聖女VS影の英雄②
「行かないと……」
修道服を着た少女は一人、戦場を歩く。
護衛の騎士は治療できた。
どういった経緯があってフィル・サレマバートは戦場にやって来たのかも伝えた。
ならば、自分がしなければならないことは―――
「今度はもうっ、ただ助けられるのは嫌なんです……!」
知らない場所で戦ってくれる英雄を、この目で見届ける。
手を伸ばせるのであれば、なりふり構わず手を伸ばす。
それが助けられた者の義務だから。一方的に甘える自由など自分には存在しないから。
故に、少女は戦場を歩く。
慌ただしく駆けていく騎士に声をかけられても、退けと言われても。
戦場に不釣り合いは、望むところだ。
♦♦♦
「結局、こうなるって分かってたじゃないか……」
西方面、戦場の先。
大きな岩に亀裂を走らせ、背もたれのように縋る少年はゆっくりと立ち上がる。
腕はあらぬ方向に曲がり、頭部から零れ落ちるほどの血を流していた。
「慢心する方が負け。魔術師に自分の絶対など通じない。分かっていたはずなんだが、ここ最近持て囃されたことでどっか増長していたのかもなぁ」
ピンポン玉よろしく吹き飛ばされたフィルは、目に被りそうな血を袖で拭う。
片方しか動かせないのが難点だ、とても拭い難い。
「キラの魔術は単純な肉体強化及び力の向上か? 俺の魔術はあくまで縛りつけること―――無理矢理鎖を壊すことだって不可能ではない話だ。それで破られたのか? まぁ、向こうが奇天烈マジックの種明かしをしない限りは不明。今までの戦法でいったところで同じ轍を踏む羽目になりそうだ」
フィルのメインの魔術は己の作った空間に相手を縛るというものだ。
イメージとしては、術者本人がいつでも開封可能な箱の中に鎖で雁字搦めにしているのが分かりやすいだろうか。
並みの人間であれば、絡まった鎖を解くことも引き千切ることもできないのだが、それが術者の想定外の力が働けばどうなるだろうか?
無論、魔術に絶対はない―――魔術という不確定要素が絡めば、自分の魔術が通じないということはよくある話だ。
「こっちは重症といえば重症。対して向こうは軽傷か無傷———不利には変わりない、が」
無茶、無理、無謀、不利。
この状況がどんな言葉に当て嵌まるかは分からないが、それでもフィル・サレマバートは笑う。
「元より、俺の魔術は体が生きていようがいまいがどっちでも大丈夫なんだよなァ!!!」
魔術師の戦いは、研究成果を発表する研究会だ。
己の理想を研究し、テーマを深掘りしていった結果を示す場。
相性こそあれど、より理想に近づいた者こそがその場の勝利を収める。
―――これは趣味の延長線上。
―――これは人助けの延長線上。
魔術師の研究会なんて、常に戦いが始まっていれば行動理由の延長線上に開かれる。
「さぁ、始めよう―――」
フィルが手を持ち上げる。
すると、フィルの足元一帯に影が伸び始め、いくつもの腕が生まれた。
その数は、幾千か幾万か? 全てが、フィルの意識によって動かされる。
「これが、俺の研究成果だ」
そして、フィル・サレマバートは戦場全体に猛威を振るった。
♦♦♦
フィル・サレマバートの扱う魔術は『多様』におもきを置いている。
縛った相手との会話の自由、縛った相手との交流の自由。メインで扱う魔術の他にも、縛るために生み出した
一つの力だけで見れば、カルアやキラといった魔術師の魔術の方が強いかもしれない。
フィルが影の世界に縛った相手は生きているように。引き上げて殺さないと殺せないように。
フィルの魔術には直接的な殺傷力は少ないのだ。
それが『多様』であるが故のデメリットであるのだが、正直フィル自身はそこまで深刻に物事を考えていない。
そもそも、フィルは誰かを殺すために魔術を生み出したわけでないから。
敵を倒せるのなら、殺せなくても別にいいと思っているから。
―――そう考えた結果。
「……あ?」
キラ・ルラミルは天を見上げた。
先程まで照っていた太陽が姿を消し、頭上が黒く染まった。
それは雲に覆われたとか、景色が塗り潰されたとか、そういう話ではない。
よくよく目を細めて見れば、染まった景色に継ぎ目が存在し、先を見れば手のような形がくっきりと浮かび上がっていた。
しばらくして理解する―――これは、単純にいくつもの手が太陽を覆っているだけなのだ、と。
そして、その景色は……容赦なくキラに降り注いだ。
「あ、がッ!?」
一つがキラの頬を打つ。
思わずキラがよろけてしまうほどの、ただのジャブ。
しかし、それは魔術で強化されたキラをよろけさせてしまうほどのジャブだ。
自由落下という言葉があるのだが、あれは物体が高い場所から落ちる現象を差す言葉だ。
皆は当たり前に知っていることだが、高い場所から物を落とすと重力加速度によってエネルギーが加算され、地面に伝わる威力が上がる。
もしも、天高く伸びた腕が自然に落ちてきたら?
もちろん、物体の重さにもよって威力の幅は変わるのだろうが、腕である。そこらの小石とは重さは違うだろう。
つまり、何が言いたいかというと―――
「がッ、ごががッ!!!」
天から滝のように落ちる腕は、ただのジャブではなくなってしまっているということだ。
「あ、悪人がァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
キラの魔術はフィルの予想通り『力一点の向上』である。
その力に限界はない―――どんな敵であろうが、一つの対象を吹き飛ばせるほどの力まで自動的に底上げがされる。
『大槌を持っていないと発動不可』という制限こそあれど、どんな敵にも合わせられ、常に優位に立てるよう設定される魔術ほど脅威なものはないだろう。
これが、自ら『切り札』だと言ってしまえるキラの実力。
聖女という身でありながら、理想を追い求めテーマを研究し続けた彼女の執念だ。
だが、そんな魔術も「個」に対しての脅威をメインとして設定されている。
それが無数に変わってしまえば?
たとえば、数の暴力などいかがだろうか?
「お、おォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」
キラは大槌で降り注ぐ手を弾く。
何度も何度も何度も何度も、弾き続ける。
それでも絶え間なく注がれる腕は一つの大槌だけでは弾き切れず、体の至るところに鈍い打撃の感触が伝わった。
それでも、
(私は悪人を倒す……ッ!)
自分がしている行為こそ正しいと信じて。
(悪を倒せば必ず誰もが幸せになれるんだから!!!)
そして───気がつかなかった。
降り注ぐ腕に注視しすぎて。
足元にいつの間にか沼が広がっていたことに。
「あがッ!?」
そこから、一本の腕が伸び───的確にキラの顎を捉えた。
戦場に、鈍い骨同士がぶつかるような響きを残して。
(わた、しは……悪人を……)
どこまでいっても、彼女はそのことしか考えなかった。
誰かを救うという、聖女らしい想いを。
そうして、キラの意識は途絶えた。
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