1-14 「僕の部屋へ来ませんか?」


 任務タスクを終えた私達はミーティングルームへと戻ってきていた。

 宇宙を体験した興奮からか一部に顔をほころばせている人もいるが……私の心は沈んでいた。


 眼前に広がる途方もなく広く暗い宇宙空間。

 地球とは似ても似つかない真っ赤な地表を持つ星。

 思い出しただけでも眩暈がして、私は心理的な疲れから近くの椅子へと腰を降ろす。



「ここが宇宙空間であるというのは紛れもない事実だった」


 それぞれが席に着き押し黙る中、最初に沈黙を破ったのはトウジさんだ。

 うつむいていた私達は顔を上げる。


「ここが隔離された環境である以上、助けが来るという可能性は皆無だろう。僕たちが地球に戻るには自力でこの状況をどうにかするしかないんだ」


「トウジ、何が言いてえんだ」


 ユミトさんが苛立たし気に声を上げる。

 鋭い視線がトウジさんを射る。


「グレイたちの甘言に乗って俺っち達で殺し合うなんて言うつもりじゃねえだろうな」


「グレイの言葉に従うつもりはない。殺し合いなんて起こさせない」


「だったらどうするつもりだ! 俺っち達は閉じ込められているんだぞ。地球に帰る方法なんてねえんだ!」


「ユミトさん、落ち着いてください~。トウジさんにあたっても状況は変わりませんよ~」


「はあ? 誰があたってるって!? 俺っちはいたって冷静だ!」


 ユミトさんは荒々しく膝を叩き、とげとげしい雰囲気を放つ。

 いらだちを隠せていないようだ。


「普通に考えてみろよ。この宇宙船の中を見ただけでもグレイたちは俺っち達が想像も付かないような科学技術を持っているわけだろ。そんな相手の作った物の内部で、俺っち達に何ができるっていうんだよ」


 ユミトさんはその強い口調とは裏腹に、その表情を弱弱しくゆがめる。

 

「この宇宙船の中でずっと過ごしていくんだぞ。地球から離れたこの隔離空間で、死ぬまで、独りで……」


「ユミトさん」


 私は声を掛けようとして、言葉を詰まらせる。

 宇宙を前に感じた孤独感。

 同じ体験をしたユミトさんの気持ちが痛いほどに想像できた。


 せっかく病気が治って、これからは普通に生きられると思ったんだ。

 それなのに、今度はその普通の生活の場から私は連れ去られた。

 みんなと会うことができない、そう考えただけで私の心は張り裂けそうになる。


 言いようのない孤独感が心の中をせり上がってくる。


「ユミトさん、待ってくれ! 僕は脱出をあきらめるとは言っていない」


「こんなところから脱出する手段なんてあるわけがないだろ!」


「それは……今は言えない」


 歯切れの悪い返答をするトウジさんへ、ユミトさんが詰め寄る。


「言えないって。おいおい、また隠し事かよ! 探索結果は皆で共有するっていうのはお前が言い出したんだろうが」


「……すまない。だが、今はどうしても伝えることができないんだ」


 視線を下げるトウジさん。

 トウジさんが嘘を言っているとは思えないが、何か隠していることがあると透けて見える。

 ユミトさんの苛立ちは勢いよく立ち上がった。


「ふざけんな! そんなあいまいな言葉を信じられるか!」


「脱出手段は必ず存在する。だから、皆にはもう一度言わせてくれ。絶対に早まった真似はしないでくれ」


「はあ? 早まった真似って、俺っちが人を殺すっていうのかよ! 言うに事欠いて俺っち達を殺人鬼呼ばわりか! いい加減にしろよ!」


「違う。そんなつもりで言ったわけじゃない」


 激昂するユミトさんへ、トウジさんは必死で声を掛ける。

 再び訪れた場の沈黙。

 私は言葉を発することも出来ずにいる。


 トウジさんを信じたい。

 トウジさんの言葉はきっと皆のことを思いやっているために出た言葉なのだと。


 でも、本当にここからみんなで脱出できる手段なんてあるんだろうか。

 本当はそんな手段なんて無くて、トウジさんは皆の意識が殺し合いに向かわないように嘘を付いているだけなんじゃ……


「脱出手段はトウジさんに任せていいんですよね~?」


 間延びした優しい声。

 メリーさんがトウジさんへと問いかける。

 

「ああ。必ず皆を脱出させる。任せてほしい」


「なら、安心です~!」


 メリーさんはゆったりとした口調で朗らかに笑う。

 それは何の憂いもないかのような声色だった。


「おい、メリー。ふざけんな! こいつは嘘をついているんだ。任せるとか、正気かよ!?」


「はい~。私達で疑いあっても意味がありませんよ~。まずは信じることから始めましょ~」


「そんなことできるわけ……」


 その時、メリーさんがユミトさんへと接近する。

 メリーさんは顔が密着するほどユミトさんへと近づくが、ユミトさんは反応できずに目を見開くだけだ。

 ボソッと、耳元で何かをささやいたメリーさんはすぐにその場を離れる。


「はあ!? 俺はそんなこと!」


「なら、皆で協調すべきですよ~」


「……ちっ。分かったよ。ここはおとなしくしておけっていうんだろ」


 なぜかトーンダウンしたユミトさんは、ドカッと椅子に腰を降ろす。


 メリーさんが私の隣へと何食わぬ顔で戻ってくる。

 

「えっ、メリーさん。今ユミトさんになんて言ったんですか?」


「考えたことを伝えただけですよ~。今、脱出を肯定するトウジさんを否定するのは、殺し合いを肯定することになりますよ~って」


「まあ、確かにそうですけど。そんな笑顔でいうことじゃないんじゃないですか」


「それで争いが収まったのですからいいじゃないですか~」


 悪びれる様子も無く笑顔をみせるメリーさん。

 まあ、これで皆でいがみ合う事態を避けられるのだ。

 何よりも今は皆で団結が必要なはずなんだ。




「脱出手段は準備が整えば必ず伝達する。それまでは複数人での行動は徹底してくれ」


「自由行動ですね! グレイのせいで中断してしまいましたが、私は夕食づくりに向かいます!」


 コック帽を揺らしながらミユキさんが声を上げる。


「ミユキさんには私とトウジが付きますね。私、こう見えて料理は得意なんですよ。あなた、いいですよね」


「ああ。もちろんだ。僕も付き添おう」


「じゃあ、ウチらはエンジンルームに行くゼ!」


「気になる機械がまだあるからナ!」


「俺っちは筋トレかな。ストレス発散には筋トレだ。モウタ、ノウト。行くぞ!」


「エッ ボク?」


「筋トレですか? あまり気が乗りませんが、他に行きたいところもありません。付き合いましょう」


「えーっと~、キラビさん~。一緒にお茶でも飲みませんか~」


「わ、私ですの? 別にいいですけど」


 皆がそれぞれ二、三人でペアを組み行動するようだ。

 あと、ペアを組んでいないのは……


「カスミさん。一緒に行動しましょうか」


「は、はい」


 レインさんからの誘いに私は反射的に返事をする。

 二人きりで、探索か。

 色っぽいことは起きないだろうけれど、それでもなんだか緊張してしまう。


「それじゃあ、僕の部屋に来ませんか?」


「はい……って、えっ!?」


 えっ!?

 レインさんの部屋に!? そんな、いきなり!?

 私は思わず声を上ずらせる。




「ここが僕の部屋です」


 レインさんの部屋にたどり着く。

 私とレインさん。今から二人は目くるめくラブロマンスの世界へ……な訳もなく。


 そうだ。いろいろあってすっかり忘れていたけれど、レインさんには描いている絵を見せてもらう約束だった。

 レインさんが開けた扉から覗く部屋は物で溢れかえっていた。


「凄い! これ、全部レインさんの作品ですか」


 部屋に入って内部を見回す。

 私の寝室と間取りは同じはずだけど、まるで異空間だ。


 太い紐を巻いて作った巨大な牛のオブジェ。

 それぞれが風景を写した写真を組み合わせて一人の女性の横顔を描いた壁一面を覆う巨大絵。

 一枚の写真の上に油絵の絵の具を乗せて描かれた秤を掲げる天使の姿絵。

 他にも様々な作品が所狭しと部屋の壁や天井、一部の床に敷き詰められていた。

 

「ははは。恥ずかしながらそうなんです。描いた所で全く売れませんから溜まっていく一方で」


「そんな! こんな素敵な作品なのに」


 芸術なんて全然分からない私だが、それでもレインさんの作品の魅力は感じられる。

 レインさんの作品はどれも不思議と引き付けられるのだ。

 まるで作品の中に吸い込まれるみたいに……


「ははは。褒めてくれてありがとうございます。ちなみに僕の作品は共通のモチーフがあるんです。何かわかりますか?」


「モチーフ、ですか?」


 改めて作品を見る。

 そこに表現されているのは人間や動物、果ては何かの道具まで様々だ。

 しいて共通点を上げるなら暗い色の下地に、蛍光色で数カ所が塗られている事だろうか。


 でもこれ、どこかで似たような物を見たような。

 それもつい最近……


「あっ! 星だ」


「ははは。正解です。正確には星座をモチーフにしているんですよ」


 確かに作品の配色はどれも夜空に浮かぶ星々を連想させるものだった。

 それに、題材としているのも牛に、女性に、天秤と有名な星座の名前ばかりだ。


「でもどうして星座を?」


「星は夢の象徴だと思うんです」


 率直にぶつけた私の疑問にレインさんは微笑みながら答えてくれる。


「空を見上げれば見える輝き。けれどもそれは絶対に手が届かない。だから惹かれるし、憧れるんです。僕は作品を通して“夢”へ必死に手を伸ばしているのかもしれません」


「夢を追いかけるため、ですか。なんだかロマンチックです」


「ははは。ただ子供の頃に抱いた星への憧れを捨てられないだけですよ」


 作品を語るレインさんの表情は気恥ずかしげで、けれど、誇らしげだ。

 私は夢へと手を伸ばし続ける姿を素直に凄いと感心する。


「あっ。この作品はまだ描きかけなんですね」


 私が見つけたのは部屋の端に置かれた描きかけのキャンバスだ。

 濃い青色で塗られた背景に、濃淡を付けている最中らしい。


「これはなんの星座なんですか?」


「魚座ですよ。僕が描く最後の星座です」


「えっ。最後の、ですか?」


 急にトーンダウンしたレインさんの口調。


「あっ! 違いますよ! 別に深い意味は無いんです。一般的に決められている星座は八十八個あるんですが、僕はそれを順に描いてきました。そして黄道十二星座は最後にと取っておいたんです」


「黄道十二星座って、星座占いとかで使う奴ですよね?」


「はい。牡羊座から始まって最後が魚座。順番に描いて来たのですが、この作品が完成すれば八十八の星座をコンプリートすることになります」


 書きかけのキャンバスに塗られた絵具。

 確かにそれは海を思わせる濃い青色だ。


「でしたら、完成したら見せてください!」


「はい。必ずお見せしますね」

  

 私はレインさんとの約束に、胸の高鳴りを感じた。

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