7.それぞれの提案

「うたう?」

「うたが結界に作用するのか?」


 エドアルトとアネストにはピンとこなかったが、吟遊詩人であるテオにはわかったようだ。


「ムーサ、それってもしかして『禁忌の歌』から思いついたの? でも、あれは全部そろわないと効果がないんじゃなかったかしら?」


「はい。でも、揺らすだけならどんなうたでも大丈夫かなって」


「ちょっと待って。コル、『禁忌の歌』ってなんだよ?」


 危険な響きに、エドアルトが眉を寄せる。


「『禁忌の歌』は、うたうたいに密かに口伝されているうたのことだよ」


「吟遊詩人にも同じように口伝されているのよ。伝説の魔王を封印するときに使われたという言い伝えでね。だけど、魔王が封印されたのはずいぶんと昔のことだから、本当に使われたのかも、効果があるのかも、今のアタシたちにはわからないのよね」


 コルの説明とテオの補足に、今度はアネストが眉をひそめる。


「口伝のうたなら軽々しく話したりうたったりするものではないだろう。それに、さきほどの話を聞いた限りでは、今回の魔王はいにしえの魔王とは違うように思えるが」


「あの、おれはただ『結界を揺らすためにうたえばいい』と思っただけです。確かに『禁忌の歌』なら効果も高そうだけど、絶対に『禁忌の歌』じゃないとダメってわけじゃなくて」


「そうそう。アタシが勝手に連想しちゃっただけで、ムーサが言ってるのは補助魔法的なうたのことよね? そうね。最初はそっちを試して、効かなかったら『禁忌の歌』をうたうっていうのはどう? アタシとムーサはすでに『禁忌の歌』を知ってるから、うたう間、騎士クンにちょっと離れていてもらえれば、誰にも聞かれず、秘密も守れるんじゃないかしら?」


「ふむ」

「いちど試してみる価値はありそうですね」


 どれほどの効果があるかはわからないが、ひとまずコルとテオのうたで結界のほころびを揺らせるかどうか試すことで話はまとまった。


 良かった。ようやく出発できそうだ。

 今晩にでも城に報告しようとエドアルトが考えていると。


「……お前たちが想像しているよりも外は酷い有様だ。お前たちだけで行くのは危なっかしい。王に許可を得てからになるが、私も同行しよう」


「いいんですか?」

「心強いわね」

「ありがたいのですが。アネストさんは辺境警備隊長ですよね? 辺境の警備はどうするのですか?」


「一時的に弟に任せる。フィントはこう見えて、なかなかの策士でな。森の民と辺境警備隊員の両方を動かせるんだぞ。アブルムも森の民も結界に頼り切りにならないように、互いの兵士を様々な条件下で演習させてくれる。この前なんか」


「兄さん、その話はそのくらいで。わたしも森の民の代弁者として、今回のこと見過ごすつもりはありません。兄が不在の間、森もアブルムも、よそ者の好きにはさせませんよ」


 たおやかに笑う姿は少年のそれなのに、フィントから静かな炎のような底知れぬ圧を感じた3人だった。


「アナタは一緒に来れないの?」


「残念ながら。ご存じの通り、森の民は他者との関わりを嫌います。今のわたしは森に属しているので、森の民の掟を守らなければならないのです」


「普通なら、森の民の姿なんて、お目にかかれないくらいだもんね」


「矛盾しているようですが、『個人主義の気ままな種族』でありながら、『なにものも侵害しないしされない』のです」


 言葉を選びながら話すフィントは、エドアルトにはどこかさびしげに見えた。本当なら、アネストと一緒に行動したいのだろう。


「わたしの身体のことにしても、森の民の新しい戒めになってしまいましたからね。わたしに負い目があるので、わたしはこれでも自由にできている方なのですよ。わたしも最初は、どうしてそんな掟があるのかと不思議だったのですが。人間よりも寿命が長く、扱う力も強いことを自覚しているからこそ、簡単にいさかいを起こさないように、自然とそうなっていったのでしょう。だからこそ森の民は、受けた恩にも傷にもむくうのです」


「環境や人間を壊さないように、という配慮だな」


「つまり、助けられたら助け返すけど、攻撃されたら攻撃仕返すってことね」


「もし森の民に出会っても失礼のないようにって口酸っぱく言われてたのは、そういう掟だからなんだ」


 エドアルトは今まで、隣人とはいえ森の民のことを、会うこともないからと深く考えたこともなかった。聖なる森を、ただ便利な防衛手段くらいに思っていた。

 この森の奥には、実際に誰かが住んでいて、生活しているんだな。


「皆さんは白い鳥を助けてくださいました。わたしや森の民が直接むかうことはできませんが、森の民わたしたちは全力で皆さんの助けになりましょう」


「ありがとうございます、フィントさん」

「このうえない味方ね」

「心強いです」


「そもそも、私がお前にそんな危ないことをさせられない。私が行く方がよっぽど気が楽だ。まぁ王が、辺境を離れることを許してくださればだが」


「兄さん、それは大丈夫だと思いますよ」


 フィントはそれ以上はなにも言わなかったが、エドアルトににっこりと笑いかけた。


「…………」


 フィントは賢人王のことを知っている?

 少なくとも俺が賢人王の孫だってことはわかっていそうだな。

 『秘宝の鏡』という不思議な道具を持っている森の民なのだから、他にもなにかしら情報を得る手段があるのだろうな。


 賢人王がいない今、辺境警備隊長アネストの同行を許すかどうかの決断は、孫のエドアルトに委ねられている。

 『秘宝の鏡』で城と連絡をとる前に、どうするか決めておかなくては。


「ねぇ、アブルムの外はそんなにひどくなってしまったの?」


「おれがこの国に入るときはそこまでじゃなかったですけど」


 外に故国があるテオとコルの顔が曇る。


「ああ。最近は特に酷いぞ。お前たちの話を聞いてこちらも合点がいった。属国内に入れないのは人間だけでなく、魔物たちもなんだな。各王国の結界から出るつもりがなくとも出てしまった魔物たちは、戻れなくなって結界沿い、つまり道にあふれているんだ。今は外の道を歩くことさえ難しいだろう」

 

 アネストの言う通りなら、聖騎士の腕前があるとはいえ実戦経験のとぼしいエドアルト、歌うたいのコル、筋肉隆々だが吟遊詩人のテオの3人では、シャラール王国にたどり着けるかもあやしい。

 エドアルトの気持ちは決まった。

 

「アネストさん。ぜひ詳しいことを2人で相談したいのですが、お時間をいただけますか?」


「かまわない。その間、テオとコルは先に湯浴みをするといい」


「湯殿があるんですか?」

「嬉しいけど意外ね」


「近くに温泉が湧いているんですよ。わたしが案内しましょう」


 コルとテオがフィントに連れられて出て行ったのを見届けてから、エドアルトは口を開いた。


「さっそくですが、こちらを見ていただけますか?」


 エドアルトは懐から『秘宝の鏡』を取り出した。

 包んでいた布をひらくと、不思議な文様を刻まれた鏡が現れる。


「んん? 刻まれているのは森の民の文字か。ということは、これは『秘宝の鏡』の模倣品か? なかなかよくできているな」


 エドアルトが鏡を包んでいた布で鏡の表面をこすってしばらく待つと、いつものように見慣れた城の執務室が浮かび上がった。

 ピエルの姿はない。

 いつも連絡をとる時間よりもずいぶん早いので、別の仕事をしているのだろう。


「ふむ。王宮によく似ている。いったいどんな仕掛けなんだ?」


「うーん。さすがアネストさん。手強いですね。そうだ。これなら信じてもらえるかな」 


 さらにエドアルトは、指から外して首に下げていた、王家の紋章の入った指輪を取り出した。


「これは……貴方はもしや、エドアルト様、ですか?」


「そうだ」


 アブルム王城に入ることの少ないアネストだったが、さすがに賢人王の孫であるエドアルトの存在は知っていたらしい。

 タイミングよく執務室に戻ってきたピエルが鏡の中に現れた。


「エドアルト様。いつもより早いようですが、なにかございましたか?」


「辺境警備隊長であるアネストも使者として協力してくれるそうだ。かまわないか?」


「もちろんです。アネスト隊長が一緒ならこちらも安心できます。隊長殿、どうかよろしくお願いします」


「あ、あぁ」


「ピエルは、託宣師サミィから話は聞いたか?」


「はい。賢人王がシャラール王国に囚われていないようで安堵いたしました。助けがいるという聖騎士のことが心配です」


「一刻も早く向かおう。難民の方はどうだ?」


「そろそろ許容人数が厳しくなってまいりました。食料の方も、この勢いで長引くとなると、少しずつ制限をかけていかなくてはならないかと」


「民の不満が高まらないようにしなくてはならないな」


「せっかく他国民が集まっているのですから、各国の名物を集めた催しをしようと現在協議中です」


 いつもの調子で、さらに細々したことを話していて、エドアルトはうっかりアネストがいることを忘れていた。

 すっかり話し終え、鏡を閉じたところで、アネストが再び土下座していてぎょっとする。


「エドアルト様! 大変、大変なご無礼を働きました!」


「はは、それはもういいから。できれば私のことは、いち騎士のように扱って欲しいんだ。私は今、身分を隠して使者に立っている」


「おそれながら、身分を隠している理由を聞いても?」


 エドアルトはコルへの疑惑をそのまま話そうかと思ったが、先入観を与えるよりも、アネストの感覚でコルを観察してほしいと思い直した。


「……一緒に使者となっている者が流れ者だから、用心のために装ったのだが。どうも、テオは姫騎士アデルの夫君ふくんのように思う」


「それは、私もさきほど夕食を作りながら話した感じ、本人についても、夫人と子についての話にもおかしな点はありませんでした。あとは……そうですね。実力を知るためとでも言って、練習がてら一戦交えさせていただけたら、ハッキリするでしょう」


「それはちょうどいいな。コルに剣を教えると約束しているし」


「エドアルト様がですか?」


「俺は騎士って設定だから。騎士って、なんだかんだと世話を焼くものなんだろう?」


 認識のあやまりを正そうとしたアネストの口が途中で止まる。

 聖騎士レックスが辺境ここを通り抜ける時に、アネストはレックスからエドアルトの話を聞いた。話を聞くだけでも、レックスはなにかとエドアルトを連れ回しているようだった。


 最初は「なんて不敬なことを」と思ったが、話しているレックスの様子から、レックスにとってのエドアルトが、自分にとっての弟のような存在なのだと感じ、小言は最小限にしておいた。


「……聖騎士レックスがはやく見つかるといいですね」


「レックスのことだから、なにがあったって、きっと平気な顔をしているだろうけどね」


 言葉とは反対に、エドアルトは不安そうな顔をしていた。

 エドアルトにとっても、レックスが大事な存在だというのがアネストにも伝わってきた。


 聖騎士レックス、お前からの依頼、これから誠心誠意はたさせてもらおう!


「そうでしょう。では、今からは私もエドと呼ばせていただいても?」


「ぜひお願いします。よろしく、アネストさん」

 

 エドアルトは作った笑顔ではなく、人なつっこい笑顔を浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

消えた賢人王を探せ! 高山小石 @takayama_koishi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ