1-12 「報告しよう」
お昼の十二時。
事前の約束通り私達はミーティングルームへ集合した。
既に三階を探索していた人も部屋で待っており、姿が見えないのはキラビさんだけだ。
「では各階の探索の結果をそれぞれ報告しようか」
腕時計を見ていたトウジさんが話を切り出す。
「まずは一階の探索結果から聞いてもいいかな」
「はい。一階は私とメリーさん、レインさんで調べました」
トウジさんの声を受け、私はメモを記した日記帳を開く。
「一階は主にみなさんの寝室がある区画です。寝室の他、医務室、浴場、貨物室がありました。医務室には風邪などの治療薬、処置用の医療キットなどが置かれていました」
「お薬には毒性の強いものはありませんでした〜。余程大量に摂取しない限りは死ぬことはありませんよ~」
メリーさん、言い方……
毒という言葉を隠そうともしないメリーさんのあけすけな報告に苦笑しつつ、私は気を取り直して説明を続ける。
「浴場は脱衣所と浴室に分かれていて、常に湯が張られています。いつでも温泉に入れるみたいです。貨物室はホームセンターのような品揃えで食べ物や、資材などいろいろ置かれていました。あと、貨物室にはエレベーターがあってゲートルームと繋がっているようでした」
「温泉か、いいな。汗をいつでも流せるのはありがたいぜ」
ユミトさんが笑顔を見せる。
他の皆もこの発言には頷く。
「あと、キラビさんの寝室には大量の生き物が居ました」
「ああ。確かサソリなどのキラビさんのペットが居たんだよね」
興味深そうにトウジさんが反応する。
「はい。部屋の中を見たのは僅かな時間ですがそれでも蛇や蜘蛛、サソリなど危険生物がたくさんいました」
「それは、大変だね。だが、いったいどうしてそんな生き物がキラビさんの部屋に?」
「キラビさん、自己紹介の時にペットショップのオーナーだと言っていましたよね。自宅でも蛇などを飼っていると。寝室に居た生き物はキラビさんが飼っていたペットみたいです」
「なるほど。それをグレイが持ち込んだわけか……飼っていた個体なら毒を持っているということもないだろうけれど。後で一度キラビさんへ確認の必要があるな」
トウジさんは顎に手を当てて目を細める。
「まあ、その話は後にしよう。次は二階の探索結果を報告させてもらおうか。二階を探索したのは僕とサイネ、コロリくんの三人だ」
改めてトウジさんが皆の前に進み出る。
「二階で気になったのはやはりエンジンルームだろうか。いくつか重要な設備があったはずだ。アイさんたちがグレイから説明を受けていたね」
「ああ、そうだゼ! エンジンルームには主に三つの機械が置かれていたゼ!」
テンション高くアイさん達が返事をする。
「一つ目はエネルギーを生み出し、艦内へと供給する『動力炉』。少量の物質から膨大な量のエネルギーを抽出できる機構なんだそうだが、正直ウチらでも原理は分からねえゼ!」
「二つ目は艦内の空気を浄化し循環させる『空気清浄装置』。これで艦内の空気を地球の大気と同様に調整しているようだヨ!」
「そして三つめが『重力制御装置』。これも仕組みは分からねえが指定した部屋の重力を0~1Gの間で変更できるそうだゼ」
「空気清浄装置はまだしも、動力炉に重力制御装置か。こりゃあいよいよSFじみてきたな」
ユミトさんがため息をつく。
私も機械には弱いから同じ気持ちだ。
「みんな、これを受け取ってくれ」
トウジさんは持っていた袋から何かを取り出し私達の前に差し出した。
「二階には他にも食堂があった。食堂は厨房に繋がっていて、隣には食糧庫もあるようだ。これは食料庫から取ってきたものだ」
トウジさんが取り出したもの。
それはおにぎりやサンドイッチなどの軽食だった。
「おお。旨そうだな」
「厨房ですか! 調理器具や食材などはどのくらいありましたか!」
調理師のミユキさんが反応を見せる。
「食材も見てきたが凄い量だった。僕たち十三人がどれだけ食べても一か月分はあるだろう。道中に現れたピンクグレイの話では食料庫の食料は随時補充されるらしい」
「やった! 料理なら私の出番ですね! 腕が鳴ります!」
ミユキさんがぐるぐると腕を回す。
私よりも年上のはずだけどその姿は親の手伝いに張り切る女の子のようだ。
「今からでは昼食に間に合わないだろうから、ミユキさんには夕食の準備をお願いします。今は僕の持ってきた軽食で食事を済ませてしまおう」
「賛成だ。お腹ペコペコだぜ」
「分かりました! この場が終わったら夕食の準備に入りますね」
「それなら私も手伝います」
ミユキに続いて、夕食の準備にはサイネが名乗りを上げる。
「班分けはまた後で話し合おう。まずは手にした情報を全て開示する。皆も食べながら聞いてくれ」
トウジさん、サイネさんの手によって軽食が配られる。
受け取ったのは鮭おにぎりだった。
地球のものと同様にビニールで包装されている。
グレイの話ではここの物資は地球で市販されているものを参考にしているという。
このいかにもコンビニおにぎりという感じもその一環なのだろう。
皆が軽食を頬張り始める中、トウジさんは話を続ける。
「二階にあるセキュリティルームは艦内に設置された監視カメラの映像を見られる部屋だそうだ。監視カメラは各階のエレベーター前、セキュリティルーム、ミーティングルームについている。貨物室にもエレベーターがあるみたいだけどそっちにはついていないらしい。普段、グレイはそこに詰めているそうだ。他にゴミを廃棄する為のトラッシュルーム、ワープルーム、ゲートルームという部屋があった。ただしワープルームとゲートルームの前には準備中という札が貼られていて封鎖されているようだ」
「はあ!? ワープルームって、ワープができる装置があるのか、ここ!?」
ユミトさんが口から米粒を飛ばしながら驚く。
「今更驚くことも無いだろう。グレイたちが光の線になって消えたのを見ただろう」
「ん? ああ、確かに。あれがワープってわけか」
神出鬼没のグレイたち。
彼らはワープ装置を使って艦内を移動しているのだろうか。
「封鎖されている部屋も準備が整えば順次開放されていくらしい。調べるのは開放されてからとなるな。二階の探索メンバーからの報告は以上だ」
報告を終えたトウジさんが席へと戻る。
「取り決め通りに。三階は僕、モウタさん、ミユキさん、ユミトさんの四人で探索してきました」
ノウトさんは律儀に一礼してから話し始めた。
「三階にはこのミーティングルームの他に、ゲームセンター、屋内農園、トレーニングルーム、屋内運動場、霊安室という部屋がありました。その中で霊安室だけは封鎖されていました」
「農園があったんです! 土が敷き詰められたプレートが何段にも重なっていて、全てに光が当たるように調整されていました。あそこで全自動で野菜の促成栽培を行っているようです!」
「ウンドウジョウ、シラベタ。トテモ、ヒロイ。イッパイ、ウゴケル」
「トレーニングルームってのもあったんだ。筋トレ設備が充実しているのは嬉しいな。トウジ、モータ。後で一緒に行こうぜ!」
三階を探索した四人は思い思いの発言をする。
話を聞く限り三階はレジャー施設が多い印象だ。
後でメリーさん、レインさんを誘って行くのもいいかもしれない。
「探索した範囲では出入り口どころか、窓すら見つからなかった。結局脱出手段の手がかりは無し、か」
トウジさんは顎に手を当てながら言葉を口にする。
全員の報告が終わったが直接、脱出に繋がる糸口は見いだせなかった。
「脱出に関わってきそうなのは脱出ポットのあるコックピット、この船の出入り口と思われるゲートルーム、そしてワープルームなる部屋。しかし、ワープルーム、ゲートルームは今封鎖されている」
「そうか。ゲートって門のことだもんな」
馬淵さんがポンと手を打つ。
「そこに入れればここから脱出できるかもしれねえわけか……そういえば貨物室のエレベーターはゲートルームに繋がっていたんだよな。そこから移動できないのか?」
「残念ながら重量制限で使えないようです。制限は四十五キロとなっていました」
「おお! それならコロリは入れるんじゃねえか?」
ユミトさんから話を振られたコロリくんは、ビクンと体を跳ねさせる。
「ぼ、僕でも無理ですよ……僕だって四十五キロぐらいはありますから」
「ちっ。それじゃあどうしようもねえか」
場に暗い空気が漂う。
「まだ諦めるには早いですよ!」
私は努めて明るく言葉を発する。
「まだ一度調べただけじゃないですか。後でもう一度探索しましょう!」
「そうだな。封鎖されている部屋もある。外部から助けが来る目も消えたわけじゃない」
「私! 今から夕食作ってきますよ! 美味ピースなご飯、楽しみにしていてください!」
「よっしゃあ! それじゃあ手が空いてる奴は一緒に体、動かしに行こうぜ! こういう時は頭を空っぽにして運動するに限るんだ」
皆が口にするのは力強い言葉だ。
落ち込んでいても仕方がない。
こういう時こそ笑顔でいるべきだろう。
「そういえば食料庫にはクッキーなど甘いお菓子もありました。夕食までには時間がありますし、皆さんで食べませんか?」
「いいですね、お菓子! 私、甘い物大好きです」
サイネさんの提案に私は反射的に返事をする。
「それでしたら〜。キラビさんも呼んで来ましょうよ~」
「女子会みたいでいいですね! 私、そういうのに憧れていたんです!」
暗い空気を払拭するように、私達は弾んだ声を出す。
皆が前を向こうとする中――天井から抑揚のない声が聞こえてくる。
『艦内の被験者に告ぐ。至急ミーティングルームに集合せよ』
アナウンスと共にミーティングルームには光があふれ、気づけば私達が囲む中央にシルバーグレイが出現する。
「一体だけか。いったい、なんの用だよ!」
グレイへと敵意を向けるユミトさん。
私達も突如現れたグレイに警戒を強める。
『今回は良い報せだ。さて、この場に居ない被験者は、一人か』
「いきなり呼び出すなんて、何事ですの!」
シルバーグレイが場を見回すと同時。
ミーティングルームの扉を開いてキラビさんが登場する。
『これで全員だな。では、君たちに新要素の説明を行う』
「新要素だあ? 今度は何を企んでいやがる」
シルバーグレイはユミトさんからの質問には答えず数歩後ろに下がる。
他のグレイたちも同様に移動し、部屋の中央部に空間ができる。
『ワレワレが望むのは君たち被験者の殺し合いだ。君たちには脱出という餌は見せているが、それだけでは人を殺す動機には弱いことはワレワレも理解している。よってワレワレは君たちに “動機” を提供することにした』
「はあ? 動機って……」
ユミトさんが疑問を呈する言葉を言い切る前に再びミーティングルームを光が包む。
「な、なんだ? でけえ」
「これは一体……」
光が収まり私達が目にしたのは、見た目だけで言えばおもちゃ屋に置かれているガチャガチャの箱台のような、人間大の大きさの装置だった。
『これは君たちの星にある “ガチャ” というものを参考に作成したものだ。名付けて “動機ガチャ”。ガチャの中には君たち被験者が積極的に殺し合いに参加する “動機” が封入されたカプセルが入っている』
私達が殺し合う動機?
「どんな動機を提示されようと私達が人を殺すわけない!」
どこまでも私達を下に見たグレイの言動に、私は思わず声を上げる。
ガチャだとかふざけているにも程がある。
『金や情報、願いの成就など動機には様々なものを用意した。ワレワレは君たちが簡単に殺人を犯す生物であると知っている。連日連夜ニュースで流れる殺傷事件。終わることない世界で巻き起こる紛争。君たちは互いに争い合うよう設計された生物のはずだ。そして、その本能をワレワレは後押ししよう』
「私達が殺し合うなんてそんなこと起きるはずがありません」
『それならガチャから何が出ようと関係はないだろう。安心しろ。誰かを殺せというような直接的な指示はガチャに含まれていない』
グレイがガチャへと手を伸ばす。
ガチャンと箱から音がしたかと思うとガチャの台から青色のカプセルが一つ、転がり出てくる。
『【
声色は変わらないもののシルバーグレイの声から感じられるのは喜色だ。
私はその様子に寒気を覚える。
『さあ、ゲートルームへ移動するぞ。喜ぶがいい。君たちには宇宙を体験させてやる』
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