1-9 「取捨選択です」

 エレベーターの扉が開き、私たちは飛び出す。


「さあ、到着です!」


 エレベーター脇には各階のフロアマップが表示されている。

 私はメリーさん、レインさんと共に一階の探索を任された。

 一階は主に私達の居住空間になっているようだ。


「……誘拐されたのに、一人に一つ個室が与えられるってなんだか変な気持ちですね」


「寝室だけではありませんよ~。この階だけでも浴場に、医務室。他の階にはゲームや映画などが楽しめる娯楽施設もあるみたいです〜」


 一階にあるのは、各人の寝室、医務室、浴場、貨物室だ。

 寝室は一人に一つ用意されており、フロアマップにはそれぞれの名前で個室の位置が表示されていた。


 私達を自由にさせていることを含め、宇宙人たちの挙動には違和感を覚える。

 いくら監禁されているとはいえ、脱出を理由に人を殺す人なんていないはずだ。

 宇宙人たちの目的は本当に私達を殺し合わせることなのだろうか。



「どこから見て回りましょうか」


「それならまずは医務室からがいいです〜」


 メリーさんは背伸びをしてフロアマップに記された医務室を指差す。

 

「機器やお薬の確認をしておきたいんです〜」


「私も探索するならそこからかなと思っていました。レインさんもそれでいいですか?」


「転ばぬ先の杖。医療物資を確認しておくのはいい考えだと思います。行きましょう」


 ここでは何が起こるかわからない。

 もしもの時のために治療道具の確認は大事なはずだ。

 メリーさんを先頭に私達は廊下を進む。




「意外に設備が整っていますね」


 医務室にたどり着いた私達。

 部屋は最初に私が居た寝室の二つ分ぐらいの広さで、白いカーテンで仕切られた清潔そうなベッドが二つ置かれている。

 部屋の中には他に薬品の並ぶ棚、デスクと椅子、冷蔵庫、点滴棒などの棚に入らない大きさの備品が整頓されて置かれていた。


――パシャッ


 背後から聞こえるシャッター音。

 振り返るとレインさんが首から提げたカメラを構えていた。


「レインさん、何をしているんですか?」


「ええ。後で皆さんに情報共有がしやすいよう艦内の写真を撮っておこうと思いまして」


 レインさんは続けて数度、角度を変えながら部屋の写真をフィルムに収めていく。

 レインさんの表情は真剣そのものだ。

 私はレインさんの撮る写真に興味を惹かれていた。



「あっ。じゃあ、後で私にも写真を見せてください。プロのカメラマンの写真、見てみたいです!」


「ええっと。もちろん、いいですよ。でも、カスミさん。僕はカメラマンじゃなくて芸術家です」


 レインさんはカメラから目を離すと困ったような表情になる。


「ええっと、何か違いがあるんですか」


「僕は芸術家です。写真は僕にとって表現の一手段に過ぎませんから、技術面はプロのカメラマンさんと比べるべくもありません」


「やはりこだわりがあるんですね。素敵です。じゃあ、レインさんの作品、今度見せてください」


「ええ。それはもちろん。僕の寝室に作品が数点持ち込まれていたようですからお見せしますよ」


「はい。是非!」


 レインさんに返事をする私の声は弾んでいただろうか。

 

 それにしても、レインさんの作品か。

 いったいどんなものだろう。

 きっと繊細なタッチのものなんじゃないかな。



「カスミさん~。ちょっと手伝ってもらってもいいですか~」


 医務室に入ってすぐのところでレインさんとたむろしていると、部屋の奥から声がかかる。

 メリーさんは椅子を抱えて大きな薬品棚の前に立っていた。


「中を調べたいのですが上の方は見えなくて~。私が上に乗るので椅子を押さえておいてもらえないですか~」


「それなら僕がやりましょうか」


「いいんですか~。ではお願いします~」


 薬品棚は二メートル程の大きさで上の方に入っている物は私達の視点からは見えない。

 棚は上下に分かれていて、スライド式の扉がつけられている。

 下の棚はメリーさんがすでに調べて開いており、中には蓋の色が異なる五つの箱がしまわれていた。


「その五つの箱はそれぞれ医療キットが入っているようですよ〜」


 棚の上段を調べながらメリーさんが解説してくれる。

 棚の下の段に入った五つの箱はそれぞれ赤、青、黃、緑、紫色の蓋をしている。


 赤色が消毒液や包帯、絆創膏などが入った応急処置用の治療キット。

 青色が採血に使用する注射器や取った血を保管する為の空の容器の入った採血キット。

 黄色が点滴用の針などが収められた点滴キット。

 緑色が人体縫合用の糸や針、医療用ホッチキスなどが収納されている縫合キット。

 紫色が細菌やウイルスなどの感染を検査する試薬などが収められた検査キット。

 点滴液などは別に医務室に備え付けられた冷蔵庫で保管されているらしい。


「これだけあれば応急処置ぐらいはできますね〜」


「頼もしいです! 上の棚には何が入っているのですか?」


「ここには薬品関連が入っているようです〜」


 メリーさんは棚から一つ英語表記のラベルが貼られたガラス瓶を取り出す。

 その中には白い錠剤が入っていた。


「これは解熱剤ですね〜。下剤に、胃腸薬。抗生剤や睡眠導入剤、抗凝固薬、抗血小板薬、降圧薬、鎮痛剤などなど。えーっと、劇物などの毒の類は置かれていないみたいです〜」


「ええっと。抗凝固に、抗血小板? それに降圧薬とかなんの薬なんですか?」


 私は聞こえた中から効果の分からない薬について質問してみる。


「抗凝固薬や抗血小板薬は一般的に血液をさらさらにする薬と言われていますね~。血中に血栓ができるのを防ぐためのもので、副作用として出血した際、血が止まりづらくなります~。降圧薬は高血圧の患者に処方される薬ですね。血管を広げて血圧を下げる効果がありますよ~」


「ええっと。わかりました?」


「ふふふ。別に無理に覚える必要はないですよ~。今のところ皆さんには飲む必要のないお薬でしょうから~」


 私があたふたしているとメリーさんは朗らかに笑いフォローを加えてくれる。

 普段、薬はいくつか飲んでいる私だが何の効果があるのかなんて覚える余裕はなかった。

 体調が回復した今、こうして教えてくれるのは純粋に嬉しい。


「一応僕にも見せてもらっていいですか?」


「もちろんです~」


 メリーさんが椅子から降り、交代にレインさんが棚の中を覗く。


「ええっと、どうして同じところを見るんですか?」


 私は疑問を率直にぶつける。


「それは一人の証言では信用が得られないからですよ〜」


 質問に答えたのはメリーさんだった。


「信用、ですか?」


「ええ。例えば、今私はこの棚に毒物は無かったと言いましたよね〜。ですがレインさんが居なければそれは私一人だけが確認したことです。後に毒物が見つかったとしたら私が嘘をついていると疑われることになります〜」


「でも、メリーさんは嘘を付いていないんですよね」


「もちろんです〜。なので嘘を疑われないために二人での確認が必要なのです〜。同じものを複数人が見ていれば仮に後から毒物が見つかっても、私は疑われませんよね~。レインさんは私が疑われないように守ってくれているのですよ~。ですよね、レインさん?」


 メリーさんから話を振られたレインさんは困ったような表情を浮かべる。


「ええっと僕はメリーさんを疑っているわけではないんですが……まあ、そういうことです」


 なるほど。そういう考え方もあるのか。

 グレイたちは私達に殺し合いをさせようとしているのだ。

 私たちのことを仲違いさせようとしてくるかもしれない。

 自衛のためにもみんなで探索するのは重要なことなんだ。


「それでレインさん。危険物は見つかりましたか~?」


「いいえ。メリーさんの証言通り、毒物の類は置かれていないと思います。ラベルを見ただけですから中身が本物かまでは断言できませんが。ですが一般薬でも多量摂取すれば体には毒です。管理には注意が必要かもしれませんね」


「確かに。最近のお薬にはオーバードーズを防ぐために多量に摂取すると吐き気を催す成分などが入っているはずですけどグレイさんたちが用意したものですものね〜。成分も地球人に合うとは限りませんよ~」


『それは大丈夫なの』


 突然の声に私達は振り向く。

 いつの間にか医務室の入り口には、部屋の中を覗くピンク色のグレイが現れていた。

 私はその姿を認め警戒を強める。


「……何の用ですか?」


『艦内の消耗品の管理が私の仕事なの。分からないことがあれば答えるのが私の仕事なの』


 親しげな口調で私たちに話しかけるピンクグレイ。

 誘拐しておいて親切も何も無いだろう。

 私はその姿に嫌悪感を覚える。


『艦内の食料品や医薬品などは地球で売られている物の成分を参考に合成しているなの。お薬も食料もあなた達が摂取しても問題ないなの』


「私達に殺し合えと言ったあなた達の言葉を信じられる訳がありません」


『それは……信じてくれとしか言えないなの』


 ピンクグレイはその大きな顔を力なく俯ける。

 その様子はまるで私の言葉を悲しんでいるかのようだ。


 ……いや、そんな訳があるか。

 自分たちで閉じ込めておいて、私の言葉に傷つくなんて道理が通らない。


『それでは失礼するなの。分からないことがあったらいつでも呼んで欲しいなの』


 ピンクグレイはしばらくして顔を上げると、医務室を歩いて去っていく。

 ミーティングルームの時のようにワープのような移動手段は使わないようだ。


「とりあえずここの薬は私達が飲んでも大丈夫ということですね〜」


「メリーさん。グレイの言うことを信じるんですか!?」


 グレイは私達の敵だ。

 そのグレイを信じたメリーさんの発言に私は目を剥く。

 

「メリーさん。あんな奴らの言うことを信じる必要なんてありません」


「まあまあ。別に全てを信じるわけではありませんよ~。彼らの目的が私達を自発的に殺し合わせることだとしたら、私達が病気になるのは困ると思うんです〜」


「そんなこと、分からないじゃないですか」


「まあ、確かにそうなのですが〜。グレイさん達に逆らってもここでは生きていけないですよ~。それならある程度は割り切って行動するしかないと思うんです~」


「それは……」


「取捨選択ですよ~」


 あっけらかんとしたメリーさんの口調に毒気を抜かれる。

 確かにメリーさんの言わんとしていることは理解できるが、私の心がその考えを拒絶しているのを感じる。


「それよりも今は探索です~。あっ。これ美味しそうですよ~」


 いつの間にかメリーさんが冷蔵庫を開いていた。

 冷蔵庫は上下段に分かれていて、上段にはゼリーやリンゴジュースなどの食品や飲み物が入っていた。

 下段には注射液や点滴液などの要冷蔵の薬品が入っていた。

 こちらも棚に入っていたものと動揺、一般的な毒の類は入っていないらしい。

 


「それ、僕が好きなやつですね」


「一本どうぞ~」


「ああ! 言ってるそばから。毒が入ってない保証がないじゃないですか」


 いきなりリンゴジュースに口をつけたレインさんを私は止めに入る。


「もう飲んでしまいました」


「ええっ!? 体調は、大丈夫ですか」


「はい。今のところは大丈夫ですよ」


 レインさんはメリーさん同様、毒を気にするそぶりもなく答える。

 二人とも豪胆過ぎないだろうか。


 私は気疲れを感じながら、ベッドに腰を降ろす。


「あら~。カスミさん、疲れてしまいましたか~」


「誰のせいだと思ってるんですか!」 


 私の言葉にメリーさんは柔らかに笑う。

 私は憤るが、その笑顔につられ思わず笑ってしまう。


 少しだけ場に和やかな雰囲気が戻った気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る