6.おとぎばなしの兄弟

 こうして、騎士のふりをしている賢人王の孫エドアルト、歌うたいコル、筋肉吟遊詩人テオの使者3人は、聖なる森の兵営に案内されたのでした。

 生真面目な辺境警備隊長アネストも、白い鳥と意思疎通ができる弟フィントの言葉で、3人が密猟者なのではという誤解をとき、エドアルトたち3人を正式な使者だと認めたのでした。


   ☆


 アネストが自ら兵営に作ったという靴を脱いで入る部屋に、賓客として3人は通されていた。


「申し訳ない。本当にすまなかった。どうか許してほしい」


 床に座る3人の前で、正座したアネストは、床に頭をつけて謝った。


 土下座するアネストに、テオは慌てて横のコルを見た。

「そこまでしてもらわなくても、もうわかってもらえたんだし。ねぇ?」


 テオの視線にコルも忙しくうなずく。

「はい。アネストさんは警備のお仕事をまっとうされただけです。気にしないでください」


 エドアルトも続ける。

「そうですよ。俺たちのこと、誤解するのは当然です」


「いや。王国の代表を縛り上げるとは。私はなんということをしてしまったんだ」


「そりゃびっくりはしたけど、もう誤解はとけたんだし。ねぇ?」

「牢獄にも入らないですみましたし」

「もう十分ですって」


 それでも頭を上げないアネストの後ろから、少年が声をかけた。


「兄さん。皆さんも、こう言ってくださっているのですから」


「いや! 私は自分が許せない!!」


 アネストはガバリと体を起こした。


「せめて今日はここでゆっくりしていってくれ。できる限りのもてなしをしよう。……お前も、食べていくだろう?」


 微笑んでうなずく少年フィントに優しいまなざしを残し、アネストは部屋を出て行った。


 取り残された3人が顔を見合わせていると、フィントが静かに言った。

 

「すみません。先を急いでいるとは思うのですが、夕刻を過ぎて森を歩くのは危険なのです。ここで夕飯を食べて泊まっていただけたら兄も喜びます」


 エドアルトたちはありがたくその申し出を受けることにした。

 森の民の結界魔法でねじ曲げられた道を散々歩き回ったのだ。

 エドアルトは座っている間に、再び立ち上がる気力もなくなっていた。

 

 その横で、嬉しそうにテオが立ち上がった。


「そうと決まれば、アタシもお手伝いしてくるわ。ムーサ、とびっきりのを作ってくるから、待っててね」


「わぁ。楽しみにしています」


 パチンと片目を閉じて部屋を後にするテオを、エドアルトは呆然と見送った。 

 吟遊詩人は旅慣れているから足腰が丈夫なのか?


「傷を負っていると聞きました。この『癒しの水』を使ってください。すぐに治ります」


 エドアルトは、フィントがたもとから取り出した小瓶をまじまじと見た。   


「『癒しの水』、ですか?」


「ええ。とても効果がありますよ」


「……ありがとうございます。遠慮なく使わせてもらいます」


 エドアルトは足首を固定していたマントの残り布をほどくと、細心の注意を払い、『癒やしの水』をほんの1滴、まだ痛む足首にたらした。


 見るともなく見ていたコルの目がどんどん見開かれていく。

「ええっ? すごい! はれがひいていく!」

 

 3人の目の前で、エドアルトの赤黒かった肌と倍以上に腫れていた足首が元に戻り、血が黒く固まっていた穴の空いた8つの傷口もみるみる盛り上がっていく。同時にエドアルトの痛みもなくなっていった。血を洗い流せば、きっともう、どこにケガをしていたかもわからないだろう。


「痛みも疲れもすっかりとれました。ありがとうございます。そうだ。コルも切り傷いっぱいできてただろ。使う?」


「え。おれの傷なんか普通の傷薬でいいよ。こんなすごい薬使うのもったいないっ」 


 あせるコルにフィントは微笑んだ。


「『癒しの水』は、旅の途中で必要になることもあるでしょうから、そのままお持ちください。普通の傷薬も、もちろんありますよ」


 別の小瓶を受け取りながら、コルは気になっていたことを口にした。

「ありがとうございます。あの、もしかして、森の民の方なんですか?」


「その質問に答える前に、どうしてそう思ったか聞いてもいいですか」


「はい。えっと、おれは実際に森の民を見たことがないですけど、すごい薬を持ってるし、なんだか不思議な雰囲気だから、そうなのかなって」


 コルに微笑みながら、さらにフィントはたずねた。


「あなたは、『双子の悲劇』という物語を知っていますか?」


「もちろんです。おれ、歌うたいだから、うたえますよ」


 許可をとってからコルはうたい出した。

 エドアルトもその物語を知っていた。それはこんな物語だった。


 昔、賢い王の元へ幼い旅人が訪れた。

 旅人は、自分の国では治せない病の双子の弟がいて、治す方法を探して旅しているという。

 兄である旅人は、賢い王に「なんでもするから、どうか弟を治して欲しい」と願いでた。 

 賢い王は、自国だけでなく、他の王国でも調べてみたが、治す方法は見つからなかった。

 人間の国では見つからなかったので、賢い王は森の民にも相談した。

 森の民は特別に『癒しの泉』を貸してくれ、弟は無事に病から回復した。

 けれども弟は、森の民に近い力を持ってしまい、自分の国へ戻れなくなってしまった。

 

 うたい終わったコルに、フィントは言った。


「歌で聞くと美しいですね。その弟がわたしなんです」


「え。ええ? えええ!?」


 コルは、まだ幼さの残るフィントをまじまじと見た。

 フィントは16歳の自分よりも年下にしか見えない。鎧をまとい弓をたずさえた、自分たちよりもテオと年近く見えるアネストと、幼いフィントが双子だとは、とても思えなかった。

 ああ、とコルは声をあげた。


「だから、だから国に帰れなかったんですね」

 

「そうです。森の民は、人間よりもはるかに気の長い種です。その森の民が使う癒しの泉に入ったので、病気が治るだけでなく、わたしの体質も変わってしまいました。それでも、まったく森の民と同じになったわけではありません。普通よりも気の長い人間、といったところでしょうか」


 エドアルトには、フィントの言葉がどこか寂しそうに聞こえた。

 もちろんエドアルトは、この物語のことも、現実にあった双子の話も、賢人王から聞いて知っていた。


 兄アネストは、弟フィントを治してもらったお礼としてアブルム王国の兵士として働くことになった。アネストは順調に地位を上げ、フィントのそばにいるのを兼ねて、アブルム王国と森の民の里を守るため、聖なる森を含む辺境警備を願い出たのだと。フィントも、森の民とアブルム王国との橋渡し役になっていると。


 知ってはいても、実際に目の前でフィントの姿を見るまでは、話が大きくなっているだけなんだと思っていた。きっと大げさに脚色されてうたわれているだけなんだろう、と。


 『双子の悲劇』のうたにしても、「簡単に『なんでもいうことを聞く』などと言ってはいけない」、「願いが叶ったからといって思った通りになるとは限らない」という教訓的なうただと思っていた。


 でも、いざ本物の双子を目にすると、皮肉な話だなと思う。

 故郷を離れ、唯一の肉親にもなかなか会えずに仕事をするのは、いくら命びろいしたからといっても、双子の兄弟には酷だろう。

 思わずエドアルトは聞いていた。


「祖国に帰りたいと、元の暮らしに戻りたいと思わないんですか?」


「そうですね……。わたしは祖国ではずっとせっていて、兄に迷惑ばかりかけていました。病床では『早く体を治して兄の助けになりたい』と、それだけを願っていました。その時に想像していた状況とは違いますが、今の自分に満足しています。頻繁ではありませんが兄と会うことはできますし、兄には伝えていませんが、兄が辺境ここにいてくれるだけで安心できるんですよ」


 穏やかに語り晴れやかに笑うフィントに、嘘は感じられなかった。

 コルはにっこり笑って言った。


「病気が治って良かったですね」


「ええ本当に。長話に付き合わせてしまいましたね。さぁ、あなたも病気にならないように、傷薬をぬってください」


 コルが見慣れた薬を塗り終わる頃、アネストとテオが食事を運んできた。


「うわぁ。品数しなかずがこんなに! ご馳走ですね!」


「ちょっとはりきりすぎてしまったか」


 久しぶりに弟と食事ができるからだろうな、とエドアルトは思った。


「ムーサ、アタシも腕を振るったのよ。ここは食材が豊富だし、アネストから知らなかった使い方も教われて、とっても勉強になったわ」


「こちらこそだ。おかげで調理の幅が広がったぞ」


「やっぱり大切な人にはおいしいものを食べてもらいたいわよね」


「違いない」


 テオとアネストはすっかり仲良くなったようだ。 


 食事をしながらこれまでのいきさつを聞いたアネストが、食後のお茶を用意しながらたずねた。


「ところで、シャラール王国にはどうやって入国するつもりなんだ? 今は正面からだけでなく、どこからも入れないぞ」 


 エドアルトは荷物袋から地図を取り出して机に広げた。

 大陸の中心に聖なる森があり、森の横にアブルム王国、森をはさんだ反対側にシャラール王国がある。

 シャラール王国に属した王国を赤く塗りつぶした地図は、聖なる森とアブルム王国、あとは遠く離れた王国がぽつぽつとだけ塗り残されている状態だ。


 便宜上シャラール王国を隣国と言っているが、間に聖なる森を挟んでいるので、厳密に言うと隣ではない。


 アブルム王国の片面は山、もう片面は聖なる森に囲まれている。アブルム王国に入るには、山を越えるか森を通らなくてはならず、天然の守りに恵まれていた。

 聖なる森の中心には森の民の里があり、人間はまっすぐ通り抜けることができないので、中心を迂回しながら森を歩くことになる。


 よこしまなおもいを抱いた人間は森の民の結界にはばまれ、今回のエドアルトたちのように聖なる森のさわりをうろうろするだけになる。つまり森に入ることすらできないので、森からアブルム王国への邪悪な侵入者はいない。


 シャラール王国近くにあるにも関わらず、アブルム王国が今でも比較的平和に過ごせているのは聖なる森と険しい山のおかげなのだ。

 

「王国から出ることはできても入れないということは、シャラール王国にも属国にも同じ結界魔法がかかっていると考えられます。ですから、結界が薄いと思われる大滝から入国するのはどうかな、と」 


 エドアルトは地図上の大きな川を指した。


 この世界の魔法は自然の力を借りて完成する。

 結界魔法も基本は土地にかけるものなのだが、川など流れる水のように、結界の内と外を通って流動するものがある場所では、魔法が成立できるものの弱まってしまう。 


「なるほど。しかし、あの大滝を通って入国するのは大変じゃないか?」


「そこなんですよね」


 シャラール王国一の景勝地である大滝は、大きくて高さもある。

 見るだけなら雄大この上なく素晴らしいのだが、滝壺に落ちて無事でいられる可能性は低い。

 アブルム王国にとっての険しい山や聖なる森と同じで、大滝がシャラール王国の天然の守りなのだ。

 

「でも、結界のほころびはここしか考えられません。なんとか大滝から無事に侵入する方法を考えたいと思うのですが」


「強化した装備で川の流れに逆らわず流されて滝壺に落ちるのが1番早そうだが……一発本番は怖いな」


 うーん、と地図を前にエドアルトとアネストが考えこんだとき、


「あのっ。ここはどうですか?」


 コルが指差したのは、シャラール王国の領土の端、森の民の里と一番近い場所だった。


「確かにそこは道もなく警戒も薄い。普段なら侵入するにはもってこいの場所だろうが、今は結界があるから入れないという話をしているんだぞ」


 アネストがあきれ声を返した。


「はい。でも、きっとここなら、結界が弱まっているはずです」


「ムーサ、どうしてそう思うの? またカン?」


「いいえ。さっき、今は森の民の結界が強まってるって聞いたから。だから、ここなら、森の民の結界とシャラール王国の結界が強くて打ち消しあってるんじゃないかなって」


「なるほど。コル、すごいな。それは思いつかなかった。盲点だったよ」


「どういうことだ?」


 アネストはあまり魔法には詳しくないのか、とエドアルトは荷物袋から糸を取り出して説明する。


「結界魔法は、たとえるならピンと張った糸なんです。この糸が重なった場所には、それぞれの魔法の力が作用します」


「でも、この結界魔法って、どっちもよそ者を入れない系よね? ムーサと騎士クンには悪いけど、これだと、弱まるというよりも、むしろどっちも強化されちゃうんじゃないの?」


 テオはエドアルトがはった違う太さの糸が重なった部分をくるくるとねじった。

 へぇ。テオは吟遊詩人だからか情報屋のタージルといるからか、魔法にも造詣が深いらしい。


「テオさんの言うとおりです。結界魔法は編み物と似ていて、同じ結界魔法なら、別の糸でも反発せずに取り込んで編み上げてしまいます。だから結界魔法が重なっている場所は、他の場所よりも細かく編み上げられることになり、より結界が強まることになるんです」


 エドアルトは2本の糸が重なった部分を細かく編んだ。


「相乗効果で重なった場所の結界魔法自体は強まります。でも、同じ力じゃないから、もうひとつ、もうひとつなにか別の力をここにかけられれば、小さなほころびがすぐ空いてしまうんです」


「なるほど。理解した。密になっているがゆえ柔軟性がなく隙ができやすい、ということだな」


「その通りです、アネストさん」


「それはわかったけど、結界魔法に刺激を与えられる力ってあるかしら? 結界なんだから、通常の攻撃も魔法もはじくでしょう?」


「うたうのはどうかな?」

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