教会で
「さて、キラ・ルラミルはいかがいたしましょうか?」
ステンドグラスから射し込む光が礼拝堂を照らす。
中央奥には大きな祭壇が備えられ、その後ろには大きく描かれた女神の姿が絵画として映し出されていた。
そんな礼拝堂で、一枚の紙を片手に一人の祭服を着た男が見下ろす。
その視線の先。
並べられた長椅子に腰をかける一人の少女が、つまらなさそうに口を開いた。
「いかがいたしましょうって……別に、どうもしなくてよくないかな?」
「しかし、彼女は今回の『南北戦争』で未遂こそなりましたが『保守派』の聖女を暗殺しようと―――」
「したからといって、聖女をおいそれとどうにかできるわけないじゃん。何、「聖女を殺そうとしたので死刑にします」って? ダメダメ、そんなことしたら私達まで『裁定派』と変わらなくなっちゃうよ」
「まぁ、そうですが……」
「今まで彼女が殺してきた人達も、本当に盗賊みたいな悪人だけだったみたいだしね。それを罰することはないし、全世界の国は褒めてくれるんじゃないかな? だからここは平和的に、お説教だけしておこうね。この歳でお説教って……私が一児の母になる日も近いかも?」
それに、と。
修道服から覗く銀髪を揺らしながら、少女は男を見上げた。
「結局さ、どんな選択をしたとしても根っこは変わらないものんだよ。その根っこがどうしようもなく腐っちゃってたら、私だってお手上げ。書類ごと教会からぽいっ、だね。だけどさ……キラ・ルラミルの根っこは「誰かを助けたい」っていう想いなんだよ。彼女は、ただ選択を間違えた」
生い立ちか、それとも環境か。
キラという少女は、単純に「悪を殺せば救える」という選択しか選んでこなかっただけ。その選択も、彼女が「誰かを救いたいから」という想いから生まれたものだ。
「選択を間違っていたなら正してあげればいい。そのために、私達『保守派』———ううん、信徒がいるんだよ。ダメだよ、って。間違ってるよ、って。これからはそうしてあげればいい……今なら、彼女に私達の言葉は届くと思うから」
慈愛の籠った瞳で、少女は天井を見上げる。
その姿は、差し込む光と相まり―――とても美しく映った。思わずこの姿こそが女神なのだと、誰もが錯覚してしまうぐらいに。
「といっても、もう私達が言葉を投げかける必要もなくなっちゃったかもしれないけどね」
少女は胸にぶら下がっていたロザリオを掴んで空に放った。
するとロザリオの姿は小さな水晶へと形を変え、透き通った材質の中に小さく映像が映った。
中にはこの場とまったく違う景色……慌ただしく駆け回る兵士と、一人の少年がキラをおぶっている姿が見える。
「うんうん、ミリス・アラミレアを『影の英雄』の下に行かせてよかったよ! これで、『裁定派』は力を失ったも同然だね!」
「……元より、それが狙いだったのでは?」
「んにゃ? そんなことないよ。私がミリス・アラミレアを『影の英雄』の下に行かせたのは本人の希望もあるし、彼であれば彼女を守ってくれると思ったから。下心がないといえば嘘になるけどね? 『保守派』についてくれたら嬉しいなぁとは思っていたよ。でもまさか、二人共救ってくれるなんて思ってもみなかったけど!」
少女はぐったりと背もたれにもたれかかる。
「いやぁ、本当に今回はヒヤヒヤしたんだよ。あの『裁定派』のクソ大司教は、うちの聖女を勝手に戦場に連れていくしさー! 国王に話をつけたあとに言ってくるんだもん、あのあと今更どうにもできなかったしさー! 私がどれだけ神経すり減らしたか分かる!? 仲のいい聖女に頭下げまくった私の気持ち分かる!? まだ私十代なのに過労死するよ!? 私はまだ結婚もしていないのだうがー!」
「……あなたが早く公にお姿を見せていれば、少しは気苦労も減ると思われますが?」
「ちっちっちー、ダメだよ私の部下くん。私、表向きは貴族の令嬢……それだから、色々と動きやすいの。せっかくお母さんとお父さん達にも私が大司教だって黙ってるのに!」
男性はため息を吐く。
少女も大概かもしれないが、その少女に振り回される男もかなり気苦労が多そうだ。顔が凄くやつれている。
「まぁ、結果としては『保守派』のいい方には傾いたよ。キラ・ルラミルが戦場で暴れまわってくれたおかげで、必ず『裁定派』の信徒は疑心暗鬼になる。「自分達の正義は正しいのか?」って。周囲の反応もあるし、確実に『裁定派』は崩れるだろうね。そうなれば、あとは私達の土俵だよ」
『裁定派』の失敗は二つある。
一つは、『影の英雄』がミリス・アラミレアの味方になってしまったこと。
それと、キラ・ルラミルという少女が戦場で暴れ回ってしまったことだ。
いくら『悪を裁く』派閥だからといって、その形を保ってきたのはあくまで「明確な悪」を裁いてきたからだ。
派閥の均衡を傾けるためとはいえ、善良な聖女を殺そうとした。そう知られてしまえば、せっかく纏まっていた信徒の心も形を失う。
それを纏め上げようと誤魔化したとしても、戦場という大衆の目がある場所で暴れ回っていたとなれば、それも不可能だろう。
そもそも、聖女の暗殺が失敗し、露見してしまった時点で『裁定派』に未来はない。
あとは大勢の望む方に天秤は傾いてしまう。
今回の『南北戦争』で、分かれてしまっていた教会は一つに纏まる分岐点となる。
「押し込みますか?」
「もちろんの当然、『裁定派』を押し込んで取り込む。ミリス・アラミレアを派閥争いの道具にしちゃった感じもあるけど、それはあとで誠心誠意謝って彼女の望む未来の形を作ってあげることで贖罪にしよう」
「大司教様がこれまで大事にならないよう頑張ってこられたのは知っています」
「だとしても、巻き込んでしまったのは事実なんだよ。それとこれとは話が別———私達はあくまで平和に。全ての人が幸せに過ごせるように女神の教えを伝えるのが役目だからね」
そう言って、少女は立ち上がった。
「さて、これから忙しくなるよ! 今からは『裁定派』を崩して新しい『保守派』の基盤を固めないと!」
「結局、キラ・ルラミルの処分は―――」
「そんなの、迷惑をかけたミリス・アラミレアと一緒に巡礼させるで終わらせればいいよ。もう、彼女に人を傷つけようなんて考えはないだろうからね。あるのは罪悪感だけ……これから、それに苛まれることで罰にしよう。あ、『裁定派』の大司教は別だよ? もう、あの人は欲に溺れた救いようがない悪人だから」
「白を切ってくると思いますが」
「白なんか切らせないんだよ。っていうか、私相手じゃ切れないよ───何せ、私の魔術は全てを見透かすからね。私に嘘は通じな〜い♪」
少女は大きく背伸びをする。
これから忙しくなる未来に向けて、準備運動をするかのように。
(今回も助けられちゃったね……フィルくん)
脳裏に、一人の少年の姿が浮かび上がった。
パーティー会場で、草原で見た彼の姿を。
だからからか、少女の頬は薄く朱に染まっていた。
「安心してよ『影の英雄』くん……もう、これ以上は君を巻き込まない」
あの時、『保守派』についてくれると期待し、大方の事情を話した。
派閥争いに介入するなら『保守派』だと言ってはくれたが―――結局、彼は一人の少女の味方になってしまった。
悲しいようで、嬉しい。蓋を開けたら自分の望む方向に転がっているからではない。曲げられない、変わらない心を宿した優しい少年の答えを見せてくれたから、そう思ってしまう。
「きっちりと『裁定派』は潰す。君が助けたミリス・アラミレアが不幸にならないように。どっろどろに汚れた自由の後片付けは私達に任せてほしいんだよ」
そして—――
「このアリシア・アメジスタ……『保守派』を束ねる大司教として、君に最大級の感謝を。そして、女神の祝福があらんことを」
少女は、礼拝堂をあとにした。
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