第2話

甚兵衛は、白馬というものを初めて目にした。


白というよりは銀に近い。太陽の日差しに照らされたその体はきらきらと光って見える。


しかし、甚兵衛が息を呑んだのは、その白馬にではなく、それに乗っている男の方にであった。


肌は白く、穏やかな表情。切れ長の目と薄い唇は女性のようでもあり、甚兵衛は瞬きすることもなく見惚れてしまった。


・・・わしら村人たちとは別の人間。


甚兵衛がそう感じたのは美しい赤い羽織のせいか?それとも、その羽織に記された藤の花と鶴の羽を模った金の家紋のせいなのか?


背筋を伸ばし馬にまたがる姿からは知性や優雅さを感じさせる。あるいは、そういったものなのからか?


白馬に乗ったその男は、馬の綱を引く大男に何やら話しかけた。こちらの大男も一目で高価だとわかる着物を身にまとってはいたが、肌は黒く、獣のような眼光をしている。首と腕が丸太のような太さである。


「そこのお方。ちょいと話が聞きたいのだが。」


大男に手招きをされ、甚兵衛は思わず飛び跳ねた。見ただけでも身分の違いは歴然。話しかけられるなど思ってもいなかった。


「あっしですか?」


「お主以外に誰もおらんではないか。」


大男にそういわれ甚兵衛は慌てて駆け寄る。


「この先の村で神虫というのが出たというのは本当か?」


「神虫をご存知なんで?」


村人以外の人間で『神虫』の存在を知っている者がいたことに甚兵衛は驚いた。


「古くから、この辺りでは有名な話なのであろう?西の山には神虫が住むといわれ普段は近寄らぬと聞いたぞ。」


「へぇ。おっしゃる通りでございます。よほどのことがない限り、村人があの山に入ることはございません。ですが、先日、村の男3人が山に入りまして、その内、戻ったのは腕をなくした弥彦という男だけでございました。しかしながら、その弥彦も村に着いた時には息も絶え絶えでして、うわごとのように神虫が出たと呟いておりましたが・・・。」


「亡くなったのか?」


「そうでございます。」


そこで初めて白馬に乗る男が口を開いた。


「それは残念でした。村の方で他に神虫を見たことがあるという方はおらぬのですか?」


「それはおりません。西の山には近寄らぬというのが村の誓いのようなものですから。」


そう言ってから甚兵衛は青ざめた。


(それほどまでに近寄らぬ山になぜ男3人は入っていったのか?そう聞かれたら答えが浮かばぬ。まさか、戦で亡くなった者たちから武具を盗み、金にする為などと口には出すわけにもいかない。)


「あの山では、先日、戦があったのはご存じでしょう。実は・・・。」


白馬の男の口から『戦』という言葉が出て甚兵衛の鼓動が一気に早まった。盗みが知られたら村人皆の命も危ない。調子に乗って話すぎた・・・。


「・・・実は、戦に出た両軍兵士たちも一人も戻ってこなかったと聞いております。彼らも神虫にやられたのではないかと。」


「えっ?両軍とも誰も山から出てこなかったというのですかい?」


白馬の男は頷いた。


「あの。あなた達は、何をされにこんな村に・・・?」


「もちろん神虫とやらを退治にですよ。」


そう言って白馬の男はにこやかに笑った。

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