十二志怪
@nokonokko
第1話
「こりゃ、ひと雨くるぞ」
弥彦は、空に散らばった鱗雲を見上げてそう言った。
「本当に神虫なんぞが出たらやっかいだ。さっさと仕事を終わらせちまおう。」
弥彦を先頭に男たち3人は足早に山を下って行った。3人とも酷く痩せこけ、手も足も枝のように細い。最も後ろを歩く吉造などは、目はうつろで口は半分開き。二人について行くのがやっとといった状態であった。
カラスの鳴き声が徐々に大きくなっていく。1羽や2羽ではない。数十、数百という数の鳴き声だ。
その声を聞き、口には出さずとも男たちの胸は高鳴った。
先頭を行く弥彦が「おい」と呟くと崖の下に広がる平原を指さし、2人を手招きした。黄ばんだ歯を見せ、蔓延の笑みを見せる。
「大収穫だ。」
亀作と吉造も転げるようにして弥彦のもとへ急ぐ。
崖の下には200,いや300か。戦で倒れた男たちの遺体が転がっていた。そこに黒く染まるほどのカラスたちが群がり、うるさいほどの鳴き声を発していた。
噂では、尾上の軍が優勢だと聞いていたが、どうやらここでは地の利のある笹本の方に軍配が上がったらしい。倒れている男たちが身に着けている鎧や具足は赤いものが多い。
いや、血で赤く染まっているだけか?
まぁ、勝敗などどちらでも良い。興味があるのは、どれだけ高く売れるものがあるかだ。ほとんどが足軽の遺体ばかりだが兜をつけている遺体いくつか見てとれた。
「下見のつもりで来たが、3人ではとても無理だな。明日は、村人総出でこなきゃならん。」
弥彦は上機嫌で男たちの肩を叩いた。亀作と吉造も涙を浮かばせ、何度も頷く。ここ数年、作物の出来も悪く、常に明日の食糧にも事欠いている状態が続いていたが、これで食いつなぐことが出来る。
「さてと、崖を降りねばならん。まわり道をしていたら日も暮れるだろうから適当な木に縄を括って降りちまおう。」
そう言って、辺りを見渡す弥彦の頬に滴が落ちた。
雨か・・・。
本降りになったら岩で足を滑らせかねん。舌打ちをする弥彦の目の前にカラスが一羽、落ちてきた。
落ちてきたそのカラスには首がない。
「なんじゃ、このカラス。首がないのに空を飛んでおったのか?それとも飛んでいる間に首を切り落とされたとでもいうんか?」
3人の男は首を傾げて空を見上げた。
先ほどまで散り散りに散らばっていた雲はひと塊のどす黒い雲となり東の空を覆っていた。
「異様な雲だな。」
その時、突如、地鳴りが響き地面が縦に大きく揺らいだ。
数百というカラスたちが悲鳴のような鳴き声をあげ崖の下から一斉に飛び立った。
布でもかぶせられるように空が黒い雲に覆いつくされていく。
「まずい!神虫が来る!神虫が来るぞ!」
弥彦は直感でそう感じ、這うようにして森の茂みに身を隠した。
「お前らも早く隠れろ!雨に地鳴り。こりゃ、神虫の・・・」
そう、弥彦が叫んでいる間に亀作の首が空を舞った。
何が起きているのか理解が追い付かず、その場に立ち尽くす吉造。次にその吉造の腹に穴が開いた。
腹を抱えながら膝から崩れ落ちる吉造。何かを呟いていたが弥彦には聞き取れなかった。
・・・神虫のやつの仕業か。
しかし、辺りに何かがいる様子はない。弥彦の目の前には首と胴体の離れた亀作と吉造の亡骸があるだけである。
ぽつりぽつりと降り出した雨は、すでに滝のような雨に変わっていた。
空を黒い雲が完全に覆い、辺りは闇夜のような暗がりとなっている。
そんな中、弥彦は震えが止まらぬ体を両手で抱え、息を潜め続けた。
(わしらも食っていかなきゃならんのじゃ!何が神じゃ!食うために死人のもの盗んで何が悪い!それで簡単に人の首を刎ね、腹に穴を開け、まるで悪じゃ!己が悪じゃ!)
心の中で闇に向かって罵声を浴びせる。
すると頭を掠めるように「ブォン」と風を切る音が聞こえた。
慌てて、その場から離れようとした瞬間、再び遠くから風を切る音が近づいてきた。
音の方向に顔を向ける前に弥彦の右腕ははじけ飛んでいた。
これまで感じたことのない痛みで悲鳴を上げる。
泥の中を転げまわりながら両足をバタつかせた。
(騒いじゃいかん。音を出したら、また神虫に狙われる。)
弥彦は必死に自分に言い聞かせ歯を食いしばる。その表情は、まるで獣が相手を威嚇している時のそれのようでもあった。
・・・死んでたまるか!化け物なんぞに殺されてたまるか。生きて村に帰らなぁ、子供たちまで飢え死ぞ。
痛みに必死に耐えながら、残った左手で腰ひもをほどき、右の脇を強く縛り止血をした。
・・・生きて帰らなぁ、生きて帰らなぁ。
弥彦は、そう心の中で呟きながら闇の中、ひとり苦痛と恐怖に耐え、時が過ぎるのをじっと待った。
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