英雄と呼ばれていても、少年は───
『敵将、我が軍が討ち取ったり! 繰り返す、敵将を討ち取ったり!』
戦場にそんな声が響き渡る。
指揮官が討ち取られれば、自然と戦いというものは終わってしまうもの。
誰かが続いて兵を率いる権力もなければ、自陣まで深く踏み込まれた現状を打開しようという勇気すらない。
これから敵兵がどう扱われるのか、自国の兵はどう動いていくのか。
現状ではとりあえず判断はつかないが、まだ油断できるわけではない。
死んだフリをされて後ろからグサッ……なんてことも、有り得る話なのだから。
「ったく……戦い終わって寝るとか子供か? ミリス様が「お姉ちゃん」って言ってたから、てっきりしっかり者の頼れるポジションにいると思ったんだけどなぁ」
フィルはキラをおぶりながら、慌ただしく動く兵士の合間を縫って自軍の陣地まで歩く。
誰もフィル達に声をかけない。時折チラチラと見てくる人間や声をかけようとしている人間もいたが、フィルは「話しかけるな疲れてんの」オーラを出して牽制していた。
そして、今まで溜まりに溜まったものがあったのか、泣いたキラはすぐさま糸が切れたかのように眠ってしまった。
流石に腕を吹き飛ばされた相手とはいえ、戦場に放置するわけにもいかない。
そういうことで、フィルはキラを背負って自陣の安全圏まで送り届けるという羽目になってしまったのだ。
「ふふっ、やっぱりフィル様の前だからではないでしょうか? フィル様だからこそ、安心して身を任せられる。きっと、誰かに甘えたかったんだと思います」
「一種の甘え、ですか。俺からしてみれば甘え方が少々過激だと思いますよ? 何せ、これまでに大槌ぶん回しでしたからね。でもまぁ、可愛い方なのかも知れません」
カルアが武力モリモリで甘えてきたらどうなるのだろうか? 身近の親しい人間が突貫してくる姿を想像して、思わず悪寒がしてしまった。
フィルの言ったことが少し面白かったのか、ミリスは横に並びながら微笑を浮かべる。
そして───
「……ありがとうございました、フィル様」
「はい?」
「私を助けてくれて」
横を歩くフィルの服の裾をつまんだ。
「それだけではありません。こうしてキラさんも救ってくださりました」
「……救えましたかね?」
「キラさんの顔を見てください、とてもスッキリした顔をしていますよ……だからこそ、こうして身を預けているんだと思います」
もし、ただ倒してしまっただけなら。きっとキラはこうして眠りについていないだろう。
それこそ、憎悪の瞳を燃やして虎視眈々と反撃の機会を窺っていたかもしれない。
現状、チョークスリーパーがお見舞いされていないことが、ミリスの言葉を肯定させるには十分だった。
「初めてお会いした時も、今も、フィル様には助けてもらいました。まだ何も返せていない、こんな私を……」
ミリスは祈るような動作で手を組んだ。
「やはりフィル様は英雄ですっ! 困っている人を救うヒーローさんですっ!」
そして、感謝と尊敬という輝く感情を乗せた瞳をフィルに向けた。
同じく人々を救いたいという気持ちを抱き、女神の恩恵を賜り行動に移してきた彼女からそう言われる。
きっと胸を張れるものなんだろう。照れて、謙遜しながらも、胸の内には嬉しさが込み上げてくるはずだ。
それこそ、末代まで自慢してもいいのかもしれない。
だけど───
「領民にもカルアにも言われますけど……俺は自分を英雄なんて大層な存在だと思っていませんよ」
「……え?」
フィル・サレマバートは、そんな称賛という名誉を否定した。
「
でも、違うと。
きっぱりとフィルは言い放つ。
「俺は物語に出てくるような
───それが魔術師。
『自由』を理想とした少年の、英雄とまで呼ばれたまでの道のりだ。
「さぁ、村を焼かれようとしてます。一方で別の場所では街全体が焼かれようとしています。そんな板挟みで手も借りられない状態の時、英雄だったらどうすると思いますか?」
「え、えーっと……」
「……英雄は『街』を救うんですよ。単純な数字の話です───より多くの命を。心では両方助けたいと思っていても、結局は分かりやすい数で方針を決める。誰かがどこかで死んでも、それ以上の人を救えればいいと心の中で納得させてしまうから」
それは暴論で極端な話かもしれない。
英雄だけじゃなくて、他にも騎士や兵士がいればきっと選択も変わってきただろう。
街に騎士がいれば、守れる可能性が高い村に行く選択肢が生まれるように。
でも極論の話であっても、英雄はより多くを助けることを選ぶ。
そうやって、英雄は英雄だと呼ばれてきたのだから。
「……フィル様は。フィル様は、どうされるのですか?」
「俺はどっちでもいいです。助けたいと思える人がいれば、迷わずそっちを選びますから」
───これがフィルの言う本物の英雄と呼ばれるだけの英雄の違い。
英雄は常に『多く』を助けるだろうが、フィルは『個』であってもいいと考える。
簡単に言ってしまえば、自分の意思で「助けたい」と思える方を助けるのだ。
その意思の中に「幸せになってほしい」という優しさを添えて。
「俺は英雄なんかじゃありません。ミリス様の瞳には俺が誰でも助ける人だから自分達も助けられたと思っているのでしょうが……それは違う」
真っ直ぐに、それでいてちょっと冗談めかしたように、ミリスの透き通った双眸に向けて言った。
「俺はあなたを助けたいと思った……だから助けたんです」
初めに言った言葉と同じ。
助けたいと思ったから助ける。
その中に、ミリス・アラミレアという少女が含まれていただけ。
更に、戦いの最中に歪になってしまった少女も助けたいと思った───だから助けた。
言ってしまえばそれだけなのだ。
わざわざ戦場に向かって、血を流して、腕を吹き飛ばされてまで背中を見せに来たのは。
(なんでしょう……)
そんな言葉と気持ちを向けられたミリスは、違和感を覚えた。
(先程から、心臓がうるさいです)
まるで太鼓でも鳴っているような音。
それ以外はまったく耳に入らず、唯一入ってくるのは目の前の少年の声だけ。
横を歩く彼の姿が、次第に目から離せなくなってしまっている。
加えて、鼓動に合わせて込み上げてくる熱。
今までにない経験だ……いや、何度かあったのかもしれない。
けど、それは今みたいなほどではなかったはずだ。
───あぁ、分かっています。
一端の女の子であれば、いくら経験が少なくても理解できる。
この現象の正体を。
「フィル様……」
「どうしましたか?」
ミリスは熱の篭った顔を上げて、もう一度口にする。
「ありがとうございます」
何に対してのお礼なのか?
先程助けられたことに対してか、それともそれ以外にも理由があり、助けられたことを含めてそう口にしたのか分からない。
ただ一つ、分かることは───
(フィル様……あなたを、お慕いしております)
その言葉は、横にいる少年に向けられたものだということだ。
───こうして、派閥の渦中にいた聖女にかかわる話は、『南北戦争』の終わりと共に幕を下ろした。
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