第3話
「いえいえ。勘違いされては困ります。虫といえど、蚊や蜂とはわけが違う。熊5頭分はある体に蜘蛛のような手足が8本。人を丸のみにするほど大きな口を持つと云われております。とてもとても人が太刀打ち出来るようなものではございません。」
それを聞いた大男は大笑いをした。
「その程度のものであれば、佐々波様が出向くまでもなく私ひとりで片がつくのですがな。」
甚兵衛は、あんぐりと口を開け気づかれぬようにため息を吐いた。
(やはり、わしらとは住む世界が違うのだろう。己の力量をまるでわかっていない。人がどれだけ鍛錬したところで熊には勝らぬ。神虫どころか山に入った途端、犬にでも食い殺されるのがおちだ。)
「ところであなた様のお名前をまでお聞きしておりませんでした。」
佐々波と呼ばれた白馬の男に尋ねられ甚兵衛は、自分の名前を答えた。
(待てよ。佐々波?藤の花と鶴の羽の家紋。)
改めて白馬に乗る男の羽織の家紋をまじまじと見上げた。次の瞬間、甚兵衛の顔から血の気が一気に引き、慌てて頭を地に擦り付けひれ伏した。
「この甚兵衛。ものを知らぬ故、大変な失礼をいたしました。」
甚兵衛は震える声でそう言った。
この地は、笹本の領地となっている。しかし、その笹本と小競り合いを繰り返している尾上も笹本も佐々波家には頭が上がらぬ。佐々波がその気になれば、笹本とて尾上とて簡単に滅んでしまうというほどの軍を抱えているとの噂だ。
「いや、よくよく考えれば、こちらが名乗らず、名を聞くなど大変な失礼をいたしました。私の名は佐々波清重と申します。そして、こちらは斎藤喜助でございます。」
喜助と呼ばれる大男は深々と頭を下げた。
頭を少し上げ様子をうかがった甚兵衛は、慌てて両手を振る。
「おやめください。私など下民にそのような態度。」
甚兵衛は、そう言って慌てふためくが、今度は佐々波の方も馬から降り頭を下げた。
「ここで会ったも何かの縁。我らに力を貸してはくださりませぬか。」
「あっしなんぞに手助けできることなんてございませぬが、何でもご命令ください。」
半分泣きじゃくるような声で甚兵衛はそう言って再び頭を地面に擦り付けた。
「でしたら、我らと共に神虫の住む山に入って頂きたいのです。」
甚兵衛はゆっくりと頭を上げた。
「えっ?神虫の山にですか?」
にこやかに笑い、頷く佐々波の顔がそこにはあった。
(断れぬ・・・。断れぬが・・・。)
甚兵衛は、心の中で必死に首を横に振りながらも「佐々波様のお力になれるとは、一生喜びでございます。」引きつった顔でそう答えた。
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