1-20 「私達に犯行は不可能だ」
「雨傘レイン。彼なら犯行が可能ですわ」
「違う。レインさんはやっていません!」
沈んでいた思考が浮上する。
私はレインさんを疑うキラビさんへ反論を唱えた。
レインさんが犯人だなんて、そんなわけがない。
「レインさんは怪我人なんですよ。そんな人を……殺す、だなんて。そんなことできるわけがない」
「あら? そうですの。聞いた話では動けるぐらいまでには回復していたのですわよね」
「レインさんはまだ一命を取り留めただけです~。激しく動き回れる状態ではないことは看護師の私が証言します~」
私の言葉にメリーさんが加勢してくれる。
「あら? そういうことならいいですわ。簡単に事件が片付くのではないかと喜んだのですが勇み足だったようですわね」
「キラビさん! ふざけないでください」
「もちろんですの。私だって命がかかっているんですもの。真剣ですわ」
余裕の笑みを崩さずにキラビさんはそう言い切る。
そのあんまりな態度に、私は言葉を失ってしまう。
「一度落ち着こう。まずは皆の行動を確認しておかないか? 前提条件を明らかにする前に議論をするのは不毛だ」
トウジさんの声が場の混乱を押しとどめる。
「まず、コロリくんの姿が最後に確認されたのは朝食の席での事だ。預言を皆の前で発表し、自身に命の危険があると言われたコロリくんはその足で一階へと向かった。これは防犯カメラの映像にコロリくんが午前七時十二分に映っていることとも合致する。それ以降、防犯カメラにはコロリくんの姿は映っていない。彼をそれ以降に見た人はいないよね?」
トウジさんの質問に答える物は居なかった。
「それなら朝食の後から今までの皆の行動が分かれば犯人が絞り込めるはずだ」
「では、私からいいですか」
トウジさんの呼びかけにその隣に立つサイネさんが反応する。
「私は朝食のあと、ミユキさんと一緒に厨房で昼食の準備をしていました。その場には夫も居ました。誰も厨房を離れることはありませんでしたから私達三人に犯行は不可能です」
厨房に居た三人はそれぞれお互いを視認していたようだ。
犯行は不可能だろう。
「それなら俺っちにも無理だぜ」
次に発言したのはユミトさんだ。
「俺っちは朝五時からトレーニングルームでトレーニングしていたんだ。朝食は皆で集まる約束だったから一度食堂に行って、朝食の後もまたまっすぐ三階にあるトレーニングルームに向かったぜ。俺っちアスリートだからな。朝食の後はモウタとノウトも一緒にトレーニングルームに居たからアリバイは証明できるはずだ。途中トイレに立つことはあったが長い時間一人でいることはなかったからな。これじゃあ犯行は無理だろ?」
「トイレですか。どのくらいの間、トレーニングルームを離れることがあったのかな?」
「ええっと、あんまし良く覚えてねえよ」
「それなら僕が証言できます」
ユミトさんの話を一緒にトレーニングルームに向かったというノウトさんが引き継ぐ。
「モウタさんが十時頃に五分程、ユミトさんが十時半ごろに同じく五分程。僕はトレーニングルームを離れていません」
トレーニングルームがあるのは三階だ。
五分で二階のゲートルームにいるコロリ君を殺し、戻ってくるなんて不可能に思える。
三人にはアリバイが成立しているとみていいだろう。
「ウチらにも無理だゼ!」
今度はアイさんが声を上げる。
「ウチらは朝ごはんを食べてからずっとエンジンルームに籠って機械を弄ってたんだヨ!」
「トイレにも行ってねえからコロリを殺すなんて絶対に無理だゼ!」
エンジンルームは犯行現場であるゲートルームと同じ階にあるが、ずっと一緒にいたというのならアイさん、イアさんにも犯行は不可能だろう。
「私は少しだけ一人で動いていた時間があります~」
メリーさんが自信のない声で自身の行動を語る。
「朝食を食べてからしばらくはキラビさんと食堂で過ごしていました~。それからレインさんの様子を見るためにキラビさんを食堂に残して午前十一時に一階の医務室へ移動しています~」
「そうなるとメリーさんにアリバイが無いのはその午前十一時に移動する間ということかな?」
「いえ~。それが、医務室にはカスミさんとレインさんが居たんですが二人とも眠っていまして~。起こすのも悪いと思ってお昼ご飯までは起こさなかったんです~。その間二人から、私の視認はないはずです~」
そうか。私が眠ってしまったせいでメリーさんのアリバイが証明できないんだ。
「すみません。私、昨日あんまり眠れていなくて。レインさんと話していたら眠ってしまって」
「いえ~。こんなことになるなんて予測できるはずありませんから。カスミさんは悪くないですよ~」
メリーさんが食堂を去ったのが十一時だとすると昼食に皆が集まった十二時までメリーさんにはアリバイが無いことになる。
私が謝罪するとメリーさんは笑顔を返してくれる。
「カスミさんはどのくらいの時間眠っていたか覚えているかい?」
「九時に食堂を離れてそのまま医務室に向かって。多分九時半ごろには眠ってしまったと思います」
「レインさんはしばらく起きていたのかな?」
「分かりません。私の方が早く寝てしまいましたから。後で確認してみます」
私は答えながら内心冷や汗をかく。
そうだ。私とレインさんは二人して寝てしまっていた。
……これではお互いにアリバイを証言できない。
レインさんがいつまで起きていたのかは分からないが、少なくとも私の証言でレインさんの無実を証明することはできないのだ。
うう。どうして私は眠ってしまったんだろう。
「ちなみにメリーさんが食堂を出るまでの証言は厨房に居た僕らが正しいと証言できる。それにキラビさんは結局昼食まで食堂を離れていなかったよね」
「その通りですわ。単独行動禁止のルールのせいで食堂を離れられませんでしたの。煩わしいルールだと思っていましたが、そのおかげで私の無実が証明できるのですから結果オーライですわ」
【被験者のアリバイ】
コロリ:七時十二分に一階のEV前で防犯カメラに映っている。それ以降視認無し。
メリー:朝食後、十一時までキラビと食堂に。十一時に医務室へ向かいそのまま医務室に居た。
モウタ:朝食後、ユミト、ノウトと共にトレーニングルームで筋トレ。十時に五分程トイレへ。
アイ:朝食後、エンジンルームでイアと機械を弄っていた。
イア:朝食後、エンジンルームでアイと機械を弄っていた。
ミユキ:朝食後、厨房でサイネと調理。トウジもその場に居た。
トウジ:朝食後、厨房でミユキ、サイネの調理を見守る。
サイネ:朝食後、厨房でミユキと調理。トウジもその場に居た。
ノウト:朝食後、トウジ、モウタと共にトレーニングルームで筋トレ。
キラビ:朝食後、十一時までメリーと食堂に。それ以降も食堂に居て厨房メンバーから証言あり。
ユミト:朝食まではトレーニングルームに居た。朝食後、モウタ、ノウトと共にトレーニングルームで筋トレ。十時半に五分程トイレへ。
レイン:ずっと医務室に居た。九時にカスミと合流するが九時半に眠ってしまう。十一時以降は医務室で眠っているところをメリーに目撃されている。
カスミ:朝食後、医務室に。朝食後、医務室でレインと合流するが九時半に眠ってしまう。十一時以降は医務室で眠っているところをメリーに目撃されている。
私は日記帳に皆の証言をまとめる。
レインさんのアリバイは私の想像になるが大きなずれはないだろう。
「アリバイに空白があるのは医務室のメリー、レイン、カスミとトレーニングルームにいて途中でトイレに立ったモウタ、ユミトの五人か。何か不審な物音などに心あたりはないか?」
「いや、トレーニングルームの方は何も無かったぜ。バーベル上げに集中してたからな」
「******」
「モウタさんも特に気づいたことはないといっています。僕も同じくです」
「私も、特には思い当たりませんね~」
「私もです。そもそも眠っちゃったので何も覚えていません」
「そうか……アリバイだけでは容疑者は絞れそうにないな。よし、ミーティングまで時間がない。他に証拠になる物がないか、皆で調査をしよう」
死体発見からすでに十五分が経っている。
三時間なんてあっという間に過ぎてしまう。
今疑わしいのはアリバイの無い私達五人だろう。
トレーニングルームの二人はアリバイに空白があるといっても五分程度のことだ。
トレーニングルームはゲートルームの真上にあるため、直線距離で言えば近いが行き来できる通路はない。
トレーニングルームからゲートルームに行くためにはエレベーターを使用するしかなく往復するだけで五分程度かかってしまうだろう。
自然と皆の視線が私とメリーさんに集まるのを感じる。
「カスミさん、まずは調査です~。私たちの無実を証明して、皆を見返してやりましょう~」
「はい!」
私はメリーさんに力強く頷く。
私は犯人じゃない。
もし間違って私が犯人と指名されれば犯人を除いた全員が処刑されてしまう。
その事態だけは避けなければならない。
皆から疑われる立場となったことでようやく心に火が灯ったのを感じる。
絶対にレインさんの、そして私たちの無実を証明するんだ。
私は医務室で眠るレインさんの顔を思い浮かべると、メリーさんと行動を開始する。
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