1-15 「誰も死なせない」
午後六時。
レインさんから作品を解説付きで見せてもらった私は、夕食ができたとミユキさんに呼ばれ上機嫌で食堂に向かった。
「うわあ。凄い!」
食堂に入ると目に飛び込んできたのは机いっぱいに並ぶおいしそうな料理の数々。
「皆さん、遠慮せず食べてくださいね! いっぱい食べて、美味ピースですよー!」
「おかわりもありますから気軽におっしゃってください」
ミユキさんとサイネさんが作ってくれた手料理。
まるで高級レストランのフルコースを前にしたみたいだ……そんなの、食べたことないけど。
私はレインさんと共に空いている席に着く。
「では皆さん、召し上がれ!」
目の前のエビを蒸したものを口に運ぶ。
広がるのはジューシーな味わいだ。
「これ美味しいです」
「そうですか! お口に合うようで何よりです! どれも自信作ですよ!」
素直な感想を述べると、ミユキさんから満面の笑みが返ってくる。
本当に料理を作るのが好きなのだというのが伝わってくるようだ。
皿の上から料理はどんどん消えていき、三十分もしないうちに机の上に並べられた皿の全てが空っぽになった。
「食後のコーヒーをお持ちしますよ! コーヒーを飲めない方はいますか?」
「ウチらはミルクたっぷりのやつがいいゼ!」
「砂糖もたくさん入れてくれヨ!」
「僕はカフェインを取らない主義です。お水で結構ですよ?」
「双子ちゃんがミルクと砂糖多めで、ノウトさんがお水ですね! 了解です」
穏やかなひと時。
皆に飲み物が配られ、一息をつく。
『夕食は終わっただろうか』
グレイの声。
次の瞬間、目の前に四体のグレイが全員、出現する。
「グレイ!」
相変わらずに神出鬼没なグレイをトウジさんが睨む。
『ワレワレからのプレゼント、楽しんでもらえたかな』
シルバーグレイは抑揚のない声で私達へ話しかけてくる。
「宇宙遊泳のことか。君たちはあれを見せて僕らに脱出手段が無いことを示したかったんだな?」
『どう受け取ってもらっても構わない。だが、君のいう通りなら効果は
「……僕たちは絶対に殺し合いなんてしない」
『いいや。君たちは必ず殺し合いを始めるだろう』
断定的に持論を語るシルバーグレイ。
……宇宙人に私達の何が分かるというのか。
皆がグレイへと敵意の視線を向ける。
「グレイ。何のために僕たちの前に現れた」
『
グレイは腰にぶら下がる収納から一枚の紙を取り出す。
「条件は達成したはずじゃ無かったのか?」
『ああ。その認識で構わない。しかし、これも決まりなのだ。
「面倒な……それで、結果は?」
『【
まるで私達をあざ笑うかのようなグレイの言いざまに私の中で沸々と怒りがこみあげてくる。
『報告は以上だ。引き続き、殺し合いを頑張ってくれ』
「私達は殺し合わない! 何度言えば分かるんだ!」
私は席から弾かれるように立ち上がる。
なんなんだ。本当に、こいつらは。
人の命を軽んじるグレイの発言に私は根源的な嫌悪感を覚える。
「私達を観察したいだけなら黙って見ていてよ! 私たちは何があったって殺し合いなんてしない!」
『ああ? またカスミかよ! 俺様たちは暇じゃねえんだ。いちいち絡んでくるんじゃねえ』
「なら、黙って出ていって!」
『てめえが呼び止めたんだろうが! 怒るのは構わねえが、俺様にあたるな』
「こんな狂った状況を作っておいて何を言っているんだ! 私は――」
『遅延行為はルール違反だと警告はしたよな?』
冷たい声。
ゴールドグレイの手に握られているのは光線銃。
「そ、そんな脅しに私は負けません」
『誰が脅しだって? これはルール違反に対する罰の適応だっ!』
「危ない!」
銃の照準が私へと向き、視界が白く染まる。
次の瞬間、体中に温かい液体が降り注いだ。
「えっ……」
衝撃から地面へと倒れる。
遅れてもう一つ、ドスンッと地面に何かが倒れる音が続く。
私に覆いかぶさるように倒れたその人は――
「れ、レインさんが。どうして……嫌ああああああ!」
顔を横に向ける。
そこには顔面を苦痛にゆがめ、浅く速い呼吸をするレインさんの顔があった。
グレイが銃を撃つ瞬間、レインさんは私へ覆いかぶさるように飛び込んできたのだ。
レインさんのお腹が触れている部分からは今も温かい液体があふれ出し、私の服にしみこんでいく。
「嫌だ! レインさん! しっかりして!」
「……」
私は慌ててレインさんの下から這い出す。
うつぶせに倒れるレインさんの背中には小さな穴が開いていて、そこから赤が流れ出していく。
私はなんとか血を止めようと手で傷口を押さえた。
『ははっ! やっぱりこういうのは一人、見せしめに殺して俺たちとの立場の違いを分からせねえとな』
『ゴールドッ! いい加減にしないか!』
『アタシ達の手で犠牲者を出すのはルール違反なの!』
『うっせえな。そんなもん、何とでもなるだろ』
『蘇生装置は母星にしかない。実験を失敗させるつもりか! 一度、今後の方策を話し合う』
グレイ達の姿が光の線と成って消える。
レインさん。
私を庇って、撃たれて……
手が震える。
目の前で流れ出していくレインさんの命。
必死で押さえても赤は止まることなく私の手をすり抜けていく。
「カスミさん! そこをどいてください」
メリーさんが駆け寄ってくる。
「でも。レインさんが……」
「死なせたいんですか! 傷は私が見ます! どいてください!」
メリーさんの強い口調に、私は座り込んだ姿勢のまま横へと避ける。
「傷は、深いですね。出血量から心臓や大きな血管は傷ついていないようですが、やっぱり血が止まらない。トウジさん! 医務室の場所は分かりますか!」
「あ、ああ」
「すぐに棚から赤、それと緑の蓋の箱を取ってきてください!」
「赤と緑だね。了解した」
いつもの柔らかな雰囲気は今のメリーさんからは消えていた。
そこに居るのは命と向き合う看護師の姿だ。
メリーさんはポーチから取り出した手袋を装着し、大きな布を傷口へとあてがう。
わ、私も、何か……
「わ、私は、何をすれば」
「毛布を持ってきてください。体を保温します」
「は、はい」
毛布は、自室にあるはずだ。
急いで立ち上がろうとするが足がもつれて動かない。
恐怖が、私の体をすくませる。
「私が取りに行きましょう」
「毛布、たくさんあった方がいいですよね? 僕も行きましょう」
「お、俺っちもだ」
サイネさんたちが私に変わり部屋を飛び出していく。
「か、カスミ、さん」
「レインさん!」
かすれたレインさんの声。
名前を呼ばれた私は慌てて、レインさんの手を取る。
「しゃべってはダメ! 傷に障ります」
「箱はこれでいいか!?」
「はい。ではここを押さえるのを手伝ってください」
レインさんの言葉をメリーさんが遮る。
トウジさんから二つの箱を受け取ったメリーさんは懸命に治療を続けている。
箱から取り出したガーゼをトウジさんが指示に従い傷口に当てる。
新たに当てたガーゼは次々に赤色に染まっていく。
「流れ出る血の量は収まってきたが、これだけの出血……大丈夫なのか」
「人体の血液量は体重のおよそ十三分の一です。レインさんの体重を60キロとすれば約4.6リットル。その内20%が短時間で失われればショック状態に、30%で生命の危険があります。すでに1リットル程の出血量はあるように思います」
「危険な状態ということだな」
「ええ。輸血が必要です。すぐに準備しましょう」
メリーさんからはいつもの間延びした口調は消えている。
無理に体を動かすこともできず、救命処置はこの場で続く。
「私の目の前では、誰も死なせません!」
皆が慌ただしく動く中、私はただレインさんの手を握っていることしかできなかった。
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