3.黒い噂
こうして、使者は、騎士のふりをした賢人王の孫エドアルト、歌うたいの少年コル、筋肉吟遊詩人テオの3人に増えたのでした。
日も落ちたので、吟遊詩人と一緒に行動するのは翌朝からになりました。
エドアルトとコルはさきほど稼いだお金で、今晩の食事と宿をとることができました。
☆
2人はそれぞれのベッドに入ると、明日に備えて早々に灯りを落とした。
エドアルトはすぐにでも城と連絡を取りたかったが、隣のベッドで横になっているコルの気配が定まらない。
1人部屋にしたかったけど、そっちの方が高いからって2人部屋になっちゃったんだよなぁ。
エドアルトは落ち着かない気配にそっと声をかけた。
「コル、眠れないのか?」
「うん。なんでかな。いつも横になったらすぐ寝ちゃうのに」
「俺が余計な心配かけたからかな」
「それは関係ないよ! おれ、うたって稼いでるから、文無しでも気にならないんだ。むしろ、大金持ってるほうが気になっちゃうよ」
かすかに笑う気配に、エドアルトはほっとした。
「俺さ、さっき、コルが使者だって言ってくれて、嬉しかった」
「だってそうだろ?」
「そうだけどさ。コルの歌、すごかったから。おまえ実は、俺に隠してるけど、すごい歌うたいなんじゃないのか?」
「あれは……おれだけの力じゃない」
「確かに、あの吟遊詩人もうまかったな。でも俺は、コルの歌、すごいと思ったよ」
「ありがと。そうだ。あの人なら禁忌の歌も、知ってるかも、しれない……」
コルの声がかすれて、エドアルトには聞き取れなかった。
「え? なんの歌だって?」
「ごめん、エド。俺、やっと眠くなったみたいだ……おやすみ」
「あ、ああ。おやすみ」
本当に眠気がさしたらしく、エドアルトの返事も届いたかどうか。すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
コルはすっかり寝てしまったようだ。
疲れてたんだな。無理もない。
使者に志願してから、知らない人間とずっと一緒だったんだ。
そう思うエドアルトも、できるなら今すぐ寝てしまいたかったが、そういうわけにもいかない。
エドアルトは音を立てないように気をつけて、ベッドの中でコルの後頭部が見えるように座ると、懐の中から手のひらにおさまる大きさの『秘宝の鏡』を取り出した。
包んでいた布で鏡をこすり、しばらく見つめていると、見慣れた執務室を背景に側近ピエルの姿がうかびあがった。
「エドアルト様。旅の様子はいかがですか?」
驚いた様子もなく、静かにピエルが尋ねた。
聖騎士レックスとエドアルトが出かける時、いつも連絡用にこの鏡を使うので、どちらも慣れたものだ。
鏡を使っている間は音がもれない結界が自動的に周囲にはられるので、誰かに聞かれる心配はないが、周囲の音も聞こえなくなる。うっかりすると鏡に話しかける怪しい人物になってしまうので、注意は必要だ。
声がもれないとわかっていても、エドアルトはひそひそ声になっていた。
「まだ国を出てないんだ。ああ、使者がもう1人増えたよ」
「王国を愛する者が他にもいたということですね。喜ばしいことです」
「……そうだな」
王国云々というより、あの吟遊詩人は、ただコルの声に惹かれただけのように見えたが、それは言わないでおいた。
「エドアルト様。必要なものはございませんか? おっしゃっていただければ、お届けいたします」
エドアルトは「お金」と言いかけて止めた。
「いや、大丈夫だ」
「そうですか。では、本日入った情報をお伝えします」
「頼む」
「まず、シャラール王国のことですが、どうもサブハ王の力ではないようです。サブハ王の背後に魔王と呼ばれる存在があることがわかりました。具体的な人物像はまだわかっておりませんが、魔王が指揮をとり、周辺の国々を掌握していることは間違いありません」
ピエルは淡々と言葉を続けた。
エドアルトが眠りにつけたのは、夜中を過ぎた頃だった。
☆
翌朝、宿屋の前で、約束通り筋肉吟遊詩人が待っていたようだ。
宿屋の亭主と話すエドアルトの耳に、コルと吟遊詩人の会話が聞こえてくる。
「おはよう、
「おはようございます。テオさんも、お元気そうですね」
「ムーサの顔が見られるのなら、いつだって元気よ。あら? 騎士クンの姿が見えないけど、もう辞退したのかしら?」
「まさか。エドもすぐ出てきますよ。武器屋を紹介してもらってるんです」
「それならアタシの知り合いにいい武器屋がいるわ。さ、ムーサ、行きましょ」
「え、ちょっと。エドがまだ……」
エドアルトは慌てて宿を飛び出した。
「テオさんっ。勝手にコルを連れて行かないでくださいよっ」
ほんとこの吟遊詩人はコルしか見てないな!
エドアルトはやれやれと心の中でため息をつきながら、止まらずに進むテオに腕を引かれるコルを追いかけた。
テオの案内で訪れた武器屋は、立ち並ぶ店の中でも小さな店舗だった。
早朝だが、どの店も開店準備であわたただしい様子だ。
朝の忙しい時間にいきなり来て迷惑じゃないのか。
心配するエドアルトの前で、吟遊詩人が声を上げた。
「タージル――っ。アタシー、テオよぉ。開けてぇー」
テオの美声に、しばらくして扉の鍵が開く音がした。
どうぞん、とまるで自分の店のようにテオが扉を開ける。
「へぇ」
「うわぁ」
店に入るなり、エドアルトとコルは目を丸くした。
悪くない質の多彩な武器が、所狭しと並べられている。
店主の目は確かなようだ。
「テオ、自分なぁ。朝っぱらから勝手にどっか行っといて、また戻ってくるならそうと……って、客つきかーい」
小柄な褐色の少年が両手に荷物を抱えて奥の階段から降りてきたと思ったら、満面の笑顔になった。
「いらっしゃ~い! タージル武器屋へようこそ。どれも自慢の品やで。ようさん買うてってや!」
褐色の少年タージルは棚にさっと荷物を置いて、こちらに急ぎ足でやってきた。
「アタシとタージルの出身国は違うけど、同じ流れ者でね。それが縁で知り合ったのよ。タージルは情報屋でもあるから、アタシの国の情報も聞けて助かってるの」
「せや。もともとオレは、西からシャラール王国へ出稼ぎに来とってん。シャラールでテオと知りおうたんやけどな。シャラールが妙に動き始めた頃から、
ぼやくタージルに、エドアルトは聞いてみることにした。
「シャラール王国にいたのなら、魔王が何者か知ってるか?」
「ま、魔王?」
「あらあら。伝説の魔王がいるの?」
コルとテオが声を上げる中、タージルの表情がギラリと変わった。
「おっと騎士はん。そっから先の情報は有料やでぇ。タダでは話せまへんなぁ」
「これで足りるかい?」
エドアルトがカウンターに銀貨を置いたので、コルは驚いた。
「そのお金どうしたの?」
「さっきの宿屋でいらない物を買い取ってもらったんだ」
エドアルトが元々着ていた服を売ったのだ。
小銭にでもなればと期待もしていなかったが、別の泊まり客の目にとまり、思っていたよりもお金になって、エドアルトも驚いた。
「タージル。アタシたち、これからシャラール王国に使者として出向くのよん。なにか知ってるんなら教えてほしいわん」
「テオが使者ぁ? う~ん。ちぃと安い気ィするけど、まぁええやろ」
しっかり銀貨をしまいながらタージルは話し出した。
「魔王と呼ばれてんのは、シャラール王国で参謀騎士やったザイードや。もともとザイードは頭の切れる騎士やったから、ぬるいサブハ王が許せへんかったんかもしらん。ザイードの肩書きがただの騎士から参謀騎士にまで上がっとるから、初めはサブハ王も、ザイードの働きで国土が増えることを純粋に喜んどったみたいやで。ま、それだけやったら、魔王なんて呼ばれへんわなぁ」
声を落としてタージルは続けた。
「ザイードが魔王って呼ばれるようになったんは、ななつ目の国を手に入れたくらいからやったわ。その頃には、いつの間にかサブハ王の姿が見えんようなってて、ザイードがシャラール王国を動かしとった。そのザイードの様子がおかしくなってん。今まで人や建物の被害も最小限に、効率良く条件を出して掌握してたんが、計画もなんものうなってな。力押しで落とすようになった。治世にも力を入れてたんが、なんや、適当になってきてな。他の国かてアホやない。お互い納得の条件を出し合って手を結んで来たんが、条件も守らへんわ、なおざりやわじゃあ、黙っとるわけないわな。でも、サブハ王に反旗を翻そうにも、サブハ王の姿はあらへん。実権を握ってるんはザイードや。ザイードさえ倒せばええ! そう考えたあちこちの王国の有志が集まって、ザイードを討つことになったんや……けどな」
タージルは言葉を切った。
「討たれへんかってん。噂で聞いただけやけど、ザイードの無双っぷり、あれはもうただの人間ちゃうで。せめて逃げよう思て、シャラール属国の人らが国から出ようとするやん。出られへんねんて。空はいつの間にか雲におおわれて、青空すら見えへん。かつての国の面影はのうなって、今は、くら~い地獄さながらな光景が広がっとるそうや……」
タージルが話し終えた後には重々しい空気だけが残った。
誰も口を開かない。
ふぅん。このタージルとやら、情報屋というのは本当らしいな。
やはり使者よりも隊を組んで出向く方が得策かもしれない。それにしても、だ。
「で、どこまでが本当なんだ?」
「ちっ。ひっかからへんかったか」
「え? どういうこと、エド? 今の話は嘘?」
「こんな時にひどいわ!」
テオからも非難する目で見られ、タージルは苦笑した。
「ほとんどホンマやって。オレが脚色したんは最後だけや。『属国の人らが出られへん』のと、『くら~い地獄さながらの光景』。なかなか詩人やったやろ? 参謀騎士ザイードが魔王と呼ばれてるんも、メチャメチャ強いんも、空が雲におおわれてるんも、全部ホンマのことや。なんや魔法がかかってるんは間違いないねん。現にオレら、国に帰られへんねんから」
うつむいたタージルを庇うようにテオが続けた。
「これは本当に本当のことよ。アタシも、どうしても国に帰れないのよ。だからこうして、タージルの情報を頼りにしてるんだからね」
こんな時に悪ノリしすぎ、とテオはタージルを小突いた。
テオは手加減しているのだろうが、なかなかに痛かったらしく、タージルが本気で涙目になっている。
一度でもシャラール属国を出てしまうと、なぜか再び入れないことは、エドアルトもピエルに聞いて知っていた。
シャラール王国と属国から出ることはできても、なぜか入れないのだと。
だから、今のアブルム王国は難民であふれかえっている。
これ以上難民が増えては、いくら豊かなアブルム王国といえども、もたなくなる。
早くしなくては。エドアルトの気持ちがはやる。
「ま、これであきらめついたやろ? オレの見る限り、あんたらだけやったら魔王と対峙するんも無理や。テオも、妙なことに首つっこみなや」
タージルの言い方には腹が立つが、エドアルトも同意見だった。
確かに、俺たちだけじゃ戦う以前の問題だ。今晩にでもピエルに小隊を手配させて……。
「でも!」
コルがエドアルトの思考を遮った。
「でも、誰かが行かなくちゃ、この国も同じようになっちゃうってことですよね。だったらおれは行きます! 力でかなわないのなら、なにか方法を見つけます! 絶対、この国をそんな風にはさせない!」
エドアルトははっとした。
そうだ。タージルも今言っていたじゃないか。
力でなんとかできるなら、すでに他国軍がどうにかしていたはずなんだ。
でも、力ではかなわなかった、と。
まず違う方法を見つけるのが先決だ。
エドアルトはうつむきかけていた顔を上げた。
「コル。もちろん俺も一緒だよ」
「ムーサが行くのならアタシも行くわよっ」
コル、エドアルト、テオが、タージルを挑むように見た。
「ちょお、そんなニラまんといてぇや。オレかて、これでも、どうにかして欲しいと思てるねんで。やって、自分の国のことでもあるんやし。それに『あんたらだけやったら無理』ってゆうたんや。無理やとはゆうてへん」
「あらあら、それって、どういうこと?」
「なんっか足らへんねん。けど、なにが足らへんのかは、オレにはわからへん。町の外れに占い師が住んどるらしいから、そいつに聞いたら教えてくれるやろ」
この情報は特大のオマケやでぇと胸をはるタージルに、コルは笑顔を向けた。
「ありがとうございます、タージルさん」
「うわ。さん付けとか気持ちわるぅ。タージルでええよ。ところで、手ごろな武器と防具はどうや? 持ってったほうが無難やでぇ」
にっかり笑うタージルは、すっかり商人の顔に戻っていた。
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