過去調べ

マスターは、先日の久松さんがあっさり成仏した(かどうかは分からないが居なくなった)のに、ここに居る三人は何で成仏しないのかしらねえ、とテーブルを拭いていた私に声を掛けた。仕事終わりの話である。


「さあ、私に言われましても」

『そんなん俺らに分かる訳ないやん。なあ小春』

『そーよそーよ』

『さっさと居なくなって欲しいデスね、マスターは。嫌われてると思うと死んでても寂しデス』


 ぱんどらのジバティーさん達は口々に私に不満をぶつけてくるが、私とて何の修行をした訳でもない「ただ見えて話が出来るだけの一般人」なので、あの世の成仏システムなど理解出来るはずもない。

 久松佑介さんの件については、たまたま懸案事項が解決して本人が迷う必要が無くなったのでは、ということも考えられはするが、正直それもただの憶測・推測のたぐいである。事実はそれこそ神のみぞ知るだ。


「うちのジバティーさん達も、久松さんみたいに、何か後悔とか恨みとか心配事とかそんなのがあって、解決したら成仏するのかしら?」

「どうでしょうか。ご本人たちはそんな心配事も記憶にないようですし」


 以前聞いた時に、自分の名前や年齢、どんな死に方をしたのか、家族はいたのか位は覚えているものの、三人は亡くなってから結構経っているからなのか、それ以外の住んでいた場所や友人のことや、何か恨みがあるとか、特定の個人を憎んでいるのかなど、全くと言っていいほど思い出せないらしい。


『どうせマスターは見えてないんやし、迷惑かけてへんもん』

『そうデスそうデス』

『ぼっちで話し相手もいなくて、ようやく泉谷のおじさんや李さんとも会えたのに、少しぐらい大目に見てくれても良くない? それに小春さんとも会えたしさー。マスターの意地悪!』


 基本霊は単独行動だと思う。ぼっちで話し相手もいないというのはマスターも同様なのだが、本人はそれで心の平穏を保っているので何も言えない。それにバイトするようになった私とも話すようになったし、今回他の人とのコミュニケーションも図れたので、まだマシになったとも言えなくもない。

 だが、久松さんのお姉さんも私も、マスターの家系ラーメンの如く何でもマシマシの美貌に動じない(動じる気分ではない)レアケースなだけだ。一度お邪魔したマスターの家で女性の生霊も居たし、火葬場に行った際に、マスクをしていても世代問わずにフリーズさせた女性も複数名いたことを考えると、彼が素顔を晒して普通に歩ける日が来るのは、残念だが当分、いや、かなり先ではないかと予想する。


「そういえば、こないだ面接行くって言ってたけど、あれどうなったの?」


 マスターが気になっていたのか聞いて来た。


「……あそこですか。初めて決まりましたがこちらから断りました」

「え? どうして?」

「社内が負のオーラで溢れてまして。それに影響されてるのか八体も意思疎通が出来ないタイプのジバティーさん達がウロウロしてる所は、少々私でも辛いです」


 会社がブラックなのか、それとも勤めている人の誰かが黒い何かを抱えているのか分からないが、とにかく空気が淀んでいて息苦しかった。

 以前、祖母が言っていたのだが、負の気が溜まりやすい磁場のような土地が存在するらしく、会社や店などを経営するには特に向いていないとのこと。長期的に留まっていると、人は体や精神の健康を崩したりしやすく、霊も集まりやすいとか。

 見えてしまう人間からすれば、霊がいない場所の方が少ないし、集まっているだけなら別に問題ない。だが、あれだけ不快な気だ。全く害のなかった魂が、瘴気に染まって万が一悪霊にでもなられたら、霊感のあるなしに関係なく、健康どころか命の危険があるほど影響を受けるし、周囲の人間にも余波が行きかねない。喉から手が出るほど念願の定職だったが、悪霊になりかねない複数のジバティーさんと、十年後も残っているかすら危うい会社に自分の未来を委ねるのは私にはとても無理だった。


「やだ怖い。うちはまだ三人だけだし無害だからマシだったのね……」


 話を聞いてマスターは青くなった。


「マシとかいったら泉谷さん達に失礼ですよ。彼らは全く悪意ないですからね。もしかすると、あそこは地鎮祭とかきちんとしてないのかも知れないですね、ビル建てる時に。土地って何かと穢れがつきやすいので。単なる形式だからって省略したりする所もあるんでしょうかねえ、お金もかかりますし。──本当に、せっかくの定職のチャンスが台無しですよ。面接行くまで分かりませんからね内部のことは」

「そりゃそうよね。……まあ決まらないでくれて良かったけど」

「ですから私が見える話せる便利な存在ってだけで、無職祈願するのやめて貰えますか」

「やあね、勿論それだけじゃないわよ。私が話せる貴重な女子じゃない」


 私はため息をついて、ふと気がついた。


「泉谷さん達に聞いても覚えていることが少ないですが、死亡事故って新聞に載ったりしますよね?」

「うーん、そうねえ。ただ亡くなる事件や事故ってかなりあるから、地域によっては載ってないこともあるんじゃない? それに、泉谷さん達って亡くなったの大分前でしょう?」

「ええ。ですけどほら、国会図書館って過去の新聞のデータ、かなり前のものまで保存してたりしますよね? 電子情報で。小さい記事だったとしても、名前で調べたら出て来たりしないでしょうか?」

「……小春ちゃん天才。その意見採用。別途交通費とバイト代出すから調べてくれない? そこから糸口が見つかるかも知れないわよね? いざ続かん久松さんの後に! レッツ成仏ドミノよ!」

「いえ、見つかるかどうか約束は出来ませんけど……そうですね、個人的にも気になるので、バイトは受けます」

「頼むわね。あ、今日売れ残ったミルフィーユ食べる?」

「遠慮なく。ついでにコロンビアなど淹れて頂けると、前向きな気持ちで次の水曜日休みから動けるのですが」

「喜んで!」


 いそいそと支度を始めたマスターを眺めていた泉谷さん達は、『何が成仏ドミノやねん』『人を呪いの人形みたいに』と言いながらも、興味深々といった感じで、『小春、何か分かったら教えてな』『よろしくデス』『多分記事があったとしても、ぶっさいくに写ってる学生証の写真なんだろうなー、あーやだやだ。でも内容は気になるから私からもよろしくね小春さん』とそれぞれ頭を下げられた。私も今回の面接の件で、次の就活には少し時間を空けたくなっていたので、渡りに船である。

 しかし、ジバティーさん達の記事は見つかるのかなあ。




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