第32話 迷宮 03(34ー35層)

「……ノス様。」

「ノス様……。

「ノス…様…。」


翌朝、静かに声がかけられるが、初めて聞く声のような…。

目を開けるとエルフ娘達が四つん這いでベッドに乗っていた。


私を揺するのに届かなかったんだろう。


「おはよう。起こしに来てくれたのか、ありがとうな。」


出来るだけ優しく声をかける。

あれだけ怯えてた子達が起こしに来るなんて…、セバスの手腕に改めて驚かされる。


手を見せ、ゆっくりと近づけて頭を撫でる。

少し顔を強張こわばらせてらせていたが、無事受け入れて貰えたようだ。


視界の端でリサが鼻血を流しているが、ここで怒ったら全てが台無しだ。

ゆっくりとベッドから降り、一人ずつ幼女を下ろして行く。


「あり…がと…。」

「ござ…ます…。」

「…ご…はん。」


私に声をかけた後、トコトコと部屋を出て行く。

一度部屋を出た後に慌てて一礼しに戻ってきた。


「リサ。」


「はい。」


さっきまで鼻息荒くしてたのに、キリッとした顔で返事をして来る。

しっかりと鼻血も拭いているようだ。


「一人で着替えるから、3人に付いてやってくれ。」


「は……はい…。」


しょんぼりとした顔で部屋を出て行った。

未だに隙が有れば着替えを手伝おうとして来るからな…。


「セバス、エルフ達をよく教育してくれた。」


食堂に入り早速セバスに声をかける。


「今朝の事ですか…。私は何もしておりませんよ。皆様の優しさに触れたからでしょう。」


謙遜している訳では無く、最低限の教育をして後はそっとしているそうだ。

セバスの事もまだ怖がっているので、長い時間をかけるしか無いと思っていたそうだ。


「流石はマイハ様の御子おこですな。」


セバスが嬉しそうに言うが、私も頬が緩んでしまう。

母上の事を言ってくるのは反則だろうに…。


「母上ならもっとうまく癒すさ。」


しんみりしている訳にも行かないと簡単に返す。

実際母上なら今頃は笑顔にしているだろうしな。


その後は皆で朝食を取り、迷宮に向かった。

早く強くならないといけないからな。


34層も攻略を進めて行く。

この層までは日帰りで済ます予定だが、そろそろ迷宮に泊まり込む必要が出て来そうだ。


迷宮で泊まるとなると、安全地帯セーフティポイントと呼ばれる場所を使うのが一般的だ。

それ以外はどこかの小部屋を占拠して休む事になる。


小部屋には敵が出現するので環境的には良くないのだが、安全地帯セーフティポイントが見つからない場合はそれしか方法が無い。



敵の強さ的には昨日と同じで、特に問題無く34層の攻略が終わった。


「そろそろ迷宮に泊まる事を考えないとな。」


迷宮から出るとちょうど夕日が見える時間帯だった。

昨日よりも日は沈んでいるようだ。


「御心のままに。」

「ボクもそうした方が良いと思います。」

「そうね!ワタシも思っていたわ!」

「ご休憩ですわね〜。」


4人も問題無いようなので屋敷に戻って他の皆にも伝える。


屋敷こちらは問題有りません。所でディノス様、孤児院出身の者達ですが…、宜しければ私の方で多少の手ほどきをしましょうか?」


誰からも反対意見は出なかったが、セバスが一つ提案をして来た。

迷宮都市に来て暇になったと言うが、私の家臣候補達と交流を持っておきたいのだろう。


黄金郷エルドラドを家臣として迎えている以上、孤児院出身の冒険者達は家臣候補と見られるのが普通だ。


「セバスの手が空いてるなら頼むよ。」


勿論私にとっても、教えられる子達にとっても嬉しい話だ。

強くなればそれだけ長生き出来るからな。


屋敷の使用も許可したので訓練場所に困る事も無いだろう。


その他には特に無かったので久しぶりに静かな夜を過ごした。



35層の攻略を始めると、毛色の違うモンスターが現れるようになった。


木人形パペット…?無生物が何故?」


疑問に思っていると、赤い瞳をこちらに向けて呪言を呟きながら突進して来た。


「呪いの人形ですねぇ。」


ジュリが耐性魔法をかけてくれる。


「手早く倒すぞ!」


私の言葉に反応して皆動き出す。


(今までの敵と比べると格段に速い…!)


赤スケルトン達も決して遅く無かったが、コイツらは段違いだ。

耐久度が低いので決着はすぐについたが、スケルトン達と一緒に出ると思うと中々面倒だ。


その後も次々と現れる呪い人形を倒して行くが、今までとは数が段違いだ。


「雷撃よ!」


アリスが斬撃に紫電を乗せる。

放射状に広がった雷は前方の敵を一掃した。


「ウザったいわね!」


ティニーも聖魔法を拳にまとっている。

拳を振るう度に聖属性の衝撃波が周囲に広がっている。


(凄い威力だが…、すぐにバテるな。)


魔力の消費量が多すぎる。

二人の魔力量は把握しているのですぐに気づく事が出来た。


「リサ。」


リサに声をかけてギアを上げる。

バテる前に片付ければ何も問題は無い。


「ここを切り抜けて安全地帯セーフティゾーンまで進むぞ!」


まだ半分ほどしか進んで無いがこの辺が頃合だ。

いきなり難易度が上がった事に驚きつつも安全地帯セーフティゾーンへと到着する事が出来た。


「今日は少し早いがここまでにしよう。」


皆に告げて野営準備を始める。

以前組立済みのテントを出した時とは違い、天幕は無しだ。


「小さくて戦いづらいです…。」


「パーッとやってやりたくなるわ!」


アリスとティニーが愚痴をこぼしている。

慣れれば魔力をセーブして戦うだろう。


「そうですね。中々厄介でした。」


(スピスピ…。)


リサも苦戦していたようだ。

ジュリは私の背中で寝ている。


「時間をかければ攻略自体は出来るが…、面倒では有るな。」


贅沢な事だが、今までが順調過ぎたから仕方無い。

本来は数日、時には数ヶ月かけて1層を攻略して行くのが普通と聞いた。


それに比べればまだまだ余裕だろう。

夕食を食べながら人心地着く。


今回は外泊と言う事で黄金郷エルドラドとエルフ娘が作ってくれたサンドイッチだ。

黄金郷エルドラド達も孤児院で料理をしていたので見た目から美味しそうだ。

エルフ娘はレタスを千切ってくれたらしい。


「美味しいな。」


私が感想を述べると皆も思い思いに話し出す。


天人娘エメルト闇人娘ナタリー、中々の腕前でした。アレならメイドとして雇っても良いかも知れませんね。」


銀狼娘キリちゃんと金狐娘アイネちゃんもつまみ食いしないで頑張ってましたよ!」


雪女イヴ夢魔娘ミリーナ!…あの子達、料理に魔法かけてたのよね…。」


ジュリに話を聞いてみると、調味料代わりに想いの魔法をかける事が有るらしい。

幸せな気持ちで魔法を唱えれば、食べた時に幸せになれると言う話だ。


ジュリは料理をしないので詳しくは分からないらしく、戻ったら魔人娘達に聞くと3人が闘志を燃やしていた。


「そうと決まればすぐに攻略しましょう!」


「あんな人形達、ボクの雷で丸焦げにしてやります!」


「競争ね!」


「ファイト〜!ですわぁ。」


皆気合いを入れ直したようだ。

私の寝袋に入って来ようとするジュリを投げ捨て、皆で就寝についた。

その様子を見たリサはそそくさと戻ってくれたみたいだ。


翌日は昨日の苦戦が嘘のようにスムーズに進み、半日でボス部屋まで辿り着いた。

若干皆の目が血走っていた気もするが、見なかった事にしておく。


扉を開けると呪人形がビッシリと並んでいた。

あれだけ数が揃うと気持ち悪いくらいだ。


「中央のは鎧か…?アレも同じようなのだろうな。」


いつまでも見ている訳にも行かず中に入る。


「散るぞ!」


「「はい!」」「ええ!」


三つの声が返って来た。

固まって戦った方が安全だが、それだとアリスとティニーの持ち味を殺してしまう。


所々で紫電が上がり、聖光が煌き、重力球が発生している。


「ジュリ、しっかり掴まっていろよ。」


「はぁい〜♪」


以前のボス戦のようにそこら辺に置いておく訳にも行かず、ジュリを背負ったまま戦う。


「行くぞ!」


鎧の元まで一直線に駆け寄る。

途中の人形達は一瞬で消えて行った。


そのまま聖剣を振るうが、鎧もしっかりと反応して来た。


(コイツ…!思った以上にうまい…!)


人間の記憶が有るのか、騎士のように構え、丁寧に攻撃をさばかれる。


「舐めるな!」


どんどん速度を上げて行くと、段々と相手が遅れ始めてきた。

聖剣を受け止めている剣と盾もボロボロになっている。


「人間の頃に会いたかったよ。」


何となく元人間のような気がして声をかける。

鎧が両断され消えていく瞬間、淡く鎧が光った気がした。


「お見事ですぅ。」


ジュリの言葉に周りを見てみると、戦いは既に終わっていた。

私と鎧の戦いも広範囲に及び、人形達が余波で壊れていた。


「流石で御座います。」


リサがハンカチで汗を拭いてくる。

拭いた後のハンカチをやけに丁重に扱っているので、一応没収しておいた。


「ご無体な…!」


打ちひしがれていると言う事は、そう言う事だったんだろう。


「今日は思った通りに体が動きました!」


「まだまだやれるわよ!」


アリスとティニーも絶好調のようだ。


初めての迷宮泊まりと言う事もあって早めに解散し、久しぶりの屋敷に戻るのだった。

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