第3話・食材トンパ・トンパ

 オッ火山島にある、南方国王『ナマアゲハ王』の館──館と言っても、ヤシの樹の屋根と、丸太の柱とヤシの葉を編んだ床や壁がある簡単な建物だった。

 その建物の中で、南方国王『ナマアゲハ』は、カリュードたち料理人にフンドシが食い込んだ、お尻を向けていた。

 お尻の山に縱に開いた、人間の歯が並んだ二つの口で、バナナを交互に食べながらナマアゲハ王が言った。

「わたしのために、誕生日パーティーを開いていただけるとは……感謝します」

 南方国王の周囲には、アチの世界のバリ島お面のような仮面を被った上半身裸の、王の従者たちがいる。

 ナマアゲハ王の背中に沿って大きな裂け目が走り、こちらにも人間の歯が覗く。

 炎樹が風紋に耳打ちする。

「ナマアゲハ王って、いつも人に、尻向けてしゃべるのか?」

「食事をしている時だけ……体のあちらこちらに口がある美食家だ、あまり尻で料理は食べて欲しくはないが」

 カリュードたちが立つ、場所の近くの葉の上には、ナマアゲハ王の名前にもなった南方昆虫『ナマアゲハ』の幼虫が乗っていた。

 背中に鬼面の模様がある幼虫は「ナグゴハ、イネェエガァ」と鳴き、成虫のナマアゲハ蝶になると「ザゲヨゴゼェ」と鳴いて飛び回るようになる。


 調達してきた食材が、明日のパーティーに備えて倉庫に運ばれていくのを見ながら、カリュードが言った。

「調理をするのは明日。調理前の今日はトンパ・トンパは現れないと思う……トンパ・トンパが狙っているのは、メインディシュで出されるバットラモス料理……その時が勝負! ナマアゲハ王が食べる料理をトンパ・トンパから守るよ」


 翌日──野外のパーティー会場に次々と、カリュードたち料理人が作る料理が運ばれてくる。

 王の従者たちも、仮面を被ったままパーティーを楽しんでいる。

 ナマアゲハ王が腹の口で食べていると、メインデッシュの『バットラモスの兜焼き』と、バットラモスの胴体を回して炙り焼いた『バットラモスの丸焼き』……それと、バットラモスのトラやバッタの手足を煮込んだ料理が運ばれてきた。


 ナマアゲハ王の前に運んできた料理を置いたカリュードは、コック帽子とエプロンを外す。

「じゃあ、食魔獣の襲来に備えるよ」

 三人の料理人たちも、コック帽子とエプロンを外してトンパ・トンパに対して戦闘体勢に入った。

 バレーボール大の虹色のアルマジロの球体が、カリュードの体に装着され皮鎧に変わり。

 どこからか飛んできた戦斧を、カリュードはキャッチする。

 

 カリュードがハーフデーモンの風紋に訊ねる。

「風はどこから、トンパ・トンパが来ると伝えている?」

 風紋が天を仰ぎ見て言った。

「上から来ます」


 直後に空から四体のトンパ・トンパが、落下するように着地してきた。

 剛毛が全身に生えた、等身サイズの昆虫のハネカクシ。

 四体のうち一体が体躯が一回り大きく、他の三体よりも赤っぽい体毛をしている。

 戦斧の柄を握った、カリュードが赤っぽいトンパ・トンパを凝視しながら言った。


「あの赤いのがグループのリーダーだね、アイツを倒せば他のトンパ・トンパは戦意を失う」

「カリュード、それはこちらも同じですよ……トンパ・トンパは、チーフ料理人を狙っています」

 三体のトンパ・トンパが動く。

「ギィギィィィ」

 風紋、炎樹、水犬が跳んで分散して、それぞれ一体づつの相手をする。


 風紋が操る風が、一体のトンパ・トンパを竜巻で空中に巻き上げた。

「ギィ!? ギィィィ!」

 悪魔の風に捕らわれ、魔風の中で回転するトンパ・トンパ。

 風紋が言った。

「風の刃物に、切り刻まれて消えなさい」

「ギギギギギィィィィ!」

 トンパ・トンパの体が風の中で、バラバラに刻まれる。


 水犬は酔っぱらいのような動きで、トンパ・トンパを強打する。

「ワチョ、ワチョ」

 強打されるたびに、トンパ・トンパの体から水が飛び散る。

 水犬は、酔拳の使い手だった。

「これで、終わりだワチョーッ」

 水犬の一撃が、トンパ・トンパの体を水に変えて食魔獣は拡散した。


 炎樹が炎が噴き出す二本の剣で、トンパ・トンパを切り裂く。

「ギギィィィ」

 逃げ出したトンパ・トンパを追う炎樹。

「逃がすか!」

 炎樹の体が、生きている炎の豹に変わり、トンパ・トンパに噛みつき。

 炎がトンパ・トンパを包み込み、焼きつくした。

「ギギギギギィィィィ」


 リーダー格の赤いトンパ・トンパと、蛮族少女料理人カリュードは対峙したまま動かない。

 オッ火山が小噴火をした、次の瞬間──跳躍してカリュードの後方に回り込んだトンパ・トンパの牙顎が、カリュードの首筋を狙う。

 トンパ・トンパの牙がカリュードの首筋に刺さるが、強靭な虹色のアルマジロの皮鎧はトンパ・トンパの牙を退ける。

「そんな牙、この皮鎧には効かないよ」

「ギィギィ!?」

 カリュードは、すかさず前方へ短く跳躍力して、空中で体勢を反転させながら戦斧を振り下ろすと、食魔獣の体は体液を撒き散らして左右に分断した。

「ギヒィィィィィ!」


 四体のトンパ・トンパを撃破した、四人の料理人の手際の良さに、ナマアゲハ王を含めた南方地域の者たちは。

 拍手で讃え、カリュードたち料理人は横並びで一礼する。

 カリュードが言った。

「それでは、サプライズ料理で新たな食材も飛び入りで入手できましたので──『トンパ・トンパ肉の茶碗蒸し』をデザートとして、ご用意いたします。今しばらく、お待ちください」

 食材となった、トンパ・トンパの解体がはじまった。

 調理されたトンパ・トンパの肉は、ほんのりとした甘味があり、毛ガニの肉に食感が似ていた。



 アチの世界、毒森メニューがない無愛想な創作料理店に風紋、炎樹、水犬の三人は帰ってきた。

 エルフオーナーが三人を出迎える。

「あれ? カリュードは今回もレザリムスに残るの? アチの学校があるのに」

 風紋が言った。

「チーフは、レザリムスでの料理人の仕事がメインですからね……小柄なチーフはアチの世界では中学生に間違われますが──アチの世界でのチーフは、滅多に登校しない高校生です」

 異界大陸国レザリムスでは、子供でも普通に働いて収入を得ている者も多い──職種によっては、大人よりも稼いでいる者もいる。


 からくり犬姿の水犬が、炎樹が南方地域から持ってきたモノを見て聞いた。

「その、『人面ヤシ』どうするんだワン?」

「学校にいる、気にくわない体育教師の顔にそっくりだから叩き割る」

 そう言うと炎樹は、厨房へと入り。

 ヤシの実割り専用の三角垂調理器具に、憎らしい体育教師の顔が彫られたように浮かぶ『呪いの人面ヤシ』を叩きつけて割った。


 翌日──炎樹と水犬が通う学校の嫌われ体育教師は、頭に包帯を巻いて学校を……休んだ。



毒森メニューがない無愛想な創作料理店~おわり~

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