1-10 「絶対に許せませんわ!」
次に私達がやってきたのは医務室の向かいにある浴場だった。
浴場の入り口は当然、男女に分かれている。
私とメリーさんはレインさんと分かれて中を調べることにした。
入り口の暖簾をくぐるといくつかのロッカーが並ぶ脱衣所、そして部屋の奥にガラス戸が見えた。
脱衣所を素通りし、ガラス戸を開くと湯煙が流れ出てくる。
この向こうが浴室になっているようだ。
「ふえ~。温泉ですか〜」
「凄い! 湯気でいっぱいです。ここって本当に乗り物の中なんですかね」
浴室の中には人が何人も入れるような大きさの石造りの温泉があった。
温泉の縁にはライオンの顔が掘られた石像が置かれ、そこから湯が絶え間なく温泉に注がれている。
「カスミさん。後で一緒に入りに来ましょ〜」
「ええっ!? ええっと。探索が終わってからですよ?」
グレイへの警戒心を残す私はメリーさんからの提案に曖昧に答える。
その後二人して脱衣所、浴室を調べたが浴場には特筆すべき危険物の類は無いようだ。
「最後はここ、貨物室です〜」
「広いところですね。なんだかホームセンターみたいな雰囲気です」
浴場を調べ終えた私達はレインさんと合流し貨物室へとやってきた。
中は今までの部屋と比べて広く、二メートル程の高さの棚が何列も並べられている。
棚にはぎっしりと段ボール箱が収められていた。
収納されている物資を記した紙のリストが棚ごとに吊り下げられている。
缶詰などの食料品の他、衣料品、寝具などの生活必需品から、ビニールシートやガムテープなどの雑貨、家具や工具、おもちゃに電子ゲームなど本当に様々なものが置かれているようだ。
私の身長以上もある棚が何列にも並ぶ様は圧巻の一言だ。
これで陽気なBGMでも流れていようものならホームセンターと言われても信じてしまうだろう。
「奥にあるのはエレベーターでしょうか?」
私は貨物室の奥に設置された設備を見つける。
私達がここへ来るのに使ったエレベーターとほとんど同じ造りに見える。
でも、フロアマップにはここにエレベーターがある記載はなかったはずだけど。
「これで二階に行けるんでしょうか」
私が試しにエレベーターのボタンを押すと、すぐに扉が開く。
「ちょっと乗ってみま」
―― ビィーーーーー
「なっ!?」
私が足を踏み出した途端、鳴り響き始めたブザー音、って、えっ!?
まだ私が乗っただけだよ!? なんで重量オーバー!?
私そんなに重くないよ!?
「なんでブザーが鳴るんですか!?」
「ええっと。このエレベーター、制限重量が四十五キロみたいだね」
エレベーター内を覗いたレインさんが答える。
私もエレベーターに表示された制限重量を確認すると、そこには四十五キロと表示されていた。
「それじゃあ私達の誰も乗れないじゃないですか」
四十五キロでは中学生のコロリくんでも乗り込めるか怪しい。
「おそらくグレイたちを基準に設計されているんじゃないかな。ほら。彼らって僕らよりもかなり身長が低いよね? 体重は三十キロも無いんじゃないかな」
「それにしても制限が厳しすぎますよ」
「僕たちが使うとしたら荷物だけ載せて、本人はコックピットのエレベーターを使って上階に取りに行くしかなさそうだね」
どうやらこの宇宙戦艦、地球人に余り優しくない作りなのかも。
私は乙女の尊厳を傷つけたエレベーターを睨みつける。
「一階の探索はこれで完了かな」
探索を始めて二時間ほど。
貨物室はなかなかの広さもあり、時間が掛かったが私達は一階の設備である医務室、浴場、貨物室の探索を終えた。
医務室には治療キットや採血キットなどの医療機器や各種薬品が置かれていた。
浴場は男女に分かれ、広い造りとなっておりいつでも入れるように温泉には湯が張られている。
貨物室は置かれている物品が多岐にわたり、食料品や日用品などが置かれていた。奥には貨物運搬用のエレベーターが設置されている。
「集合時間まではまだ時間があるかな?」
「それなら、レインさんの作品を見に行きましょうよ!」
私は弾んだ声を出す。
レインさんの個室にはグレイの手によって今までに創作した作品のいくつかが持ち込まれているようだ。
それを見せてくれるというのだから行かない手はないだろう。
病気のせいで芸術作品なんて直接見に行くようなことも無かったから、非常に楽しみだ。
「レインさんは何をモチーフに作品を描かれることが多いのですか〜」
メリーさんもレインさんの作品を見に行くことに乗り気のようだ。
私達からの視線を受け、レインさんは気恥ずかしそうに笑う。
「僕の作品のモチーフですか。そうですね。僕が描いているのは……」
廊下を歩く私達。
レインさんの言葉を遮るように、突如寝室の扉が開く。
――ゴンッ
「ぎゃふん」
「メリーさんっ!?」
扉は壁際を歩いていたメリーさんの顔面に直撃する。
何この既視感。
メリーさんは扉にぶつかった衝撃のまま後ろに倒れ、赤くなった鼻からはツーと血が垂れる。
「う~。痛いです~。ここの扉は私の鼻に恨みでもあるのでしょうか~」
「今のはグレイの仕業ですの? 絶対に許しませんわ!」
扉を勢いよく開け放ち部屋から飛び出して来たのは、探索を拒否し先に自室へと戻っていたキラビさんだった。
その目元は釣り上がり、口調は鋭さを増している。
「キラビさん!? どうされたんですか」
「お退きになって! 私のラブリィなペットたちに怖い思いをさせた罪。万死に値しますわ!」
私が声を掛けるがキラビさんは真紅のドレスの裾を豪快になびかせながら、スタスタと廊下の先へと歩いていってしまう。
「な、何だったんでしょう。今の」
「うう。なんだかそうとう怒っている様子でした~」
「メリーさん。鼻血出てますよ。大丈夫かな?」
「ふふふ。何のこれしきですよ〜」
レインさんに支えられメリーさんはフラフラと立ち上がる。
鼻を抑えるハンカチは仄かに赤く染まっていた。
それにしても……
私はキラビさんが走り去っていた方向を見る。
キラビさんは余程慌てていたようだ。
いったい何があったのだろう。
部屋の扉は開けっ放しになったままだ。
「泥棒なんて出ないでしょうけど不用心ですよね……ひっ!?」
開け放たれた扉の隙間から覗いたキラビさんの部屋の中には信じられない光景が広がっていた。
私は思わずその場にしりもちをつき、後ずさる。
「カスミさん、どうしたんですか~」
「へ、」
「へ? 中に何があるって言うんですか……きゃああああ!」
「うわっ! なんですかこれ」
部屋の中を覗いた私達は絶句する。
並ぶたくさんのケージ。
その中にはウジャウジャと蠢くたくさんの影があった。
「蜘蛛さんに、蛇さんに、蠍さん。何でこんなところにいるんですか~」
数十個もあるケージの一つ一つにはメリーさんの言葉通り蛇や蠍など、毒を持った生物が入っていた。
ケージの一つに目を向けると、蛇がこちらに顔を向け牙を向いていた。
「ひっ」
「カスミさん。大丈夫? 確かキラビさん、ペットショップの店長だって言っていましたよね」
「では、この生き物たちはキラビさんが飼っていたペットなのかもしれませんね~」
「ペットか。だとしてもどうしてこんなところにいるのか」
「グレイさん達が私達を連れてくる際に、一緒に持ち込んだのかもしれませんよ~」
その場に座り込んでしまった私は立とうとするが、どうやら腰が抜けてしまったようだ。
「カスミさん。大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます」
レインさんから差し出された手を取りなんとか立ち上がる。
「ひとまずここの扉は閉めておきましょう。ここの生物が逃げ出すようなことがあれば大変ですからね」
「キラビさんはどこに行ってしまわれたのでしょうか〜」
そうだ。キラビさんは相当怒った様子で走っていったけれど、何があったのだろうか。
「ひとまず僕達も後を追いましょうか。何かあったのかもしれません」
キラビさんはエレベーターに乗ってどこかに向かったようだ。
私達は部屋の扉を閉めると、キラビさんの後を追った。
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