第8話

家臣たちが目を覚ますころには吉泉はひとりで立てるほどに回復していた。家臣たちは、歓喜し、手のひらを反すように山伏に深々と礼をした。吉荒とて、同様ですぐさま山伏を別の広間へと通すと酒と料理を用意するよう家臣らに伝える。


しかし、山伏は、「酒は飲まぬうえ、老体ゆえ馳走も喉を通らぬ。それよりも・・・。」と吉荒に催促するような目を向ける。


「そうだな。約束の品であったな。」


そう言って、12の神武を用意するよう家臣らに伝えた。


家臣らの中には、「やはり、神武を手放すべきでない」と意見するものもあったが吉荒は一蹴した。


病み上がりの吉泉と数名の家臣を残し、他のもとたちは広間へと通された。そこに家臣が次々と神武を運び込んでくる。


しかし、ここで問題が起きた。


神武のうち、鳥の曲刀がこの場にない。武将、斎藤隆明が演武の為、尾上に持ち出していたのだ。


それを聞いた山伏は、舌打ちをしたが「まぁ、よい。では、今宵は11の神武のみ持ち帰ろう。」と納得をした。吉荒は、「曲刀は戻り次第、責任を持って届けさせる。」と伝えたが、山伏は、「時が来ればこちらからもらい受けに参る。」と伝え、並んだ11の神武を恍惚の表情で見つめる。


「神武が11となれば、子も10でよろしい。そちらは、我の方で勝手に選ばせていただきますぞ。」


山伏は、黄色く伸びた爪を噛みながら言った。


「10人もの子をどうするのか?弟子にでもするのであるか?」


家臣のひとりがそう問うが、「まぁ、よいではないか。」と山伏はそらす。


山伏がまじまじと清重を見つめていることに家臣のひとりが気付いた。


「そちらは、佐々波家の3男、清重様であるぞ。うぬの弟子にするようなお方ではない。」


家臣が今にも掴みかかりそうな勢いで山伏に迫る。


「どの子を選ぼうと我の勝手。しかしながら、この子や隣の大きいのは、随分と心に信がある。厄介そうじゃ。やめておこう。」


清重と喜助から視線を反らすとその奥に隠れていた嵐鈴に目を止めた。


「うぬ。この子がよいな。まずは、この子。あとは、城内から適当な子を9つ頂いてまいるぞ。」


そう言って嵐鈴に歩み寄った。清重と喜助が嵐鈴の前に立ちはだかった。


「その子は、武将、斎藤隆明様の長女である。手を触れるな。」


家臣が山伏の肩を掴む。


「う~む。話が違うではないか?この子はダメ。あの子もダメ。では、他の子なら良いのか。うぬの子か?それなら良いのか?」


山伏は、肩を掴む家臣を睨みつける。そして、次に吉荒に目を向けた。


「殿、子はわしが選んでも良いという約束であったはず・・・。」


吉荒は、歯を食いしばり、袴を握りしめていた。しかし、舌の根の乾かぬ内に出した言葉を覆すわけにもいかない。


吉荒の姿を見て山伏は、気味の悪い笑みを浮かべた。


「約束は、約束じゃ。子と神武はもらい受けるぞ。良いな。」


そう言うと山伏は、懐から小枝を取り出した。それを二つに折ると中から樹液が垂れてくる。


何をしているのか意味も分からず、その場にいたすべての人間が山伏の動きに注目していた。


樹液を手に取り、こねると両手から煙が立ち上がった。その煙に山伏が息を吹きかける。


すると、部屋すべてが一気に煙に包まれた。ひどく濃い煙で自分の手すら見ることが出来ない。煙の中、慌てふためく人々の声だけが部屋に響いた。


しばらくし、煙が薄れてくるとすでに山伏の姿がそこにはない。並べられた11の神武も消えていた。


「嵐鈴は?嵐鈴がおりませぬ。」


清重と喜助の叫び声に皆も辺りを見渡すが確かに嵐鈴の姿がない。


すべてを察した、吉荒は、膝をつき、畳を力いっぱいに叩きつけた。


その後、城内を回ると10歳に満たない男子が7人、女子が2人姿を消していることが分かった。

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