1-7 「殺し合いには応じない」

「私、実は一度死んでいるんです」


 真実を告げることを決めた私は皆に私が体験した内容を語る。

 恐怖は私の口を重くし、冷や汗が背中を流れる。


 私自身、自分の身に起こったことが信じられないのだ。

 コールドスリープから蘇ったという体験。

 果たして私のいうことをみんなは信じてくれるのか。


「えっと~、それは何かの比喩表現ですか~?」


「……いいえ。私が一度死亡したというのは事実なんです」


 メリーさんは困惑した表情を浮かべている。

 他の人の反応も似たようなものだ。

 だが、ここで中途半端にごまかすことは私の、そして皆の為にはならないはずだ。


「私は治療法のない難病を患っていました。生きられてあと数年の命だったんです。だから私は未来に病気の治療法が完成することを信じてコールドスリープ処置を受けることにしたんです」


「コールドスリープですか~、って! それ自殺と変わらないじゃないですか~!」


「……はい。確かに医者からも同じことを言われました。病気の治療法どころか、コールドスリープから蘇生する方法は現時点で見つかっていない、と。でも、どうしても私は生きたかったんです! だから死ぬ覚悟をもって処置を受けた。ですが、私はコールドスリープから目覚めてここに居ます」


「カスミさん……」


 自分の口調が早くなっているのが分かる。

 この場で自分が一人ぼっちでいるような感覚。

 不安から喉がひりつきだす。


「ごめんなさい、メリーさん。私、さっきここに連れてこられた経緯を聞かれたとき、嘘を答えてしまいました。コールドスリープからの蘇生なんて荒唐無稽なことを話して疑われたくなくて」


「い、いいえ~。あんまりのことにびっくりしちゃっただけで、全然怒っているとか、疑っているとか、そういう事じゃないですよ~」


 私の言を聞き、メリーさんはフォローをしてくれた。

 言いたかったことを言えた安堵から心が軽くなるのを感じる。



「でもそれが本当なら、相当厄介なことになるね」


 トウジさんは顎に手を当てながら真剣な表情を浮かべる。


「コールドスリープからの蘇生に、治療法の分かっていない病気の治療。グレイたちは僕たちの想像も付かないような技術力を持っているということになるね」


「やっぱりトウジさんもグレイたちの事は疑っているんですね」


「ああ。誘拐犯の言うことを信じる理由がないからね。だけど、君の証言で彼らに人間を蘇生できる技術がある可能性が高くなった」


 私をまっすぐに見つめるトウジさんの瞳。

 それは思わず見とれてしまうほどに綺麗で、どこまでも先を見据えていた。


「僕はグレイたちの言うことが嘘だと考えていた。これだけの人数が誘拐されて僕らの周囲の人間が気づかないわけがないから、すぐに助けが来ると思っていたんだ」


「だけど、グレイたちはここが宇宙空間だと言っています」


「ああ。それが本当なら地球から助けが来ることはないだろう。それどころか、僕たちを蘇生させたということが本当だったのなら僕らは地球で死亡した扱いになっているかもしれない。そうなれば誘拐をされたということ自体誰にも気づかれていない可能性だってあるんだ」


「おい! 俺っちが死んでいるとかそんなわけないだろ!」


 真剣な口調で話すトウジさんの言をユミトさんが乱暴な物言いで遮る。


「もし俺っちが死んでいたのならここで目覚める前の記憶は死ぬ直前の記憶になっているはずだ。俺っちはここに来る前、弓道の大会に出ていた。昼休憩で眠っちまって目覚めたらここに居たんだ。どうしてそんな状況で俺っちが死ぬっていうんだよ!」


「……それは分からない。だけど病気か、事故か。理由はいくらでも考えられる」


「俺っちは死んでねえ。それは俺っち自身が一番わかっている。そのカスミって奴が嘘をついているに決まっているだろ!」


「きゃっ!」


 自身の死の可能性を前に激高したユミトさんはその血走った目を私へと向ける。

 矢を射かけられるようなユミトさんの鋭い視線。

 私が思わず短い悲鳴を上げた時、誰かの影が私を庇うように前へ立つ。


「れ、レインさん?」


「カスミさんに当たるのは間違いじゃないかな。僕には彼女が嘘を言っているとは思えません」


 影の正体、それは隣の席に座っていたはずのレインさんだった。

 私の前に立ったレインさんは柔らかな口調で私を擁護してくれる。


「はあ? 蘇ったとか絵空事が本当なわけないだろ!」


「確かに。僕も自分が死んだと言われても信じることはできません。でも、だからと言ってその悪感情を誰かにぶつけるのが正しいはずがないですよね」


「嘘をついたやつに怒るのは当然のことだろうが!」


「いいえ。カスミさんは本当の事を言っています」


「そんなもん、証明できるわけがねえ」


「この場でわざわざ皆に疑われる嘘をつく意味がありません」


 レインさんはユミトさんの言葉に一歩も引くことなく反論を続ける。


「そんなもんこいつが誘拐犯側の人間で、俺っち達に蘇りを信じさせようとしていると考えりゃあ矛盾はねえ。むしろ、その方がしっくりくるだろ!」


「……うーん、そうですね。確かにカスミさん一人の証言ではあなたは納得できないかもしれません」


 レインさんはそう言って言葉を切ると場を見渡す。


「なら、カスミさん以外でこの中に自分の死について心当たりがある方は居ませんか?」


「はあ!? そんな奴いるわけ……」


「私、心当たりがありますわ」


 レインさんの問いかけに場から上がったのは、どこか高圧的な口調で答える声だった。


「キラビさん、何か心当たりが?」


「ええ。私は毎晩眠る前にラブリィちゃんたちを愛でることが日課ですの」


 キラビさんは深紅のドレスを揺らし、立ち上がる。

 ユミトさんはキラビさんへと鋭い視線を向けた。


「ラブリィちゃん? おい! あんたの私生活なんて知らねえんだよ! 的外れな話をぶち込んでくるなよ!」


「あなたの舌の根にサソリちゃんの毒を処方してあげられないのが残念ですわ。ちなみにサソリの毒は神経毒ですわよ」


「はあ? 何を訳の分からねえことを……」


「人の話は最後まで聞くものですわ。私、ここに来る前の夜にもヘビちゃんとお休みのチューをしてきましたの。でもその時、手の甲の辺りを甘く噛まれてしまいましたの」


「おいおい、おめえいかれてんのか!? そんなの自殺行為じゃねえかよ」


「もちろん、飼っているペットの毒腺はちゃんと取り除いていますわ。だけど、その日にチューをしたヘビちゃんは前日に迎え入れたばかりの個体だったのですわ」


「では、何かの手違いでそのヘビに毒が残っていたと?」


「……考えたくない可能性ですけれど。そうだとすれば私の死亡理由になりますわね」


 キラビさんは沈鬱そうな表情を浮かべる。


「てめえら、俺っちを担ぐのもいい加減に……」


「心当たりなら」「ウチらにもあるゼ」


 息のあった声でアイさん、イアさんが話に割って入る。


「今度は双子かよ」


「ウチらはここに来る前に機械の爆発に巻き込まれたはずダ」


「とんでもねえ大爆発ダ。爆発をくらって無事なはずがないヨ」


「だが目覚めたウチらの体はどうダ? 五体満足だったゼ」


「最初は勘違いかと思ったケド」


「「今なら分かル! ウチらはあの時、死んだんダ!」」


 二人は声を揃えて自身の死を断言した。


「……おい、お前らまで俺っちを騙そうとするのかよ? 今の話が嘘なんだよな?」


 先程までの勢いは消え、ユミトさんの声は縋り付くような弱々しいものに変わっていた。


「これだけの証言が出たんだ。残念ながら僕らが蘇生されたという話は本当だろう」


 トウジさんは場を見渡すが、ユミトさんは俯いたままで。

 これ以上蘇りを否定する声は上がらなかった。




「最悪の場合を前提としよう。ここが宇宙空間であるなら、僕たちは自力でここからの脱出を目指さなければならない」


 トウジさんは一つ一つ言葉を選んでいく。


「……それは、『実験』に私達も参加するしかないということですか?」


「いいや。それはありえない。人間同士で殺し合うなんて馬鹿げている。僕たちはグレイのいう殺し合いに加担するべきではない」


 私の疑問をトウジさんははっきりとした口調で否定する。


「じゃあ、私達はどうしたら」


「グレイたちに対抗するには僕らの間で結束が必要だ。そのためにも僕たちで協定を結ばないか?」


「協定、ですか?」


「ああ。僕たちの間で殺し合いをしないための取り決めを作るんだ」


 トウジさんの口調が優し気なものに変わる。

 私たちの間での取り決め。

 確かにこれだけの人数で行動するのだ。

 何らかのルールは必要になる。


「今はグレイたちに命を握られた危険な状況にある。僕達の間で取り決めを作っておけばいざというときに協力できるはずだ」


「それは……たしかにそうかもしれません」


「内容は、そうだな。暴力暴言の禁止、必ず複数人で行動する、何か気になることを見つけたら皆に共有する、そして全員で脱出手段を探す」


 トウジさんは全員に視線を向ける。

 声は透き通り心に響いてくる。


「ちょっといいですか~。暴力暴言の禁止、情報共有、目標の設定。これは理解できます~。複数人で行動するというのはどうしてなのでしょう?」


「メリーさん、考えてみてほしい。僕らはグレイ達の手のひらの上にいるも同じなんだ。できる限り自分の身は守らなければならない。複数人で行動すれば仮にグレイに襲われたときに行動の選択肢が増えるだろう」


「……そうですね~。確かにその通りだと思います~」


 少しだけ間を開け、メリーさんはトウジさんの意見に賛同の意思を示した。

 トウジさんは改めて全員の目を見渡していく。



「僕たちはグレイたちの強要する殺し合いを拒絶する。そのためにはここに居る皆で協力することが不可欠だと僕は考えている。皆、僕に協力をしてくれないか」


 トウジさんの言葉は実質、グレイへの反抗を示すものだ。

 ここで安易に提案に乗ることはグレイたちから目をつけられる結果になるかもしれない。

 だけど。


「はい。私はトウジさんの取り決め、いいと思います」


 私は明確に自身の意思を表明する。

 皆で生きるために行動する。

 それは私自身が望むことでもあった。


「もちろん。私も賛成します~」


「皆での取り決めですか? 取り決めは大切です。僕も賛成しましょう」


「ミンナ、ナカヨク。ボクモ、サンセイ」


「けっ。仲良しこよしは好きじゃねえんだけどな。この流れで反対はできないだろ」


 トウジさんの持つカリスマ性からか、場からは次々と賛成意見が上がる。



「ふう。みんな、ありがとう。これで皆で生き残るための協力体制が築けそうだね」


 トウジさんが息をつく。

 コールドスリープの話を出したときはどうなることかと思ったけれど、トウジさんの提案のおかげでどことなく場の空気がゆるんだ気がする。


「当面の目標はここから脱出する手段を探すことだ。そのためにもまずは皆で艦内を探索しようか」


 脱出手段を探すためトウジさんが艦内の探索を提案する。


「これだけの大人数でぞろぞろと動き回るのは非効率的ではないですか〜?」


「それもそうだね。でもそれぞれが単独行動をとるのは望ましくない。ひとまずは四、五人で組を作って艦内を探索しようか」


「集合時間も決めておきませんか〜?」


 グレイたちに与えられた腕時計を確認すると、ちょうど九時と表示されるところだった。


「では、今から三時間後の十二時にここに集合するというのはどうでしょうか~」


「うん。それで構わないよ。じゃあ、探索班を決めようじゃないか」



 トウジさんの提案した協定で結束を深めた私たち。

 艦内の探索へ望み脱出の手段を探すべく、私たちは一緒に行動するメンバーを決めることにした、のだが。


「私、疲れてしまいましたの。探索は皆さんで行ってくださいませんか?」


 空気を読まないキラビさんの発言に場が凍りつく。

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