4.無言の託宣師

 こうして、騎士のふりをした賢人王の孫エドアルト、歌うたいの少年コル、筋肉吟遊詩人テオの使者3人は、それぞれ武器と防具を手に入れました。

 その代価は、お金ではなく、褐色の商人タージルの祖国の情報を持ち帰ることにしてもらいました。

 3人はタージルに必ず戻ることを約束し、今後の方針を決める手助けになればと、占い師を訪ねることにしたのでした。


   ☆


 タージルの情報通り、城下町の外れに小さな庵があった。


「あのー。すみません」


「占ってもらいたいんだけど……お留守かしら?」


 扉代わりになっている布を割り入って、エドアルトとテオが声をかけたが、誰も見当たらない。

 部屋は広い一間で薄暗い。

 粗末な敷物がひかれ、奥に小さな物入れが、手前に手のひらほどの水晶玉がごろんと転がっている。

 家具らしいのはそれだけだ。


「もしかして、そこに倒れてるのが占い師さんじゃあ」

 

 コルの言葉に目をこらすと、敷物に見えたのは、奥を向いて横になっている人間だった。


「まさか」


 見覚えのある姿に、エドアルトはかけよっていた。

 まず毒などの有無を調べる魔法をふりかけたが、反応はなかった。

 次に病気の可能性も調べたが無反応だったので、占い師の息を確認し、脈をみる。


「良かった。大丈夫。生きてるよ。毒でも病気でもなさそうだ」


「この人、とっても顔色が悪いわ。ちょっと待ってて、なにか食べるものを持ってくるから。ムーサも手伝ってくれる?」


「はいっ」


 コルはテオに連れられて庵を出て行った。

 好都合だ。

 エドアルトは、この時ばかりはテオの芸術神ムーサ好きに感謝した。


 目の前で倒れている影がうすい青年に、エドアルトは何度も会ったことがある。

 賢人王が大事にしている『無言の託宣師』という異名を持つ、稀代の占い師サミィだ。


 こんなところで賢人王の手がかりが見つかるとは思わなかった。

 サミィなら賢人王がどこにいるのかも、どうしているのかも、すべて知っているだろう。

 たとえ知らなくても、占えばすぐにわかる。

 てっきり賢人王と一緒にさらわれたのだと思っていたが、まだこの国にいたとは驚きだ。

 いや、1人で逃げてきたのか?

 聞きたいことは山ほどある。コルとテオが戻ってくる前に話がしたい。


 色素のないサミィと城で会うとき、いつも真っ白な服を着ていることもあって、白い人形のようだったが、今は全体的に薄汚れている。

 エドアルトは魔法で占い師の顔と身体と服を洗浄した。


 部屋の方が清掃されていて自分自身には無頓着、か。相変わらず理解に苦しむ人だなぁ。


 見慣れた白い姿になってしばらくあとにサミィは目をあけた。そこだけ色を持つ瞳の近くに小さな飲料水を浮かべると、サミィは体を起こして口を近づけ喉を潤した。

 意識を取り戻して目を開けていても、サミィはどこか浮世離れして見える。


「大丈夫か? いったいなにがあったんだ?」

「……」


「賢人王は無事なのか? 今どこにいるんだ?」

「…………」


「聖騎士レックスはシャラール王国にいるのか? 生きているかだけでも教えてくれ」

「………………」


 エドアルトはため息をもらした。


 稀代の占い師でありながら『無言の託宣師』と呼ばれるのは、『有言』を引き出せる者がいないからだ。

 ただ賢人王だけには、どんな問いかけにも即座に答えを返すらしい。

 エドアルトは託宣の現場に居合わせたこともあるが、その時、賢人王が特別なことをしていたようには見えなかった。エドアルトが気づかなかっただけで、なにか手順があるのかもしれない。


 強力な手がかりを目の前にしているのに、俺にはどうしようもできないのか。 

 エドアルトは、身を起こしてただぼんやりした様子のサミィを見つめることしかできなかった。


 最初に停滞した空気を破ったのは、良い匂いだった。


「お待たせしちゃったかしら。みんなのお昼も作ってきたわよ」


「エド、テオさんもタージルも、すっごく調理が手慣れてたよ」


「アタシは旅をして長いし、タージルは品質を確かめるために自分で料理するからですってよ。それよりムーサ、テオでいいって言ったでしょ。アタシだけさん付けなんて、特別ってこと?」


「ええっ。あの、テオさんは年上だから」


 筋肉吟遊詩人は、コルのずいぶん年の離れた兄か、コルの若いお父さんくらいに見える。


「特別な呼び名をしてくれるんなら、アタシのことも芸術神ムーサって呼んでいいのよ。お互い尊敬する神様の名で呼び合いましょうよ」


「うーん。同じ名前だったらきっと混乱しますよ」


「あらあら。別の神様の名前でもいいのよ。アタシを何の神様に例えてくれるの?」


「ええっと」


 エドアルトにはテオの体つきから武神か、可愛らしい性格から花神の名前が浮かんだが、コルは真剣に考えた末にこう言った。


「ううーん……テオさんはテオさんですね」


「うふふ。なににも例えられないってことかしら。それはそれで嬉しいわね」


 俺はいったいなんの会話を聞かされているんだ?

 エドアルトが胸焼けしてきたくらいに、コルがサミィのことを思い出してくれた。


「あっ、占い師さん、気がついたんですね。良かった」


「そうそう。アナタには胃に優しそうなのを作ってきたわよ。これならきっと食べられるわ」


「……」


「あー。この人、さっき目が覚めたばかりだから。すぐには話せないし、食べられないかもしれないです」

 

 エドアルトの言葉で、ぼんやりした様子のサミィに、テオもコルも納得したようで、2人は訪れた国の食べ物の話で盛り上がりながら食事の準備を始めた。

 食べ物をつめたカゴと一緒に持ってきた清潔な敷き布の上に、食べ物と飲み物を次々と並べていく。まるでピクニックのようだ。


 楽しい雰囲気の中でなら、サミィも心を開いてくれるかもしれない。


 エドアルトの願いもむなしく、食事中もその後も、サミィは一言も話さなかったし、食事にも手を伸ばすことはなかった。


   ☆


「占い師さん、あのままにして大丈夫かな?」

「それにしても、少しもお話してくれないとは思わなかったわね」


 庵をふり返りながらのコルとテオに、エドアルトは考えていたことを口にした。


「俺はこれから地図を調べます。シャラールの属国に入れないのは結界魔法がかかっているからでしょう。シャラール王国にも入れないのなら、属国した国々と同じ結界魔法がかけられているはずです。地図でシャラール王国の地形を確認すれば、侵入できそうな結界の弱い箇所を見つけられると思うんです」


 実のところ、地図なら執務室で飽きるほど見てきた。すでに侵入できそうな場所の目星もついている。

 それよりも早く1人になって、託宣師サミィのことを城に報告したかった。


「了解よ。じゃあアタシはひとまずタージルのお店に戻って報告がてら、他に情報が入ってないか確認するわ。ムーサも一緒にどうかしら?」


「すみません。おれも、ちょっと調べたいことがあるので」


「そうなの。残念だけど、仕方ないわね。タージルとの話が終わったら、アタシは広場でひと稼ぎするわ。もし早くムーサの手があいたら、昨日みたいに一緒に広場でうたいましょ。待ってるわ」


 遅くとも夕食時には同じ宿屋に集合して報告会をすることになった。

 城へと向かいかけたエドアルトの足がピタリと止まる。


 コルはなにを調べるんだ?


 気になったエドアルトは、城に報告するのは後まわしにして、コルのあとをつけた。 


 コルは市場で果物を何種類か買うと、先ほどの占い師の庵へと入っていった。

 エドアルトは外から、そっと耳をそばだてる。


「あの、大丈夫ですか? 果物なら食べられそうですか?」


 察するに、サミィは置いていった食べ物にも手をつけていなかったようだ。 


「さっきはすごく辛そうな顔をしてたから、ずっと気になっていたんです。占い師さんも、シャラール王国か属国になった国の出なんですか? 入れないことで、家族と離ればなれになってしまったとか……」


 エドアルトは、先ほどずっと見ていたはずのサミィの表情が思い出せないでいた。

 サミィのことを、元から人形のようでつかみどころのない人物だと思っていたので、表情など気にもしていなかったのだ。


「すぐには無理だけど、絶対に帰れるようにしますから。元気だしてくださいね」


 サミィは生まれも育ちもこの国なんだけどな。

 コルの方向違いの励ましに、エドアルトは苦笑いする。


「おれ、この国に来た時、どうしていいかわからなくて途方にくれてたんです。でも、そんなおれに、この国の人たちは優しく言ってくれました。『この国には賢人王がいるから、なにも心配いらない。疲れたならここで休んでいけばいい』って。この国の人たちは、本当に賢人王のことを信じているんですね。大変な状況になっていても、誰も不安におしつぶされないで、いつも通りに自分の仕事をして、よそ者のおれにも親しげに声をかけてくれた。それでおれもやっと、おれのできることをしようって思えるようになったんです」


 やっぱりおじいさまは素晴らしいな。

 国におらずとも、表に出なくとも、賢人王という存在がアブルム王国民の支えになっている。


 エドアルトは自分が褒められたみたいに胸があたたくなった。


「それでおれ、まずはお返ししなくちゃって思って。前向きに考えられるようになったお返しに、使者に志願したんです。最初は、アブルムこの国のことに他国民のおれなんかが出しゃばったら悪いかもって思ったんですけど。この国の人たちは、他の国の人たちのことで忙しそうだったから、手の空いてるおれがしてもいいかなって。あ、使者はおれだけじゃなくて、頼りになる2人もいるから大丈夫ですよ。必ず、シャラール王国と話し合いができるようにしますから。もう少しだけ待っていてください! ……それだけ伝えたくて来たんです。体調の悪い時に押しかけてすみませんでした。ゆっくり休んでくださいね」


 すぐにコルが出てくると思い、エドアルトはあわてて身を隠したが、出てきたのは声だけだった。


「わぁ……。この水晶玉って光るんですね」 


 水晶玉が光るのは託宣の時だけだ!

 エドアルトは庵の中に入っていた。


「あれ、エド? どうして」


「静かに」

 しっと唇の前で指をたてる。


 託宣師サミィは、両手に持つ水晶玉の淡い光に瞳を揺らしながら、言葉を紡ぎ出した。


「……森の中で、白い鳥を連れた守護者が待っている」


「教えてくれ。聖騎士レックスは無事なのか?」


「……助けがいる」


「なら、生きているんだな。良かった」


 賢人王のことも聞きたい。けれど、コルがいる前では口に出せない。


「コル。悪いけど、テオさんを呼んできてくれる?」


「わ、わかった」


 コルが行ったのを確認してから、エドアルトは尋ねた。


「王は? おじいさまは無事なのか? どこにいるんだ?」


「…………」


 水晶球から光が失われ、あらぬ場所を見ていたサミィも我に返ってしまった。


 どうして?

 眉を下げるエドアルトに、意外にもサミィは言葉を続けた。


「……我が王は、私に、なにも言わずに姿を消したのです」


「えっ」


「私は王に拾われた身。もう私の力は必要なくなったのだと思い、私も城を出ました」


「王と一緒にいたわけではなかったのか」


「今まで王のためだけに生きてまいりましたので。置き去りにされてしまって、どうすればいいのかもわからず、無為に日々を過ごしておりました」


「無理もない」


 エドアルトが幼い頃はサミィにやきもちをやいてしまうほど、孫の自分より賢人王の近くにいたのがサミィだ。

 サミィの喪失感は、孫の自分と同じか、それ以上だと想像できる。


 託宣にはかなりの集中力がいると聞く。

 賢人王の問いかけだけですぐに集中状態になれるサミィはまさに稀代の占い師だった。

 それが理由もわからず賢人王と離れてしまった今のサミィが王のことを占えないのにもうなずける。


「よく今、占ってくれたな。礼を言う」


「それが……先程の者の言葉を聞いていて、私は思い違いをしていたのかと思い至ったのです。私は置き去りにされたのではなく、信頼されていたのかもしれない、と」


 賢人王がサミィを信頼し任せたのだとしたら……。


「……それは、『賢人王が自ら姿を消した』ということか?」


「はい。我が王に、なにかお考えがあって、姿をお隠しになったのではないか、と」


 そう考えたことはなかったので、エドアルトもすぐには考えがまとまらない。


 でも、そう言われると、サミィが無事にアブルム王国にいるのがなによりの証拠のようにも思えてくる。

 サミィはいつも賢人王の影のように、王と一緒にいた。

 白い人形のようなサミィが『無言の託宣師』だとわかる人にはわかる。

 もし賢人王をさらうなら、稀代の占い師であるサミィも一緒に連れさった方が都合もいいはずだ。 

 

「おじいさまは、どうして1人でお出かけに……」


 思考の迷宮におちいる前に、勢いよく布を割ってテオが入ってきた。


「占ってくれたって、本当なの?」


「あ、ああ。そうなんです。『森の中で、白い鳥を連れた守護者が待っている』って、どういう意味なんですか?」


「皆様の前で言ったのなら、皆様に関係あるのでしょう。私はただ降ってきた言葉を伝えるだけ。私にも意味はわかりません。森と言えば、この先にある『聖なる森』。そこに行けば自然と答えもわかるかと」


「ありがとうございます。占い師さん」


 テオの後ろからひょっこり顔を出し、笑顔でお礼を言ったコルにサミィは微笑んだ。


 それを見て、エドアルトは思い出した。

 賢人王といる時のサミィは、いつも穏やかな笑みをたたえていた。

 昔も今日も近くにいたのに俺はなにを見ていたんだ。いや、なにも見ていなかったのか。


「皆様、どうぞこちらへ」

 ゆっくりと立ち上がったサミィは、エドアルト、コル、テオを庵の中央へと呼んだ。


 膝をつき頭を垂れるエドアルトたちの上に、サミィが掲げた水晶玉から色とりどりの花びらが舞い降りては消えていく。


「道を求める者に祝福を。皆様に信じる者の加護がありますように」


 サミィは祝福の魔法を3人にかけてくれた。

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