1-19 「彼になら犯行が可能だ」

『死体が発見された。発見現場はゲートルームだ。一定時間の経過後、ミーティングルームにて緊急ミーティングを行う』


 シルバーグレイの声で艦内に死体発見を報せるアナウンスが流れる。

 目の前に倒れるコロリくんの死体。

 臆病で、預言という不思議な力を持った少年は、もう動くことはない。


「どうしてコロリくんが……」


 私は焦点の合わない目で茫然とエレベーター内の光景を見る。

 仰向けに倒れるコロリくんの顔からは完全に生気が失われていた。


 背後に気配を感じる。

 四体のグレイが何処からともなく姿を現していた。


『第一の犠牲者が出たようだな』


『うう。人が死ぬというのは悲しいことなの』


『被害者、八木コロリ』


『はっ! ようやく事態が動き出したぜ! 楽しい殺人推理ゲームの始まりだ!』


 不快なグレイ達の声。

 私は鋭く彼らを睨む。


「グレイ! 私達には手を出さないと言っていたのに。どうしてコロリくんを殺したんですか!」


『異なことを言う。ワレワレが犯人なはずがないだろう』


 こいつら以外にコロリくんを殺す人がいるわけがない。

 私の糾弾を、けれどもシルバーグレイは受け流す。


「どう考えてもこんなことをするのはあなた達しかありえない! コロリくんを返してよ! そうだ。あなた達は死人を蘇らせられるんでしょ」


『ここでは無理だ。ワレワレは死者を蘇生させる技術を有するが、それも設備があってのこと』


「それなら、あなたたちの母星に行けばいい」


『おい、ふざけるな! てめえの脳は機能してねえのか。宇宙戦艦を脱出できるのはこのゲームに勝ち残った人間だけだ』


『実験の最中に被験者を外に出すわけにはいかない。これはルールだ』


「そんなのあなたたちが勝手に決めたことでしょ」


『……それよりも今は考えるべきことがあるだろう。誰が八木コロリを殺したのか』


「だから、それはあなたたちが……」


『いいや。ワレワレは八木コロリを殺していない。犯人は君たち被験者の中に居る』


 グレイの言葉に私の背筋が凍える。

 目を背けていた可能性が無理やり眼前に突きつけられる。

 私達の中の誰かが、コロリくんを殺したなんて。


「そんなことあるはずがありません! どうして私たちが、そんな、人を殺すなんてことをしなくちゃならないんですか」


『犯人の動機を当てる必要はない。君たちは誰が殺人を犯したのか調査し、推理すればいい』


「だから、犯人はあなた方でしょ」


『証拠を提示しよう。ワレワレはコロリが映像に記録されている午前七時二十七分以降、セキュリティルームを出ていない。監視カメラの映像が証拠だ。ワレワレに犯行は不可能だ』


「でも。あなたたちは私たちの知らない科学技術を使う。遠隔操作でコロリくんを殺すことだって難しくはないはず」


『ならばこれも言及しておこう。今回の犯行には君たちに説明していない技術、設備、現象は使用されていない。また、コロリを殺害した犯人は君たち被験者の中にいる。説明はこれで十分だろう』


「そ、そんなの口で言っているだけじゃ……」


 シルバーグレイの毅然とした物言いに、私の心は揺らぐ。

 私たちの中の誰かが、コロリくんを殺した?

 そんなこと、絶対にないはずなのに。




「お、おい! 死体発見ってどういうことだよ」


 ゲートホールの入り口に皆が集まってくる。


『被験者全員が揃ったな……いや、レインがいないな。彼には後で個別に説明をしておこう。では今回の事件概要を説明する』


『リポート。受け取って』


 グリーングレイが以外に素早い動きで私たちの間を縫うように移動し、一人一人に用紙が手渡される。




~~~~~


・被害者情報

名前:八木古路裏

年齢:14

身長:155㎝

体重:47㎏


・事件概要

発見現場:二階ゲートルーム 貨物運搬用エレベーター内

発見時刻:三日目十二時三十六分

死因:刃物で切り裂かれた頸部からの出血による失血死


~~~~~



「これは?」


 トウジさんが訝し気に声を出す。


『【殺害リポート】。推理の資料』


『被害者情報はこの船に乗船時の被害者の身体状況なの。事件概要は死体発見時の状況をまとめたものなの』


『この資料をどう扱うかは君たち次第だ。是非真相解明に役立ててくれ』


『それじゃあ、俺様達は退散するぜ! 議論の準備が整ったらミーティングルームに集合だ! ちなみに三時間を過ぎて犯人指定が行われない場合は犯人の勝利になるから注意しろよ!』


 唐突にグレイたちの姿は光の線と共に消失する。

 まだ何もわかっていないのに――いや、違う。

 どうして私たちがこんな不条理なことをさせられなきゃならないんだ。


「いったい何があったんだよ」


 困惑気味にユミトさんは場に問いかける。


「モウタ達と筋トレしてたらいきなりアナウンスが入って。というか死体が発見されたって本当かよ。誰が死んだんだ」


「それが、コロリさんが、殺されたんですよ~」


「この奥、エレベーターの所に死体がある。確認するか?」


「えっ、いや、それは後にしておく。それよりも殺人が起きたんだ。俺っちたちは犯人を当てなきゃならないんだろ?」

 

「ああ。事件が起きたからには犯人を探さなければ行けないだろうな」


「ちょっと、待ってください!」


 私は慌てて話を遮る。


「コロリくんが死んでるんですよ! なんでそんな、犯人探しなんて話になるんですか!」


「そんなもん、当たり前だろ。犯人を当てなきゃ俺っち達全員、殺されるんだ」


「カスミさん。落ち着いてくれ。確かに死んだコロリくんの前でその死の話をするのは不謹慎かもしれない。だが、状況が状況だ。時間がない。これ以上の犠牲を出さないために、コロリくんの死の真相究明はすぐにでも始めなきゃならないんだ」


「そんなの、犯人なんて決まっているじゃないですか! グレイたちですよ」


「いや、それはないだろう」


 私の言葉をトウジさんは強く否定する。


「ないって、どうしてですか」


「グレイたちは僕たちの命を握っている。殺そうと思えばいつでも殺せるだろう。彼らのいうことを信じるのは癪だが、彼らが僕らに望んでいるのは本当に僕たち同士での殺し合いだと思うんだ」


「そんな……そんなことを言ったら、犯人は」


「ああ。僕らの中にいる。僕はそう考えている」


 トウジさんの言葉に頭を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。

 テレビの中でトウジさんは格闘家として対戦相手と戦う姿は輝いて見えていた。

 そんなトウジさんが仲間を疑う発言をするなんて。


「どうでもいいけど早く犯人探しを始めないとやばいゼ!」


「ウチらは死にたくねえヨ!」


「賛成ですわ。犯人がいるのなら早く見つけませんと。安心して休むこともできませんもの」


「ルールには従うべきでしょう。まずは現場を確認させてください」


 皆が離れていく。

 待って。どうして。

 思考が空回りエラーを吐き出す。

 こんなこと、絶対にあっちゃダメなのに。


 分かっている。正しいのは皆の方だ。

 起きてしまった事実は覆らない。

 犯人は確かに私たちの中にいるのかもしれない。

 “それ”に私は向き合わなければならない。でも……


「カスミさん。大丈夫ですか~?」


 正面からメリーさんが私の体を包み込む。


「メリーさん?」


「余り思い詰めてはいけませんよ~」


「そんな。私はただ、コロリくんが死んで。私たちの中に犯人がいるといわれて。それで……」


「大丈夫です~。カスミさんは一人じゃありません~。命がかかっている以上、すぐにでも動くべきなのは確かです~。だけど、少しだけ。休んでから動いても大丈夫です~。私がお手伝いしますから~」


 メリーさんの好意に黙ってうなずく。

 私を抱きとめてくれるメリーさんの胸に体を預ける。

 思考が少しだけ落ち着くのを感じる。


「結局、事件の捜査って何すりゃいいんだ?」


 皆の相談する声が漏れ聞こえてくる。


「ウチら知ってるヨ!」


「まずはアリバイって奴を確認するんだゼ!」


「アリバイか。僕たちは基本的には二人以上の団体で行動をしていたはずだ」


「それならいますわよね。コロリさんがいない間、単独で居た人物が一人だけ」


 キラビさんの言葉に、背筋が怖気だす。

 一人で行動していた人物。

 それは、まさか。


「雨傘レインさん。あの方なら犯行が可能ですわ」

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