お出掛け②
フィル・サレマバートは悩んでいた。
何事も(自称)即決即断を信条としていた一人の少年が、珍しくも小さく唸る。
「うーむ……ここは無難に白でいくべきか、それともギャップを狙いつつ黒でいくか」
現在、フィル達はギャラリーに見送られながら伯爵家御用達の仕立て屋へとやって来ていた。
流石にお店の中まで押し寄せて営業妨害をしたくないのか、ギャラリーは窓の外で黄色い歓声を上げるだけ。
視線が集中してしまうという若干の不快感こそあるものの、先に比べたらマシだとフィルは気にせず店に並ぶドレスの生地を見比べていた。
「結構真剣に考えるのね」
「当り前よ、何せ女の子が一番輝く時は着飾った時って相場が決まってるからな。ここで安易なチョイスをして、こんなに可愛い素材に泥を塗るのは男として容認しかねる……そりゃ、真剣にもなるさ」
「そ、そう……」
冗談っけも何もなく真顔で返すフィルを見て、ほんのりと顔を赤くするカルア。
『真剣になる+可愛い素材』という方程式を口にされたことによって、カルアの乙女心は『頬を赤くする』という解答が顔に出てしまった。
「わぁ……綺麗な生地がいっぱいです!」
ミリスはフィルの横で、見慣れない生地に目を輝かせる。
このお店はあくまで仕立て屋だ。基本的に、ドレスは全てオーダーとなる。
素材を選び、デザインの希望を添え、職人の腕に任せる。
この店はフィルの母親がよく足を運んでいたと聞いていた。
腕に失敗はないだろうということで、フィルはこの店を選んだのであった。
「しかし、これはこれで見てみたいような気がするんだが……くそぅ、俺にオシャレな美的センスがあれば! 凡才故の苦悩ってやつですかね!? 芸術家の気持ちがよく分かるゥ!」
「センスなんて別にいいのよ、フィル? あなたが選んでくれたものだったらなんでも……」
「ばっか、お前! さっきも言ったけど、俺はお前が最大限美しく見えるようなドレスを選びたいの! カルアは俺に任せたんだ―――だったら、それに答えるのが男というもの! ただでさえ、カルアは他と並ぶと有象無象がアヒルの子に見えてしまうぐらいに可愛いんだからさ、ここはしっかりと―――」
「ごめん、それ以上は言わないで……!」
慌ててフィルの顔を押さえるカルア。
その顔は酷く真っ赤であり、表情を隠すためか目線を合わせずに俯いてしまう。
「まぁ、お前が言うなと言うならこれ以上は何も言わないが……ミリス様っ!」
「はいっ、なんでしょうか!」
「ちょっとそこに立ってください!」
「分かりましたっ!」
いつの間にか離れた場所にいたミリスは子犬のようにトテトテと戻ってくると、大人しくフィルの前で直立する。
すると、フィルは手に持ったいくつかの生地をミリスの体に当てた。
「やっぱり、王道で攻めるなら白か。ミリス様は清く、心優しい……それを更にアピールするなら、清純そうな白がベストだ。小さな体躯も丈の長いドレスに仕上げれば小動物らしい可愛さがより増長される。会場に現れる天使が拝めるぞ、天に召される老骸が現れてもおかしくないな」
「あ、あの……フィル様?」
「逆にこっちの深みのある黒はどうか。少しばかり装飾をつければ夜空の如く輝きそうなこっちなら愛くるしい顔とのギャップが狙える。子供らしさから大人びた雰囲気を醸し出し、普段の雰囲気をガラリと変える……イメージとしては、小悪魔だろうか? いつ死んでもおかしくない老骸がまたしても召されそうで心配だな」
「あぅぅ……!」
ブツブツ、と生地を当て、その光景を想像するフィル。
一方で、小言が筒抜けになってしまったことで全てが至近距離で語られたミリスはこれ以上ないぐらい顔を真っ赤にさせてしまった。
「よし、次はカルアだな―――カモンヌ、カルア!」
「言われたいような、言われたくないような……はぁ、我ながら変な人を好きになってしまったわ」
無自覚な本人が与える影響力に期待と怯えを感じつつも、カルアはため息を吐きながら横に立った。
そして―――
「カルアは順当に選ぶなら、やっぱり赤だろう。目を惹いてしまうほど綺麗な赤髪には丁度いい。それに、カルアはあどけなさこそ残るが、大人びた雰囲気のあるタイプの美人だ。赤のドレスであれば持ち前の大人っぽさを充分に引き出すことができる。素材のよさに合わせるなら、間違いなくこの色以外はあり得ない。きっと、俺年代の男になれば射貫いてしまうぐらいに目が釘付けになるだろう」
「…………ッ!」
「一方で、さっきミリス様に合わせた白も捨て難い。ドレスを明るく見せることで、会場のシャンデリアと合わさり煌びやかに映るはずだ。そうなれば、美人なカルアを会場の華にすることができる。一見、赤髪とはミスマッチに思えるだろうが、カルアであればどんな服も着こなせる技術も容姿も持ち合わせているからな……ならば、会場の中でより目立ち、周囲にその美しさをアピールすることを優先してもいいかもしれない」
「~~~~ッ!」
これまたカルアの乙女心にクリティカルヒット。
首から下、首から上の色が赤と肌色で明確な色違いが生まれてしまった。
「よしっ! ミリス様は黒、カルアは白でいこう! 二人共、それでいいか!?」
「す、好きにしなさいっ!」
「私もそれでいいでしゅ……!」
「ん? 二人共お熱か?」
「別に風邪なんか引いてないわよっ! あなたはそういうところが本当にダメ! いつか背中を刺されても知らないんだから!」
「えー……っていうか、俺のことを刺すとすればカルアじゃね? すでに両目は刺されてるんだし」
「いいから行きなさい!!!」
「いえす、まむ!!!」
物凄い圧を受け、フィルは反射的に敬礼のポーズを取った。
「……まぁ、よく分からんが、二人共どっかでお茶でもしてこいよ。これから職人さんとデザインの調整とか、納品の手続きとかしてくるからさ。ガールズトークに男が入る勇気もないんで、今のうちに楽しんで」
「……じゃあ、いつものところにいるようにするわ」
「了解」
赤くなった顔が冷まし切れない状態で、フィルに見送られながらカルアは店の外へと出て行ってしまった。
ミリスはどこかうわの空で、足元が若干おぼつかないようで心配だったが、途中でカルアがしっかりと手を引いていたので安堵。
二人の背中を見送ったフィルは店の奥へと向かった。
そして、しばらく店の奥で何回か顔を合わせたことのある職人さんと色々話を進め終わると、代金を払って店の外へと出る。
その時、やはりと言っていいべきか領民から「きゃー!!!」という黄色い歓声を受けてしまう。
(案外早く終わったな……っていうか、この中を一人で突っ切るのかよ。タイムセールでもお供がいないと心許ないっていうのに)
すると―――
「あ〜! フィル・サレマバートくん発見〜♪」
「あぶっ!?」
突如、横から強烈なタックルを受けてしまった。
そこまで痛くはなかったが、ふくよかな柔らかさを乗せた痛みがフィルを襲う。
(誰だ、こんな初対面のボーイにタックルをかます輩は! 知ってるか! 未成年の男の子は優しくリードしてくれる女の子が好まれるんだぞ!? シャイボーイが多いんだから取り扱いには気をつけろ!!!)
フィルは苛立った顔で、今や抱き着いている人影に視線を移した。
そこには、金の装飾を散りばめた修道服を着た少女が───
「それじゃあ、行こっか〜♪」
「待て待て待て! 何一つ状況が見えないから説明をしてほしいんだけども、先んじてタックルに対する謝罪を───」
「お茶しに行こ〜!」
「って、うぉい!? 襟首を掴むな! それで引き摺るなよ、俺はペットでもねぇしお散歩に付き合うほど時間も……って、ねぇ!?」
フィルの首根っこを掴んで歩き出した。
初対面の女性に乱暴をすることができないフィルは、口だけの抵抗で引き摺られながら店をあとにしてしまったのであった。
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