夜道の怪異【背後から忍び寄る者】

第4話・オレは誰だ?オレはなんだ?①

 アチの世界──『毒森メニューがない無愛想な創作料理店』がある世界。

 女子高校生の『霧崎牙美きりさきがみ』は悪夢にうなされていた。


 人通りが絶えた夜道を一人で歩く女性……その女性に背後から忍び寄る牙美自身。

 女性の間近まで迫った時に。

 振り返った女性は牙美を見て悲鳴を発した。

 街灯の明かりに、地面に映し出され牙美の影は異形の影だった。

 倒れている女性……そして、自分の手を見た牙美は、自分の腕が虫の腕に変わっていたコトに夢の中で愕然とする。

「うわあぁぁぁぁ!?」


 恐怖の悲鳴を発して 牙美は、自分のベットの寝具の中から跳ね起きて目覚めた。

 時間は深夜……パジャマを着た、牙美は悪夢に大量の寝汗をかいている。

(夢……かぁ)

 鮮明な悪夢……ふっと、自分の指先を見た牙美は心が凍りつく。

 指先に乾いた赤い血が付着していた。そして頬と唇の端にも飛び散ったような血の痕が。

(また……?)


 牙美が人を襲う夢を見て目覚めた時には、決まって指先や頬に血がこびりついていた。

 襲う相手の性別年齢もバラバラで子供から老人、時には木の枝から下を通った自転車をこぐ成人男性の背中を目掛けて、滑空して襲うような感覚夢の時もあった。


 洗面所の流水で、指先と頬に付着した血痕を洗い流しながら牙美は思う。

(眠っている間に何かが起こっている……でもニュースでは、何も?)


 翌日──制服姿で、投稿した霧崎牙味は、体育の運動授業を体調不良を理由にして、見学者側になった。

 別に牙美は、陰な性格ではない。

 ただ、人とできる限り距離をとっていたい性格だった。

 いつも感じている、自分の体の違和感……鏡に映る自分の姿が、本来の姿ではなく。

 別の何かが体の中に入っている異質な感覚。

 陸上のショートトラックを授業で走っている、生徒たちを眺めながら、牙美はいつも強い違和感を覚えていた。


(なんか、別の生物集団に紛れ込んで生活をしている気がしてしかたがない……オレは、どうしてしまったんだ?) 

 牙美は、思春期になると。いつの間にか自分を『オレ』と称する。オレ女子に変わってきていた。

 運動場のショートトラックには、小柄だけれど異様に足が速い目立つ女子が一人いた。

 クラスメイトの『雁竜子かりりゅうこ』……家の都合で、たまにしか登校してこないが、いつも元気で明るく、クラスの中では男女を問わずに人気がある。

 雁竜子は、ダントツで走りきってゴールすると、そのまま前に倒れている動かなくなった。


 雁竜子のところに駆け寄った、生徒たちの声が聞こえてきた。

「うわぁ? 竜子、ゴールと同時に倒れて熟睡している?」

「ってか、走っている時から眠っていなかったか?」

 生徒たちがガヤガヤ騒いでいる中、牙美にはクラスの中で少し気になっている男子生徒がいた。

 甘詰心太あまづめしんた、特別に目立っているでもなし。むしろ平凡すぎる地味な男子生徒だった。

 そしてなぜか、甘詰心太は、雁竜子に気があるようだった。

 そして、牙美も甘詰心太には興味があった。


 膝抱え座りをした牙美が、心太を目で追っていると、背後から凄みがある女子生徒の声が間近で聞こえてきた。

「甘詰心太を目で追うのは構わないが、それ以上なにかをしたら……ただじゃ済まないからな」

 牙美が見上げた先には、赤い髪で裾が長いスカートを穿いた。

 女子生徒が立っていた。他校の男子生徒グループとよくケンカをして、職員室にちょくちょく呼ばれている問題児。


 隣クラスの『炎樹』だった、首に革の首輪を巻き、ファスナーが多数付いた革手袋をしている。

(どうして、隣クラスの危ない人が……ここに?)


 炎樹が、牙美と目を合わさないようにして、話し続ける。

「チーフは、動向を観察中で実際に現場を押さえるまでは放っておくように言っているが。

あたいは、チーフほど穏やかな性格じゃないからな……今は風紋が、風の噂やメディアの報道で事件が、表面化しないようにしてくれている……それを忘れるな」

 それだけ言うと、炎樹は去っていった。

(なに? いったいどういう意味?)



 その日の学校帰り──牙美は、炎樹がよく出没すると噂されているゲームセンターに足を運んだ。

 炎樹は、クレーンゲームで景品のヌイグルミに、悪戦苦闘していた。

 恐る恐る話しかける牙美。

「ちょっと、聞きたいコトがあるんだけれど」

 クレーンをボタン操作しながら、無愛想な口調で返答する炎樹。

「なんだよ、見りゃわかるだろう、今忙しいんだよ……おまえと、接触している場面をチーフや、他の仲間に見られたら何を言われるか」

 景品のヌイグルミを、アームでつかんで持ち上げ、投下口近くまで運んできたクレーンが少し揺れた衝撃で。

 景品が転がり落ちて、ヌイグルミの仲間のところにもどる。


 悔しがる炎樹。

「あぁ、また揺れて……このクレーンゲーム、難易度設定が厳しすぎじゃねぇ? このゲットできるもんなら、獲ってみろと言わんばかりの店の態度が気に入らねぇ……やってやろうじゃねぇか」

 硬貨を連続投入している炎樹に、牙美が聞く。

「いくら使った?」

「……三千円」

「オレが、そのヌイグルミ。獲ったら話し聞いてくれる?」

「おまえが? やってみろ……獲れたら、話しを聞いてやる」


 炎樹に変わって、クレーンゲーム機の前に立った牙美は、静かに内部の景品配置を確認しながら炎樹に言った。

「こっちの色違いの、同じヌイグルミでもいい? こっちなら獲れそう」

「別に構わないけれど」


 牙美がクレーンを巧みに操作すると、簡単に景品は投下口に運ばれて落ちた。

 驚く炎樹。

「うそっ!? マジかよ」

 近くで新作のサプライズ景品を並べていた店員が小声で「チッ!」と、舌打ちするのが聞こえた。


 ゲームセンター内にある、フードコーナーのベンチに座って。

 牙美がゲットしてくれた数種類の景品が入った袋を抱えて、幸せそうな笑みを浮かべる炎樹。

「このシリーズは前から、コンプリートしたかったんだ……ありがとうな」

 機嫌が良い炎樹に、牙美は質問する。

「雁竜子さんと、甘詰心太の関係についてなんだけれど。あの二人、つき合っているの?」 

「あ、そっちの話しか……いや、つき合っちゃいない。微妙な位置関係だなチーフは、それほど甘詰心太のコトは想っちゃいないみたいだが。

甘詰の方がチーフに接近してきている」


「チーフって、雁竜子さんのコト? つき合っていないなら、オレが甘詰心太と……」

  牙美の言葉を遮るように、炎樹が強めの口調で言った。

「これは、あたいの勝手な考えだから誰にも言うなよ。チーフには、甘詰心太と……そのぅ結婚して、赤ちゃんを作ってもらいたい」


「赤ちゃんって、二人で子作りするってコトだよね?」

 赤面して動揺する炎樹。

「こ、こ、こ、こ、こ、子作りなんて。そんな露骨な表現するな! 小柄なチーフと甘詰心太が二人っきりで……うわっうわっ、想像するな! 考えるな、あたい! と、とにかく。あたいたちと敵対の関係にはなるなよ!」

 椅子から立ち上がった炎樹が言った。

「おまえ、話してみて、いいヤツだとわかったからな……食材にはしたくないんだ」

「???」

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