第11話


喜助と清重が嵐鈴と出会ったのは2年前。二人とも24歳となり、あの出来事から14年もの歳月が過ぎていた。


吉荒の跡は次男の重昭が継いでいた。剣術の才はないが、兄同様に人望も厚く、若いながらも見事に国をまとめ上げていた。


重昭のもと、清重は側近として兄を支え、喜助は、父、斎藤隆明と共に武将のひとりとして幾つもの戦で活躍していた。


そんな折である。


城下町で奇妙な噂が流れた。


月のなき晩に赤蜂が現れるというのだ。赤蜂とは、怪火により人を焼くという妖魔の類で少し離れた町では古くから言い伝えとして残っていた。


その晩、喜助は、父と共に城下に出て酒を酌み交わしていた。城内で振舞われる高級な酒や肴より、城下の酒やつまみの方が喜助親子の口には合っていた。父と酒を飲みながら周りから流れてくる噂話に聞き耳を立てるのも楽しいものだ。その日は、もっぱら赤蜂の話題が酒屋では中心となっていた。


「ほうら、外を見てみろ。お月さんがそろそろ姿を消すぞ。いい子は、そろそろお家に帰らな赤蜂に襲われそうな夜だ。」


商人らしき男が笑いながら襖の隙間から空を見上げてそう言った。夜雲に覆われ、月が後一欠けらというところである。


「父、我らもそろそろ戻りましょうか。」


喜助がそういうと父は、「赤蜂が怖くなったか?」と笑う。


店の外に出るとすっかり月は姿を消していた。着物に魚の匂いが付いたのか、黒猫が喜助の方に寄ってきた。足に体をすり寄せる。


「どうした?腹を空かせておるのか?」


黒猫の頭を撫でてやろうと喜助が腰を屈める。すると先ほどまで目を半開きにし、足に擦り寄る姿を見せていた黒猫の耳がピンと立った。そして、全身の毛を逆立てると威嚇する声を上げ、跳ねるように逃げて行った。


何事かと喜助と隆明も猫が向けていた視線の先に目を向ける。


次ぐ瞬間、1町ほど先で天から蒼い稲妻が音もなく地に落ちた。するとそこから見る見る業火が立ち昇るってゆく。傍にいた男が慌てて火から逃れようと喜助らの方に走ってきた。業火は、地を這い、まるで男を追っているように迫ってゆく。喜助らの10丈ほど先で男は業火に追い付かれた。すると一瞬のうちに男は骨まで焼き尽くされた。跡に残ったのは、地に残った黒い煤のみである。


まるで火が意思を持って男を追ったようであった。


立ち昇る業火。目を凝らすと、その中に人影が見えた。業火の中にあって、その人影は苦しんでいる様子もない。


先ほどまでいた酒屋の客がひとり異変に気付き外に出てきた。


「何やら、外が光ったように思えたが・・・。」


言い終える前に男の草鞋から火が上がった。慌てふためく男。しかし、すぐに全身に火が回り、瞬く間にその男も煤に変わった。


「父上、これは・・・。」


喜助が引きつった表情で周りを見渡す。


「なんじゃ、今、火が上がったように思えたが・・・。」


他の客たちも外に出てきた。


「出てきてはならぬ。」


隆明は、怒鳴り声を上げるが、次の瞬間には、その客たちも次々に炎に焼かれた。


周りの家や店には引火することなく、人のみを燃やす怪火。


「まさかとは思ったが、妖魔、赤蜂が本当におったとは。」


隆明は、業火の中に立つ人影に向かってそう叫ぶと刀を抜いた。


「喜助。わしが時間を稼いでいる間に城に戻って鳥の曲刀を持ってまいれ。」


「父上、あのような飾り物の刀など役には立ちませぬ。我もこの場で共に戦いましょう。」


隆明は、「何を馬鹿なことを。」と怒鳴りつけた。


「幼少より刀の鍛錬をし、まだ気づかぬのか。あの刀の真の姿に。」


鬼の形相を浮かべる隆明の足元から火が登った。しかし、すでにその場に隆明の姿はない。業火の人影に向かって走り出していた。


隆明は、足元から火が登った瞬間に右へ左へ向きを変え走り、体に火が燃え移るのを堪えながら人影に近づいていく。しかしながら、草履は燃え、袴も膝の辺りまですでに焦げ落ちていた。


いかに父とて長くは耐えられぬ。喜助は、それを悟りながら、振り返ることもなく城に向かって走り出していた。

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