ。
何らかの移動手段があるはずなんだけど。
「そうだ。グレイ達はワープのように各部屋を移動していたよね。あれはどうやっているの」
『宇宙戦艦には物体をワープさせる機能が備わっている。ワレワレはその機能を利用している』
「じゃあコロリくんもその機能を使えば」
『ワープ機能は君たち被験者には未開放だ。今回の事件にワープ機能は使われていない』
これも、駄目か。
コロリくんはいったいどうやって移動したんだろ。
結局コロリくんの移動の謎は分からなかったが、手に入れた情報もある。
【監視カメラの映像】
07:12 コロリが一階へ
09:00 ユミト、モウタ、ノウトが三階へ カスミが一階へ
11:02 メリーが一階へ
12:00 メリー、カスミが二階へ
12:11 メリー、カスミが一階へ
12:19 メリー、カスミが二階へ
12:24 メリー、カスミ、トウジがセキュリティルームへ
日記帳にまとめた内容を見返す。
これが死体発見までの監視カメラに映っていた皆の移動経路だ。
ちなみにセキュリティルームを映したカメラにはグレイたちのいう通り、彼らの姿がずっと記録されていた。
そしてやはり、コロリくんが二階に移動する姿は記録されていない。
これでメインエレベーターの使用は否定されたと言えるだろう。
そうなるとコロリくんの移動には貨物用エレベーターが使用されたことになるが、それも荷重制限が邪魔をする。
せめてコロリくんの体重がもう少し軽ければ貨物用のエレベーターが使用できるのだが。
ん? 体重……
私はそのワードに引っかかりを感じる。
「私たちの中で荷重制限に引っかからずあの貨物用エレベーターを利用できる人はいるの?」
『体重が四十五キロ以下の人物がいるか、という意味での質問であれば答えはNOだ。最も体重の軽い被験者がコロリだ。次に軽いのはカスミだが、君は五十キロを超えて……』
「うわあああ。分かった。分かったから。それ以上は言わなくて大丈夫です!」
何、私の体重をサラッと言おうとしているんだ!
……まあ、私が聞いたからなんだけど。
因みに私の体重は五十ニキロある。
コロリくんを除いた被験者はそれ以上の体重があるということだ。
うーん。やはり、貨物用エレベーターを使える人物はいないということになる。
「セキュリティルームで得られる情報はこのぐらいでしょうか~。次は何処に行きますか~」
「エンジンルーム。次はそこに行ってみましょう」
さっき感じた違和感はなんだろう?
私はその正体を考えながら次の調査へと向かう。
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