1-8 「私、疲れてしまいましたの」
脱出の手がかりを探るべく、艦内の探索を決めた私達。
単独行動を防ぐためにも、班を分け艦内の探索を行おうということになった……のだが。
「私、疲れてしまいましたの」
キラビさんは突然立ち上がると、大きなため息を吐く。
「ああっ? キラビ。どうかしたのか」
「私、肉体労働は専門外ですの。今こうして話しているだけでも疲れてしまいまして。ですので、最初に目覚めたお部屋で休んで参りますわ」
キラビさんは大げさな身振りで自分の肩を揉んで見せる。
「おい、そんな勝手なことが許されるわけ」
「へー、キラビは探索に出ねえのナ。じゃあ、ウチらもパスで!」
「ウチらはガチガチのインドア派だからナ。探索とかそういう肉体労働はモータとかトウジとか、体力がある奴に任せればいいだロ!」
キラビさんに続き、アイさん、イアさんまでが探索の拒否を申し出た。
この人たち、一体何を考えているんだ。
今はみんなで結束しないといけないとトウジさんから言われたばかりなのに。
私は不審の眼を三人へと向ける。
「おい、おめえら! いきなり何勝手なこと言ってんだよ。さっきみんなで協力しようってなったばかりじゃねえか」
「単独行動はダメですよ~。いつ襲われるとも限らないんです~」
「ふふふっ。その襲ってくる相手というのはいったい誰のことかしら。私は皆さんと探索している時が一番危険だと思いますわ」
場から反論の声が上がるが、キラビさんは歯牙にもかけずに涼しい顔のままだ。
その姿は堂々としており、恐怖心は見られない。
この場で単独行動を申し出るなんてグレイたちが怖くないのだろうか。
みんなで一緒に居た方が絶対に安全なはずなのに。
「それでは私、自室に戻らせて頂きますわ」
「「ウチらも勝手に行かせてもらうゼ!」」
「おい! おめえら、いい加減に……」
「ユミトさん、落ち着いてくれ。行動は強制できない」
三人はユミトさんが引き留めるのも聞かずに部屋を出て行ってしまう。
追いかけようとするユミトさんだが、それを制したのは団体行動のルールを提案した側であるはずのトウジさんであった。
「はあ!? トウジ、何言ってんだよ。あいつら、放っておいていいのかよ」
「取り決めに強制力はないんだ。探索をしたくないという彼女たちの意見も受け入れるべきだろう」
「んなこと言ってもよお。脱出手段を探すんだろ? 探索はどうするんだよ」
「彼女たちを除いても十人。探索するのに不足はない」
「だからってそんな勝手を許してたらダメだろうが!」
ユミトさんは怒りに肩を震わせる。
三人が居なくなった部屋の空気は最悪なものに変じていた。
ユミトさんの矢で射るような鋭い視線がトウジさんへと向く。
「ユミトさん、落ち着いてくれ。僕たちの間での不和は避けたい」
「単独行動禁止のルールはどうしたんだ!? 双子はともかく、キラビは一人で部屋へ向かったんだろ? そこをグレイに襲われたら一溜りもねえぞ」
「部屋には鍵がかかる。それにグレイたちもわざわざ蘇らせてまで集めた僕たち被験者を理由もなく殺すことはしないだろう」
「はあ? 何言ってるんだよ。複数人で行動するルールはグレイから襲われないために作ったんだろ。グレイたちが俺っちたちを襲わねえっていうのならそもそも単独行動を禁止する理由が無くなるだろ! 言っていることが無茶苦茶だ!」
「それはだな……」
ユミトさんの剣幕にトウジさんが目を伏せる。
今まで理路整然としたトウジさんの変化。
……トウジさんに限ってとは思うが、何か隠していることがあるのではと疑ってしまう。
みんなで協力しないといけないはずなのに、場の空気はどんどん悪くなっていく。
私は事態の推移に、争いを止めることもできず見ていることしかできない。
「……とにかく、艦内の探索を開始しよう。進まなければ、事態は好転しない」
「こんな状態で探索とか、できるわけねえだろ!」
怒りに肩を震わせながらユミトさんは吠える。
「最低限、決めたルールは守るべきだろ!」
「今規律を乱しているのは君だ。少し黙っていてくれないか」
「いいや。俺っちは黙らねえ。あんたは何か隠している。俺っちは騙されねえ」
「あの~、トウジさん。一ついいですか~」
二人の厳しい声が飛び交う中、場違いに柔らかな声が上がる。
メリーさんは律儀に手を上げて発言をしていた。
「複数行動の理由を伏せるトウジさんの意図は分かります~。ですが、それが原因で不和を産んでは元も子もないですよ~」
「……」
「おい、いきなりなんなんだよ」
「確かに……メリーさんの言う通りだな」
メリーさんの言葉にトウジさんは伏せていた顔を上げる。
「複数行動を提案した理由はグレイへの対策だけじゃないんだ」
「はあ? 全部じゃねえ、だって」
「ああ。僕達での殺し合いを抑止する。その為の複数人での行動だ」
殺し合い。
グレイたちが脱出を餌に、殺人を教唆する最悪の実験。
私はその言葉を聞いて複数人で行動する取り決めを提案したトウジさんの意図を察した。
トウジさんは私達に相互監視をさせるつもりなのではないだろうか。
「複数人で行動する限り、この中の誰かが凶行に走ったとしても殺人には発展しないんだ。グレイが提示したルールでは、一人の人間が殺せるのは一人まで、そして犯行は誰にも悟られずに行わなければならない」
「ああ? それが、複数人行動の取り決めとどう関係するんだよ」
「例えば三人で行動する班があったとする。その内の一人が殺人を計画し、班の一人を殺す。その場合、もう一人の班員に殺害が目撃されることになり、すぐにその者が犯人だと露見する。つまり三人以上で行動している限り僕たちの間で殺人は起きない」
「……なるほどな」
「まあ、厳密に言えば隙をついて他の班の人間を殺したり、もう一人の班員を犯人に仕立て上げることができるかもしれないが監視の目があれば、その状況を作り上げる事も困難だ」
トウジさんはそこで言葉を切ると場を見渡した。
今の説明が意味するのは、トウジさんがここで殺人が起こる可能性を考慮しているということだ。
「おいおい、流石にあんな見え透いた甘言に乗るやつはいないだろ」
「それでも誰かが凶行に及ぶ可能性がある限り、心から互いを信じることはできないだろう。取り決めは僕達が協力するために必要な処置だ」
私は自身の心に問いかける。
ここから脱出できないとして、誰かを殺してまでそれを果たしたいのかどうか。
答えは、否だ。
私は命の重さを身を持って知っている。
いくら脱出を果たすためとはいえ、そんな大切な命が消費されることを許すことはできない。
だけど、それが他の人も同じ考えかと聞かれれば……答えは出ない。
「皆で協力するためには相互監視が必要だ」
「だがよ、キラビたちはどうするんだよ」
「他の面々が一緒に行動していれば問題ないはずだ。これだけ犯人が特定されやすい状況で誰も凶行に及ぼうとは思わないはずだ」
「……ちっ、あんまり気持ちのいい理由じゃねえが仕方がねえか」
ユミトさんはドカっと自分の席に腰を下ろした。
「どうやら納得してもらえたようだ。では、遅くなったが誰と行動するか班を決めようか」
「私達は十人で、この建物は三階建てですよね~。階ごとに一組ずつ、三つの班に分けてはどうでしょ〜」
メリーさんの提案に幾人かが頷く。
「そうなると配分は三、三、四人か」
「私、カスミさんと一緒の班がいいです〜」
メリーさんが素早く私の腕を取る。
「へっ? メリーさん?」
「カスミさんは病人、というか病み上がりなんですよね~。でしたら看護師が付き添うのは当然ですよ~」
私が戸惑う前で、メリーさんは朗らかな笑顔を浮かべている。
これは、本気で心配されているのだろうか。
それとも、からかわれている?
「カスミさん。いいですよね〜」
「えっ、ええっと。もちろんです」
「ふふふ。よろしくおねがいします〜」
「では、僕もお二人とご一緒させてもらってもよろしいですか?」
えっ?
メリーさんに続けて私へ声を掛けたのはレインさんだった。
レインさんはやわらかい笑みを浮かべ私の前へやってくる。
「ええっと。レインさんまで? どうして私たちと」
「もちろんカスミさんの事が気になったからです」
レインさんは私へ手を差し出す。
えっ。これ、どういうこと?
私は戸惑いながらも握手に応じた。
そういえばレインさんには、ユミトさんから糾弾を受けたときにもかばってもらっていた。
まだお礼も言えていないけど……これって、レインさんはもしかして私のことを。
「カスミさん? どうかされましたか」
「あら、顔が赤いですよ~。熱でも出ちゃいましたかね~」
「い、いえ! 大丈夫です! すこぶる元気です!」
自分の頬が紅潮していくのが分かる。
私は二人から慌てて顔を背ける。
レインさんの私のことを気になると言う発言。
それってつまり、私に気があるってこと、なのかな。
「あの~、カスミさん?」
でも、私みたいなひょろっちいのを好きになるなんて……
病気のせいでスポーツはできなかったし、食も細いから腕も足も針金みたいに痩せている。
レインさんは私みたいなのが好みなのかな?
「カスミさん、聞こえてますか~」
私の場合痩せているを通り越して、痩せ細っているっていうのが適切だからな。
ああ、だけど病気は治ったんだからこれからはどんどん肉を付けていけるはずだ。
こんなガリガリより多少肉付きのある方が良いに決まっているんだ。
「彼女、どうしちゃったんですか?」
「さあ~? 急にフリーズしてしまいましたね~」
結局、レインさんはどういうのが好みなんだろ?
……というか、付き合ってもいないのに好みがどうとか。
いいや、そもそも付き合うとかそういう話は……
「カスミさん!」
「ひゃい!?」
耳元で破裂する大声に私は跳び上がる。
「メリーさん!? いきなり何するんですか。びっくりしたじゃないですか!?」
「びっくりしたのはこっちのセリフです~。いきなり固まってしまうから何があったかと心配しましたよ~」
「カスミさん、やはり気分が悪いんじゃ。大丈夫でしょうか?」
「やっ、えーっと」
メリーさんに、そしてレインさんに心配をされ私は慌てる。
ああ、もう。ここに来てから私、こんなのばっかりだ!
これも普段から体を動かせないせいで一人で妄想する時間が長かった弊害だろう。
「やっぱりカスミさん、スノーにそっくりだ」
レインさんはどこかさみしげな、柔らかい笑みで私を見る。
「へっ? スノーさん、ですか?」
「うん。昔飼ってた猫だよ。今のカスミさんみたいに何もない中空をジーっと見つめていることがあったんだ」
「猫、ですか……」
思わず前につんのめりそうになるのを堪える。
さっき言っていた私のことが気になるって、ペットの猫に似ているからって言うこと!?
「スノーは人見知りな猫でね。知らない人の前に出るとすぐに怯えたように僕に擦りついてくるんだ。さっきの議論で、カスミさんの怯えた姿がスノーと重なっちゃって。気づいたらかばっていたんです」
「……そう、ですか」
うわああああああああ!
私、猫扱いされてたの!?
それなのに一人で盛り上がって、もおおおおおおおお!
「いやあ、猫扱いなんて失礼ですよね。ごめんなさい」
「い、いえ。庇っていただいたのは嬉しかったです。ありがとうございます」
私は平静を装ってなんとか言葉を絞り出す。
内心は恥ずかしさの余り荒れ狂っていた。
ああ、もう!
病気が治って、いきなり気力が戻ってきたせいで感情コントロールがうまくできていないんじゃないだろうか。
「では、班が決まったね。探索を始めようか」
折よく他の班のメンバーも決まったようだ。
すでに他の人たちも班で分かれて集まっていた。
「メリーさん、レインさん。さっそく脱出の手がかりを探しましょう!」
私は恥ずかしさをごまかすように二人の手を引き扉へと向かう。
「カスミさん、やる気ですね~。一緒に頑張りましょ~」
「ちょっと。僕も行きますから。そんなに引っ張らないでください」
私たちはミーティングルームを飛び出すと、エレベーターへと駆けて行った。
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