第7話
ある晩、突如、口から血を流し倒れたのだ。何者かに毒を盛られたのは明白であった。
知らせを聞いた清重は佐々波の家臣に連れられ喜助、嵐鈴と共に城に入った。城内は混乱し、怒号や罵声まで飛び交っている。
清重が兄のもとにたどり着いた時には、すでに顔に血の気はなく息をするのもやっとの状態であった。
佐々波家の城主である吉荒も頭を抱え、見たこともないほど狼狽している。
そんな中、家来のひとりが病床に飛び込んできた。
「吉泉様を助けられると申すものが来ております。どういたしましょう。」
「医者か?薬売りか?」
「いえ、山伏でございます。」
山伏ごときに治せるものか家臣のひとりが追い返そうとするのを城主、佐々波吉荒が止めた。
「何にでもすがりたいところだ。とりあえず、通せ。」
姿を現した山伏は腰の曲がった老人であった。長い白髪に長く白いひげを蓄え、白の法衣と頭襟、結袈裟はしているものの錫杖やほら貝は持ってはいなかった。その代わり、杖の代わりなのか何かの長い骨を手に持っている。
「貴様が吉泉を治せるというのは真か。」
吉荒の言葉に山伏は黙ってうなずく。
「このような事態だ。治せぬなれば、途端に斬り殺すぞ。どれでも良いのか。」
「かまいませぬ。こんな老いぼれの命、その時は、容赦なく斬ってくだされ。ただし・・・。」
山伏は、にやりと口元を上げた。
「治した時には、少しばかり褒美をいただきたく存じます。」
家臣のひとりが刀を抜いた。
「このような時に己の欲を優先させるか。」
しかし、吉荒は「止めよ」と家臣に睨みを利かせた。
「吉泉を治せるのであれば、己の望み品はすぐに用意しよう。言ってみよ。」
山伏は頭を掻きながら・・・。
「12の神武とわしが選んだ11人の幼き子供らを頂きたい。」
歯の抜けた口を開き、舌で唇を嘗め回す。
12の神武とは、鼠の短刀。丑の鉾。寅の牙刀。兎の細刀。辰の槍。蛇の長刀。馬の弓。羊の薙刀。猿の手甲鉤。鳥の曲刀。犬の硬鞭。猪の斧と古くから伝わる国の宝具である。いつの時代に作られたものかすら分かっていないが、時の権力者たちは、挙ってこれを集めた。しかし、12の神武がすべて揃えた者は、これまでの時代でひとりとしていない。佐々波家はそれを成し遂げたのだ。
12の神武をすべて持つというのは、それだけの権力の集中を意味していた。
「何を馬鹿げたことを。山伏ごときが12の神武を持ち何の意味がある。もはや、桁が違いすぎて金にすら換えられぬぞ。」
家臣らは、眉を吊り上げ怒鳴りつける。
「金に換える気など毛頭ございませぬ。何に使うかは我の勝手。しかしですな。見たところ、すでにこのお方、毒が全身に回っておられる。これでは、医者も薬も手上げでしょう。後に国を背負うであろう若者と見掛け倒しの宝と天秤にお掛けになれば答えは明白ではございませぬか。」
先ほどまでのにやけた表情から一変して山伏は眉間に皺を寄せ吉荒を見据えた。
吉荒は、目を瞑り、考えた末、低い声で絞り出すように言った。
「そこまで言うならやってみよ。ただし、治せぬとなれば、ただでは殺さぬ。四肢をはぎ取り、臓物を抉り出し、苦痛の中、あの世へ送ってやるぞ。」
山伏は、2,3度大きく頷き手を叩いた。そして、すり鉢と小刀。塩と真水を用意するよう家臣らに伝える。
懐から何かの小さな骨を取り出し、それを塩と水で洗うと、すり鉢で粉上にした。そして、小刀で自分の指を傷つけ血をその中に垂らす。
清重や喜助にとってその記憶は、今でも目に焼き付いている。とても、異様な光景であった。
山伏が手に持っていた長い骨を天に掲げ、経のようなものを唱え始めると夜中だというのに鳥たちが騒ぎ出した。その鳴き声は城内にいても騒がしいほどに耳に入ってきた。
息をするのを今にも止めてしまいそうな吉泉の上半身を家臣に起こさせるとすり鉢から粉状となった骨を手に取り吉泉の口に入れた。そして、水を口に注ぎ飲ませる。
山伏はその間もずっと経のようなものを唱え続けていた。それを聞いていると何やら頭が真っ白になり、意識が遠のいてゆく。
まず、嵐鈴がその場に倒れた。清重が慌てて、その体を抱きかかえると家臣たちが続くように次々と倒れていった。
吉泉の体を支えていた家臣も倒れ、立っているのは清重と喜助、そして吉荒のみとなった。
「ほう、坊ちゃんたちは随分と末たのもしい・・・。」
山伏は、そういって驚いた表情を見せる。
「吉泉は、どうなのだ?治るのか?」
吉荒の言葉に、山伏はにやりと笑った。
「そう、慌てまするな。今、飲ませた薬が体中から毒を吸っておるところでございます。四半時もすれば、口から毒を吐き出すでしょう。そうなれば、もう安心でございます。」
吉荒と清重、喜助は、吉泉の枕元に座り、その血の気の引いた顔を見つめ続けた。
しばらくすると、咳をしだし、口から泥団子のようなものを吐き出した。清重が吉泉の背中をさすると今度は泥水のようなものを口から垂れ流す。すると、見る見る内に吉泉の顔に血の気が戻って行った。
「兄さま、兄さま・・・。」
兄の名を必死で呼ぶ清重。その声で目を覚ました吉泉はとろけるような眼で清重を見つめ、「どうした?涙など流して。」と小さな声を出し、彼の頭を撫でた。
「吉泉。よくぞ、帰ってきた。よくぞ、よくぞ・・・。」
と吉荒は、震える声を出し吉泉の肩を叩いた。
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