聖女VS影の英雄③

 キラ・ルラミルという少女の人生を知れば、誰かは少なくとも「仕方ない」と思うのかもしれない。

 文献でも、詩でも、噂程度でもなんでもいいさ。とにかく知れば、誰かは同情心を送るだろう。

 何が「仕方ない」のか? それは一重に、悪人に対する執着心に対するだ。


 ───まず、キラは幼い頃に両親を殺された。

 自分を守るために、迫るナイフから身を挺してまで己の命を二人は散らした。

 犯人はスラムで犯罪ばかり繰り返してきた男だという。

 ごく普通の家で生まれ、ごく普通の生活を送っていただけ。それなのに、まず悪人は身内に手をかけた。

 聞けば、キラは暮らしていた街では評判の女の子らしい。

 人当たりもよく、優しく、笑顔を振り撒き、子供達からは姉のように慕われていたそうな。


 そんな少女は天涯孤独になる。

 少女は両親を殺されたことにより、誰にも引き取られることなく修道院で暮らすことになった。

 そこまで評判がよかったのに薄情だと思うか? 平民の暮らしはいつもギリギリだ。子供一人を養うほどの財力はなく、下手に引き取って貧しい生活を送らせるなら修道院でめいいっぱい安定した暮らしをさせた方がいいと考えるのは自然だ。薄情ではない。

 それが皆の反応だった。

 キラもそれが分かっていたからこそ、街の人を恨むことはなかった。


 ───まだ、キラは歪まない。


 修道院での暮らしは、今までの生活とは大きく違う。

 異なる環境、大勢での生活───慣れるまで時間がかかったが、慣れてしまえばどうってことない。

 持ち前の性格で周りに順応していき、あっという間に仲良くなったという。


 しかし、だ。

 キラ・ルラミルの不幸は終わらない。


 キラの住んでいた修道院が野盗に襲われたのだ。

 金品目的か、若い修道女を攫うためか、はたまた両方か。

 修道院はあっという間に阿鼻叫喚の渦中に放り込まれた。

 キラは英雄でも聖人君子でも百戦錬磨の猛者ではない年端もいかない少女だ。迫る野盗を見て立ち向かおうとする勇気なんかおいそれと湧いてくるわけじゃない。


 だが、きっと。

 ここが運命の分かれ道だったんだろう。


 具体的に言えば、襲ってきた野盗の頭蓋骨を手に持った花瓶で咄嗟に叩き割った瞬間に。


『あぁ、こうすればよかったんだ』


 仲よくしてくれた修道院の皆を守るためには。

 単純な話だったんだ。目の前で血を流して動かない野盗を見て、心に強く釘が刺さる。


『殺しちゃえば、悪人から皆を守れるよ……』


 ───それから、キラ・ルラミルは女神から恩恵を賜り聖女となる。

 加えて、今までの不幸の帳尻合わせをするかのように、自分に魔力があることが分かった。


 キラは努力した。

 それこそ、文字通り血反吐を吐くぐらいに。

 その結果、キラは己だけの魔術を完成させた。


 理想は『正義』。

 テーマとして掲げた刻み名は───『人を不幸にする悪人に正義の鉄槌を』。


 そうして、今の聖女としての自分が存在し。

 そんなキラ・ルラミルは、修道女には似合わない戦場で目を覚ました───


「あぁ、くそっ。慰謝料請求するのもかっこ悪いし、自然治療でなんとかなるもんかね」


 視界には青く澄み渡った空が。傍らには、腰を下ろすフィルの姿があった。

 どうして自分は? 体のあちこちに走る痛みと、ひんやりと冷たい地面の感触が、状況を教えてくれる。


「目を覚ましたか? お目覚めのキスが必要なお姫様にならなくてよかったよ」


 目覚めたキラを見て、フィルが嫌味ったらしく口にする。

 腰を下ろす少年の腕は歪な形に垂れ下がっており、額には拭った痕と思わしき血痕がこべりついていた。


「私は……負けた?」

「この状況で勝ったと思えるんなら、大層幸せなお花畑をお持ちで。なんなら、トドメのキスでもしてやろうか? 自分の立ち位置もしっかり分かるだろうよ」


 大槌はどこだ? 大丈夫、手に感触が残っている。

 魔力は……まだいける。戦える。


「正義を振りかざそうとするのは結構だが、視野を広く持った方がいいんじゃないか?」

「あなた、に……何が分かるの……ッ!」


 戦えはするが───だけど先に、目の前の男の言葉に反応してしまう。


「殺さなきゃ、誰も救えない! 誰かの助けを待つ前に、やらなきゃ誰かが不幸になる! 悪人は待ってくれないの……行儀よく正座でクライマックスを演出する役者の登場を迎えてくれるじゃないの! その前にやらなきゃ……やった方が確実に誰かを救える!」

「論点が間違ってるよ、『裁定派』の聖女。その考えを否定するわけじゃない、俺だって同じ気持ちだ。ただ、それはを踏み倒してまで抱かなきゃいけない考え方かって話だ」


 フィルは仰向けで倒れるキラを見据えて言葉を続ける。


「そこまでして維持したい派閥なのか、お前らは? 明確な悪を倒してきたからこそ、派閥として成立しているんだろ? その派閥を押し上げるために救わなきゃいけないはずの人間を殺したら本末転倒じゃねぇか。それこそ、根本にある「誰かの救済」も泥を塗らなきゃいけない」

「…………さい」

「正義? 悪? ふざけるな。根本に泥を塗ってまで自分の物差しで他人の人生を振り回すんじゃねぇ。どんな人生を歩んでその道に走ったのかは知らない、俺が救ってやれなかったのは申し訳ないと思っている。だけど、それであの子を不幸にするのは許さない───てめぇらの正義なんて、少女を天秤に乗せた時点でどこにも大義名分なんてないんだよ」

「……うるさい」

「真っ当な人生に戻れ。もう自分の手を汚すな。自分の物差しは捨てろ。善悪を決める裁判官なんて辞めて、全部俺に───」

「うるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」


 自分の人生を否定されたからか。

 自分でも自分の歪さを理解しているからか。

 その上に、その部分を指摘されたからか。


 何も知らないくせに。

 この派閥がなくなってしまえば、自分は大槌を振るえなくなってしまう。

 そうなってしまえば、今度こそキラの人生が否定されてしまう。

 なんのために、私は不幸になったのだ? このままフィルの言葉を耳にしてしまえば、親を失くし、世話になった修道院を襲われてまで学んだ考え方を、修正されてしまう。


 ───それだけは。

 それだけは、キラ・ルラミルは許せない。


 自分が自分であるための、最後の、防波堤なんだ───


「あァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」


 キラ・ルラミルは起き上がって衝動の赴くまま大槌を振るった。

 彼女の魔術は対個人に対してそれを上回るほどの力を上げる魔術。

 先程は狙う場所を外したが、今度こそ確実に急所を狙う。


 ───その時、


「んなっ!?」


 その声はキラからではなく、フィルから飛び出してきた声だった。

 間違いようのない、声音通りの驚きの声。

 どうしてそんな声を上げたのか? それは単純に、フィルとキラの間に一人の少女が割って入って来たからだ。


「キラ!!!」


 大槌は力を持つ。

 振り回せるほどの力が籠っており、確実に仕留めるために威力を落としていなかった。

 故に、止めることなどできない───このままでは、現れた修道服を来た少女に当たってしまう。


「ここでこの人を殺してしまえば、っ!」


 助けられるのなら、最後まで見届けようと足を運んだ少女に。


「んにゃろっ!」


 フィルは咄嗟だった。

 ミリスの体を引っ張り庇うように己が前に出る。

 大槌は、再びフィルを的確に捉えた。


 ───その光景を見て、キラは。


(これ……おかしいよ)


 誰かを守るために、なんの力も持たない少女は身を挺して守ろうとした。

 そして、そんな少女を守るために文字通り身を投げ出してまで守ろうとした。


 どこかで、見たことがある。

 この光景は……自分の両親が自分を守ってくれた時の光景にどこか似ている。


(これが悪人……?)


 もし、この光景にいる人間が悪人だったら。

 もし、この光景にいる人間が必要な犠牲であるというのなら。

 自分の両親も、必要な犠牲で悪人だったということになる。


(……違う)


 それは、キラの中では強い違和感であった。

 そして、即座に否定したいものでもあった。

 故に───


(違う、これは私が望んでいるものじゃ……ッ!)


 だけど、振るった大槌は止まらない。

 代わりに、一つの腕が戦場へと吹き飛び、修道服を真っ赤な血で染めた。





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