第5話・オレは誰だ?オレはなんだ?②

 その夜の牙美が見た夢は、いつもより現実感があり、体も軽かった。

 牙美は夢の中で、夜の空を飛んでいた。

 眼下の高架陸橋下の歩道を歩いている一人の人影、少ない外灯。

 牙美は、その歩いている男子高校生が、無性に食べたくなった。


 男子生徒の背後に着地をして、忍び寄る牙美。

 ふいに立ち止まった男子生徒が言った。

「やっぱり、甘詰心太の匂いを漂わせたおとりになったら現れたワン、炎樹の作戦通りだワン」

 振り返った男子生徒の顔は、炎樹と同じ隣クラスにいる男子生徒『水犬すいけん』だった。


 夢の中で戸惑う牙美。

(えっ!?)

 水柱に包まれた水犬の姿が、調理器具でできた器物に変わる。

(ええっ!?)

「サード料理人、水犬だワン」


 水柱に続いて、電撃をまとった旋風が現れ、風と電撃が掻き消えると。

 左右非対称の、角を生やした美形悪魔が現れて言った。

「ファースト料理人『風紋』参上」


 次に地を走ってきた炎が人の形に変わる。

「セカンド料理人『炎樹』推参」


 腰の後ろに交差させた二本の剣を装着した、女剣士の姿をした炎樹を見た牙美が、夢の中で驚きの声を発する。

「炎樹さん? その姿はいったい? あっ、これは夢か」

 炎樹が少し悲しげな口調で言った。

「残念だけれど、これは夢じゃないよ……お互いに夢なら良かったけれどね」


 最後に虹色に輝く球体が飛んできて、七色に反射変化するアルマジロの皮鎧を着た『雁竜子』が現れて言った。

「にゃは、チーフ料理人『カリュード』登場! ふぁぁ、眠いやっと遭遇できた……いつも、逃げられていたから……今夜は逃がさないよ」

 カリュードの手に、どこからか飛んできた大型の戦斧が握られる。


 カリュードが牙美に言った。

「悪いけれど、拘束具を付けさせてもらうよ。万が一、暴れたり逃げ出さないために……今夜を逃したら、もう時間がないんだ、風紋お願い」

 牙美の首の周囲に、風の首輪がまとわりつく。

「その風の首輪は、君が変な気を起こせば。首を斬り落とす……これから、見せるモノに驚かないで……水犬、水鏡を」


 水犬が、水の姿見鏡を作り出す。

 そこに映っていたモノに、愕然とする牙美。

 剛毛が全身に生えたトラ柄の等身で二脚歩行をする、鋭い二本の牙を生やした虫が映っていた。

 水犬が説明する。

「〝ハネカクシ〟と呼ばれている、元々はこの世界に生息している。ちっぽけな昆虫だワン」

 牙美は、やっとこれは夢ではなく、現実だと認識して震える声で呟く。

「オレは誰だ? オレはなんだ?」

 牙美の呟きにカリュードが答える。

「知りたかったら、一緒に家に帰ろう……そこで真実を教えてあげるよ」


 牙美が、カリュードたちと一緒に自分の部屋にもどると、床に脱ぎ捨てられた自分の皮が転がっていた。

「なんだこれ? オレの皮?」

 カリュードの説明がはじまる。

「どこから話したらいいものかな……まず、異界〔コチの世界・異界大陸国レザリムス〕と現界〔アチの世界〕について、基本的な情報を知ってもらった方がいいかな」

 カリュードは牙美にこの世界は異世界と繋がりがあり、異世界からの住人往復も頻繁ひんぱんに行われていると語った。


「結論から言っちゃうと、霧崎牙美……君は人間じゃない。異世界から紛れ込んできた、南方地域の厄災『食魔獣・トンパ・トンパ』の変異亜種」

「トンパ・トンパ? 変異亜種?」

「異世界から、この世界に紛れ込んだメスのトンパ・トンパが、人間の赤ん坊の体に卵を産みつけた……そのメスのトンパ・トンパは、力尽きて死んじゃったけれどね。

赤ん坊の体の中で孵化した、トンパ・トンパの幼虫が赤ん坊の体を内側から食べて成長した……自分を人間だと思い込んだまま」


 不思議なほど冷静に、カリュードの言葉を受け止める牙美。

「そうだったのか……オレが日頃から抱いていた、違和感の正体はそれだったのか」

「心と体の違和感がストレスとなって、無意識に皮を脱いで夜の町で人を襲うようになった……幸い死者はまだ出ていないけれど、このまま放ってはおけない状況になってきてね」


 カリュードは、戦斧で牙美を示す。

「さて、オレの話しはこれで終わり……ここから先は、霧崎牙美。君の選択次第……君が着ている人間の生皮は、あと一回着脱すれば。どこかが破れて使えなくなる……選択肢は四つ」


「第一の選択【トンパ・トンパとして、この世界で人目を避けた場所で生きる】か」


「第二の選択【異世界の仲間の所にもどって、一緒に暮らす】この場合、言語は失われ知能も虫のレベルに低下する」


「第三の選択【エルフオーナーが用意した、特殊な素材の人間の皮を着て──霧崎牙美とトンパ・トンパの姿を使い分けて生きる】この場合、成長に合わせて皮の新調が必要になるけれど……そして、四番目の選択は」


 蛮族料理人の持っている戦斧が、部屋の明かりを反射する。

「首を斬り落とされて、食材になるか……さあ、どれを選ぶ?」


 牙美は、三番目の人の皮をかぶった虫の道を選択して、カリュードに伝えた。

 牙美の言葉に安堵する、雁竜子ことカリュード。

「その選択を選んでくれて良かった、異世界にもどってトンパ・トンパの群れの中にいたら、いずれは中央地域の黒城【ゴルゴンゾーラ城】で、トンパ・トンパの大群と一戦交えるのは必至だったからね」


 最後にカリュードが、サラッと牙美に告げた。

「言い忘れていたけれど……赤ん坊の肉を内部から食べ尽くして育った、トンパ・トンパ亜種はオスだから」

「オレ、女じゃなくてオスだったのか! なんか変だと思った……こちらからも、一つ質問してもいいか? 甘詰心太のコトをどう思っている?」


「心太? う~ん、オレの作る料理を美味しそうに食べてくれる、お友だちかな」

 そう言って、カリュードは微笑んだ。


オレは誰だ?オレはなんだ?~おわり~

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