第2話・南方国王の誕生日料理 「バッタ!トラ!マンモス!」のバットラモスは高級食材

 迷彩服姿で尖耳のエルフオーナーは近くの椅子に座ると、鼻歌混じりに次の狩りに備えてアサルトライフルの手入れをはじめた。

 エルフオーナーが狩りで使う弾丸は、獲物に当たると砕けて獲物の魂だけを抜いて天国に昇天させる。

 水犬が、アサルトライフルの照準確認をしている、エルフオーナーに訊ねる。

「オーナーが使っている弾丸って、動物の魂だけを肉体から抜いて天国に昇らせるんですよね……白い翼が生えた魂の動物が天に昇っていく姿は神々しいです……万が一、間違って人間を撃っちゃった時はどうなるんですか?」

「滅多にないんだけど、前に一度だけアチの世界の悪党を撃っちゃった時があってね……その時は、天国じゃなくて」

 エルフオーナーが、銃の照準を微調整する。

「地面からカギ爪の黒い手が何本も出てきて、悪党の魂を地獄に引っぱり、堕としていたわね」


 今度は、炎樹がエルフオーナーに質問する。

「今日、海モグラみたいな顔をした男性客が来ていたけれど……アレってもしかして、オーナーが前に話していた」

「あらっ、来たの? たぶん、そうね。エルフのハンターの誰かが昔、狩った海モグラの生まれ変わりよ」

 コチの世界で、魂を抜かれる弾丸や矢で食材として狩られた動物の中には魂が、アチの世界の人間として生まれ変わる動物もいるらしい。

 エルフオーナーが、銃手入れの手を休めると。しみじみとした口調で言った。


「エルフのハンターは、狩った獲物の魂に対して『今度、生まれ変わってくる時は、動物じゃなくてアチの世界の人間に生まれ変わってこいよ』って祈るのが慣習になっているの」

 エルフオーナーの話しだと……海モグラの魂は単純で、エルフの言葉を真に受けてアチの世界の人間に転生する海モグラも、たまにいるらしい。

「レザリムスの動物からアチの世界の人間に──異世界逆転生ってやつね」


 銃身を布で磨いていた、エルフオーナーが思い出したように言った。

「そう言えば、コチの世界〔異界大陸国レザリムス〕で……カリュードから頼まれていた、アチの世界にもどったら店のファーストからサード料理人の三人に伝えてもらいたいって……カリュードが、レザリムスに来てもらいたいって。

南方国王の誕生日が近いから、パーティー料理の依頼を受けたそうよ」

 代表して風紋が、少しのんびり屋のオーナーに質問する。

「その、チーフから頼まれたのいつの話しですか?」

「三日前くらいだったかしら」

「南方国王の誕生日は?」

「明日だったかな」

 沈黙の後に、風紋を除く二人の料理人は慌てる。

「アチの世界で、のんびりしている場合じゃないじゃないですか!」

「チーフ、怒っているぞ! 三日も待たされて!」

「急いでコチの世界に持っていくモノを、準備しなきゃ!」

 二人の料理人が、あたふたしている中で、落ち着いた風紋は店のドア外に『都合により、しばらく休店します』の張り紙を貼った。


 炎樹と水犬が荷物の準備を終えると、三人の料理人はエルフハンターの絵画の前に立った。

 美形料理人の風紋が言った。

「それでは、本来の姿にもどるとしますか」

 風紋の体が風と稲妻の渦に包まれ、炎樹の体が炎に包まれ、水犬の体が水柱に包まれる。

 風紋の姿が、左右非対称の片方の角はレイヨウ類〔アンテロープ〕のように、太く捻れくねった上へ伸びるコルクの栓抜き状に巻いた角、もう片方の角はヤギ類〔アイベックス〕の角のように後方へ伸びる角を生やした姿に変わり。

 コウモリの翼と黒い尖尾の、美形ハーフデーモンへと変わった。

 炎樹の姿が、後ろ腰に二本の剣を交差させた。赤い女剣士へと変わり。

 水犬の姿が、調理器具でできた。二足歩行ヌイグルミ形態の等身カラクリ犬、器物獣へと変化した。


 ハーフデーモンの姿になった風紋が、懐中時計のような羅針盤を取り出して言った。

「チーフ料理人──蛮族料理人『カリュード』の元へ導きを」

 エルフハンターの絵画が揺らぎ、迷彩服のエルフオーナーが風紋たちに手を振り。

 開いたレザリムスへの通路に風紋、炎樹、水犬の三人は入っていった。


 異界大陸国レザリムス南方地域─『人面ヤシ』の樹が生える南方火山島の浜辺。

 海とヤシの樹の林を背にした場所の空間が揺らぎ。風紋、炎樹、水犬の三人が現れた。

 炎樹が言った。

「チーフはどこに?」

 その時──ジャングルの中から全長五メートルくらいの。頭がバッタ、手足がトラ、体がマンモスでバッタの 翅脈しみゃくの羽が生えた『バットラモス』が三人の前に飛び出してきた。

 触角を震わせるバットラモス。

 炎樹が後ろ手で腰の剣の柄をつかみ。

 水犬が口から水流砲の発射体勢に入った時──後方から女性の声が響き渡った。

「そこにいると! 邪魔!」

 風紋たちが左右に跳び分かれると、虹色の球体が回転しながら飛んできてバットラモスに激突する。

 激突して跳ね返った、CDのように構造色で虹色に反射して輝く、等身アルマジロの球体は着地して。

 虹色のアルマジロの皮鎧を着た、小柄な少女の姿へと変わる。

「えっへへ、みんな久しぶり」

 蛮族料理人『カリュード』が言った。

「来るの遅いよ、ほとんどの食材集めちゃったよ」

 カリュードが広げた片手に、身長と同等の高さがある巨大な戦斧が飛んできて、カリュードは戦斧の柄をつかみ、バットラモスに向かって構える。

 風紋がカリュードに言った。

「加勢しますか?」

「これが、最後の食材だから……オレ、一人でも大丈夫」

 バットラモスが、広げた羽を振動させる。

 バットラモスの超振動波を戦斧で受け止め、踏ん張る蛮族料理人。

「くッ……」

 カリュードの虹色のアルマジロの皮鎧は魔力攻撃を相殺して、カリュードの戦斧は物理攻撃を吸収して反撃の力に変える。

 超振動波を力に変えたカリュードは空中に飛び上がり、戦斧をバットラモスの首に向かって振り下ろす。

「全部返すぞ!」


 バットラモスの首が落ちる。カリュードは大きく深呼吸をして呼吸を整えた。

 風紋が、自分たちがいる場所を改めて確認する。

 山肌の岩に、怒顔のオカンの顔が彫られ噴煙をあげている、火山がある火山島だった。

 風紋が言った。

「ここは『オッ火山』の島でしたか」

 オッ火山は、南洋の島で芸術家や石工たちが山の岩肌を彫って、オカンの顔にしたアート火山だった。

 たまに、小噴火するとまるでオカンが、怒っているように見える。

「南方国王の『ナマアゲハ王』がここの島に?」

「誕生日パーティー開催の話しは通してある。野外会場の設置も終わっている……ただ問題がひとつ」

 バットラモスの頭部を眺めながら、カリュードが三人の料理人に言った。


「南方の厄災、食魔獣『トンパ・トンパ』の動きが、最近活発になってきている……食材集めの最中にも、三体退治した。オッ火山島に現れたのは小グループのトンパ・トンパだと思う」

「トンパ・トンパが、海を渡ってここにも?」

 食魔獣トンパ・トンパ──レザリムス五大厄災、南方地域の厄災。

 南方地域の食材を貪り飢えをもたらし、食文化を脅かす存在。

 カリュードが言った。

「ナマアゲハ王の誕生日パーティー、成功させないと……トンパ・トンパから食材と料理を守って」

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