1-11 「ウチらは悪くない!」

 自室から飛び出して行ったキラビさん。

 その様子は尋常でなかった。


 何か事件が起こるのではないか。

 不安を感じた私は、メリーさん、レインさんと共にキラビさんの後を追う。


 階層表示は二階を示していた。

 エレベーターを呼び出して私達も二階に向かう。





「あなた達、殺してやりますわ!」


 私の不安は的中する。

 私達が二階に到着するとキラビさんの怒声が聞こえてきた。

 殺してやるという穏やかではない言葉。

 慌てて声の方向へ向かう。


 声の出どころは二階のエンジンルームという部屋だった。

 艦内の内装はメタリックなものが多かったが、ここは特にその傾向が強い。

 いくつもの大きな機械が並び、圧迫感を覚える。


「私のラブリィなサソリちゃん達に何かあったらどうしてくれるつもりですの!」


「おい、キラビ! 落ち着ケ! イアが死んじまうゾ!」


「う、ごっ」


 部屋の中央ではキラビさんがイアさんの首元を締めあげていた。

 アイさんはキラビさんを止めようとあたふたしている。

 私たちは慌てて部屋に飛び込む。


「キラビさん! 何やってるんですか!」


「お離しになって! 私はこの方達に制裁を加えているのですわ!」


 私が慌てて止めに入るが、引っ張ってもキラビさんの細腕はビクともしない。

 何この人。お嬢様然とした恰好なのにめちゃくちゃ力が強い!


「キラビさん、落ち着いてください〜」


「許しま、せんわ!」


 なおもイアさんの首元を掴み続けるキラビさん。

 私はメリーさん、レインさんと三人掛かりでどうにかイアさんから引きはがす。


「かはっ、はあ、はあ」


「大丈夫か、イア! てめえ! イアを殺すつもりかヨ!」


「それはこちらのセリフですわ! よくも私のラブリィなサソリちゃんたちを危険にさらしてくれましたわね!」


 私たちに押さえつけられたキラビさんは、なおもアイさんとにらみ合っている。


「げほっ、ごほっ」


「私、酸素を取ってきます〜」


「はい。お願いします」


 床に倒れて咳き込むイアさん。

 メリーさんは一人、医務室へと駆けて行った。



「何があった!」


 騒ぎを聞きつけたのか二階の探索メンバーであるトウジさん、サイネさん、ユミトさんがエンジンルームに駆けつける。

 皆が状況を分からない中、場の視線が騒ぎの張本人であるキラビさんへ向かう。


「キラビさん。一体何があったんですか」


 皆を代表して私が問いかける。


「この方達が私のラブリィなサソリちゃんたちを殺そうとしたのですわ!」


 キラビさんは人差し指をアイさんたちへ乱暴に向ける。


「はあ? ウチらが何をしたっていうんだヨ!」


「アイさんも落ち着いて。サソリちゃんって、キラビさんのお部屋に居たサソリのことですか?」


「そうですわ! 他にもヘビちゃんに、クモちゃんに、ハチちゃん達。私のラブリィちゃん達ですわ!」


「おい! なんてもんを飼ってるんだヨ!」


「部屋に居た動物たちは、キラビさんが飼っているものですよね」


「ええ。グレイが私をここへ運び込む際に一緒に連れて来たのでしょう。内に毒を秘めた神秘的な姿。ラブリィちゃん達は、みんな私の大切な家族ですの」


 ペットの事を話すうちにキラビさんも落ち着いて来たのか、据わっていた眼に光が戻る。

 今なら落ち着いて話を聞け出せるだろうか。


「それで、そのペットたちが殺されそうになったってどういうことですか?」


「どういうことも何もそのままの意味ですわ! この双子たちが私のラブリィちゃん達を殺そうとしたのですわ!」


「「いや、ウチら何もやってねえゾ!」」


 キラビさんの言葉に、双子さん達が強めの口調で反論する。

 本当に二人には心当たりがない様子だ。


 そういえばどうしてアイさん、イアさんは二階にいるのだろう。

 確かミーティングルームで話したときは居室に戻ると言っていたはずじゃなかったっけ。


「二人は自室に戻ったはずじゃ」


「別にウチらは探索をパスしただけだゼ! 部屋に戻るなんて言ってねえゾ!」


「ゼエ、ゼエ。ここには見たこともねえ機械が並んでいるからナ。ウチらはウチらで勝手に探索してたんだヨ」


 確かにエンジンルームには仰々しい程巨大な何に使うのか見当もつかない機械が並んでいる。

 他にも機械に関係しそうな部屋がフロアマップにはいくつか載っていたっけ。

 だが、二人が機械を弄っていたとして自室に居たキラビさんは何を憤っているのだろう。


「この機械なんてすごいんだゼ!」


「なんと重力を操れるんダ!」


「その機械ですの! その機械で双子が私のラブリィちゃんたちを殺そうとしたんですわ!」


 キラビさんの目が見開かれる。

 視線の先にあるのは一つの巨大な機械だ。


 私達の体ほどの大きさがある巨大な鉄球。

 それが何らかの力で宙に浮いており、それを挟みこむように床と天井にアンテナのような装置が設置されている。

 その前には情報入力用と思われるコンソールが設置されていた。


「緑のグレイから聞きましたわ! あなた方がこの機械を操作し私の寝室の重力を変えましたの!」


「ちょっと待ってくれヨ。ウチらが操作したのはエンジンルームの重力だゼ!」


「キラビの部屋のことなんて知らないヨ!」


 対立する意見を述べるキラビさんとアイさん達。


「少し待ってくれないか。僕はこの状況が理解できないんだが」


 トウジさんから上がるのは状況に困惑する声だ。


「まず、重力を操れるというのは本当なのかい?」


「それは本当だゼ。この機械で指定した部屋の重力を変更できるんだヨ」


「1Gが地球の地表に居るのと同じ重力で、0~1Gの範囲で調整できるゼ!」


「ここで僕達が地球と同じように行動できているのはその装置の影響な訳か。今、この部屋の重力は変化しているのかな?」


「いいヤ。もう元にもどしてあるヨ」


「もう一度重力を変えて貰えないか。確認したい」


「いいゼ。それじゃあ……」


「お待ちなさい!」


 重力装置へと向かおうとするアイさん達の進路をキラビさんが塞ぐ。

 レインさんが押さえていてくれたはずだが、いつの間にか抜け出していたようだ。


「そんなことをしたらまた私のラブリィちゃん達が危険にさらされますわ」


「キラビさん、先ほどからどういうことですか。重力を変化させるのはこのエンジンルームのものです」

 

「グレイを問い詰めて重力装置の仕組みを聞き出しましたの。重力を変化させる装置はこの建物の底面に設置されているそうで、重力を変化させた場合、目的の部屋以外にもその重力装置の上に位置するすべての部屋の重力も変わってしまうそうですわ」


 エンジンルームの下って……ああ、なるほど。

 ようやく話が繋がって見えてきた。


「ええっと。たしか、キラビさんの自室の位置はこのエンジンルームの下に当たりますよね」


「ええ。そうですわ」


「そうするとエンジンルームの重力操作にキラビさんの部屋も巻き込まれてしまう訳ですね」


「その通りですの!」


「なっ!? それでキラビはウチらのこと、目の敵にしてたのかヨ!」


「ウチらはそんな仕様知らなかったゼ! ウチらは悪くねえゾ!」


「悪くないって、よくもまあそんな責任逃れをするものですわね!」


 状況が明らかになってなお、キラビさんとアイさん達はいがみ合いを続ける。

 

「突如重力変化に晒されてラブリィちゃん達がどれだけ怖い思いをしたことか」


「それがウチらのせいだと言うのかヨ!」


「知らなかったで済むのは赤ん坊の内だけですわ! 大人なら自分の行動の責任は取るべきですわ!」


「責任も何もお前のペットに実害があったわけでもないんだゼ!」


「私のラブリィちゃん達はとても繊細な生き物ですわ! ストレスで病気になってしまったらどうするつもりですの!」



「あら〜。イアさん、元気そうですね〜。良かったです~」


 平行線のまま続く議論を切るように、間延びした柔らかな声がエンジンルームの入り口から聞こえる。

 医務室から治療キットを取って戻ってきたメリーさんがやわらかい笑みを浮かべ合流する。


「キラビさんも辛そうな表情ですね~。どこか体調がすぐれませんか~」


「……もう知りませんわ!」


 激昂したキラビさんはメリーさんを押しのけるようにエンジンルームを飛び出して行ってしまう。


「あら~。何かまずいことを言ってしまいましたかね~。結局のところいったい何があったのですか?」


 状況のつかめないメリーさんは眼を白黒させている。


「アイさん達がここにある重力装置を使ってキラビさんの部屋の重力を無くしてしまったんです。それでペットのサソリたちへの影響を心配したキラビさんがアイさん達に怒って今回のようなことに」


「おい! その言い方じゃウチらがわざとやったみたいだヨ!」


「ウチらは悪くねえゾ!」


「お二人共、キラビさんに謝るべきです〜」


 いつになく真剣な口調でメリーさんはアイさん達と向き合う。


「ペットと言えどキラビさんにとっては大切な命です〜。キラビさんが怒るのは当然です。悪いことをしたのなら謝るべきですよ〜」


「な、なんだヨ。ウチらは……」


「そ、そんなノ。ウチらは……」


 メリーさんからまっすぐに見つめられアイさん達は口ごもってしまう。


「メリーさんもそのへんでいいだろう」


 様子を見守っていたトウジさんが声を掛ける。


「二人も十分に反省しただろう。今後は軽率な行動を取らないはずだ。そしてそろそろ皆で集合を約束していた時刻になる。ミーティングルームに向かおうか」


「もうそんな時刻ですか〜。遅れてはいけませんね〜。行きましょう〜」


 柔らかい笑顔に戻ったメリーさん。

 正直、見ている私まで怖かったので少しホッとした。

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