第12話

草履は脱げ、足から血を流しながら這うようにして喜助は城の門前にたどり着いた。息を切らせながら門番に伝える。


「急ぎ、清重様に鳥の曲刀をお貸しいただけるよう伝えよ。父と街の人々の命が危ない」


まるで土下座をするような姿勢で声を絞り出す。


ふたりの門番は、喜助のその姿に驚きながらも慌てて門を開き城内に向かって走って行った。


心臓が悲鳴を上げている。目も周り、意識も遠のいていく。しかし、この場に倒れこんでもいられぬ。清重様に少しでも早くお伝えし、鳥の曲刀をお借りせねば。あのような刀になんの力があるかわ知れぬ。しかし、父が持ってまいれというのだ。何か秘策があるに違いない。


喜助は歯を食いしばり、城に向かって今一度、走り出した。


鳥の曲刀は、刃先に鳥の姿が彫られている。鍛錬した者がその刀を振るうと風を切る音がまるで鳥のさえずりのように聞こえると云われているが、現世でその音を鳴らせるものはおらず真意は分かっていない。


またやっかいなのが三日月のように曲がった刃であった。これでは、刀を受けるにも、振るうにも扱いづらく実践ではとても使い物になるような代物ではない。


鞘や鍔にも小枝や鳥の羽の細工がなされており、美しい刀であったが明らかな飾り刀であった。


気ははやるも体が付いていかず、前のめりに歩く喜助。その姿を目にした家臣のひとりが慌てて駆け寄ってきた。


「喜助様、そんなに慌ててどうなされました?」


提灯の明かりで照らされた喜助の顔は疲れ切り、20も老いたように見えた。


「清重様に頼みごとがある。一刻も早く清重様にお会いせねばならぬ。」


「さようでございますか。清重様であれば、道場の方におられます。今しがた清重様にろうそくを何本か頼まれ届けたところでございます。」


道場なら目と鼻の先である。喜助は「助かった」と礼を言うと清重のもとに急いだ。


松の木が立ち並んだ道の奥に道場があった。その襖から光がゆらゆらと揺れている。


「清重さま・・・。」


喜助が清重の名を呼び、扉を勢いよく開ける。すると道場の中から鳥の囀るような声が聞こえてきた。


喜助は、清重に駆け寄りながらも鳥の姿を探した。


「喜助か。ちょうど良かった。やはり、喜助の御父上はすごいな。」


そう言って、清重は蔓延の笑みを浮かべる。


「見てみよ。この刀は本当に鳥の声を発するぞ。」


清重の手には鳥の曲刀が握られていた。その刀を清重が真横に振るうと鳥のさえずりが響いた。


「気づいたか?少しだが、さえずりと共に風が吹いたのを。」


喜助は、驚いた表情を見せるが、すぐさま我に返る。


「その刀でございますが、父、隆明がその刀を必要としております。城下町に得体の知れぬ術を使うものが現れ、父は今、それを退治すべく刀を振るっておりますが、鳥の曲刀が必要とのこと。何卒、その刀をお貸しいただけませぬか。」


喜助の首元に残った汗、血だらけの足、見たこともないような切羽詰まった表情。


「気づかず、余計な話をした。申し訳ない。すぐに隆明殿に刀を届けよう。」


清重は、刀を鞘に納めると駆け出した。

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