1.アブルム城

「失礼します。……エドアルト様、使者の件でございますが」

 側近であるピエルが、賢人王の代わりに執務中の少年に遠慮がちに話し始めた。


「今日も誰も来なかった、か?」

 書類から顔も上げず、賢人王の孫エドアルトがため息まじりに答えた。


 聖騎士レックスの評判が良かっただけに、戻ってこない聖騎士の噂は想像以上に広まっていたらしい。

 使者をつのって3日たっても、志願者は1人として集まらない。

 これでは、聖騎士でなくとも人数がいれば大丈夫だろうという目論見もくろみも成り立たない。

 なにか他に良い案を考えなくては。


 眉を寄せるエドアルトに、ピエルは言った。

「いえ。コルと名乗る、1人の剣士がやってまいりました」


 エドアルトは顔を上げた。

「それにしては、どうしてそんなに浮かない表情なんだ?」


「エドアルト様。剣士は中庭に待たせております。こちらから一目ご覧下さい」


 エドアルトはピエルに続いて回廊に下りると、木立に隠れて様子をうかがった。


 城内にある噴水を囲んで彫刻のならぶ中庭に、1人の少年が所在なげに立っていた。

 16歳のエドアルトと同い年か年下に見える。

 剣士にしては細すぎるし、剣を扱う者特有の安定感もない。むしろ少年からは大きな魔力を感じる。


「ピエル、彼は本当に剣士なのか? 魔法士の間違いでは?」


「私も尋ねたのですが、聖騎士にあこがれて剣士になったばかりとかで。とにかく『使者になりたい』の一点張りで帰らないのです」


「ふぅん。なにか理由があるのかもしれないな。私が聞いてみよう」


「何者ともわからない者に、自ら会うのは危険です!」


「大丈夫だ。私の顔は知られていない。騎士の格好をすれば気づかれないだろう」


 さっそく鎧をまとい騎士を装ったエドアルトは、中庭に近づき、あらためて少年を観察した。


 随分と待たせているからか、不安そうにきょろきょろしている。

 野外用の椅子があるのに、座った様子もない。


 やはり剣士には見えないが、城内のあちこちにかけてある防衛魔法に目を奪われる様子もなかったので、魔法士でもなさそうだ。


 剣士でも魔法士でもない者が、いったいどういう理由で使者に志願したんだ?


 笑顔を作ると、エドアルトは少年に近づいた。

「きみ、使者志願者なんだって? 剣士だって聞いたけど」


「ごめんなさい! 実は、おれ、剣士じゃないんです」

 少年はいきなり頭を下げた。


「おれ、本当は、あちこち旅する歌うたいなんです。いろんな国を旅してて、この国も途中で寄っただけだったんだけど、すごくいい国で、ついつい長居してたんです。そしたら使者を募集してるって聞いて。なんでもいいから、この国の役に立ちたいなって。その、使者だったら、おれにもできると思ったから。だけど、その後に聖騎士様が戻られてないって話を聞いて、せめて剣士を名乗ったほうがいいかもって、嘘ついたんです」


 一気に話し終えた後、少年は再び、嘘をついてごめんなさいと謝った。


「きみが嘘をついた理由はよくわかったよ。でもね、聖騎士の話を聞いて危険だってわかっただろう? それでも行きたいの? 騎士の俺が言うのもなんだけど、城の騎士は誰も行きたがらないんだ。聖騎士は僕らが束になってもかなうような相手じゃなかったからね」


「すごい聖騎士様だっていうのは聞きました。でもおれ、この国が好きだから」

 少年は、まっすぐエドアルトの目を見て言った。


「あっちこっち旅してたからわかるんですけど、この国の雰囲気って言うか、空気が、とってもいいんです。これってすごいことなんですよ。もしシャラール王国と話し合えなければ、変わってしまうかもしれない。それは嫌だから、なんでもいいから力になりたいんです!」


「……」


 アブルム王国を守りたいと思っているのはエドアルトだって同じだ。いや誰にも負けはしない。

 けれど自分は、この少年のようになにかしただろうか。

 賢人王に代わって働いてきたけれど、賢人王の孫という立場に甘んじていなかったか。

 目の前の少年は、アブルム王国民でもないのに、危険を承知で使者になろうとしている。


 残念なのは、この少年だけでは成功できるとは思えないところだ。

 それに、聞く限りアブルム王国をおもんぱかっての行動のようだが、まったく裏がないとも言い切れない。


 なにより、エドアルトはずっと悔やんでいたのだ。

 使者の話は最初、聖騎士レックスと賢人王の孫エドアルトの2人でつとめる予定だった。それをレックスが「どうもキナ臭いんで、今回は自分1人で行かせてください」と譲らず、聖騎士がそこまで言うならと折れてしまった。

 もしエドアルト自身も使者を務めていれば、少なくとも今みたいにやきもきするのを耐え続けるような状況にはならなかったんじゃないか。


 賢人王と聖騎士を心配しながら、ただ帰りを待つことに疲れたエドアルトは、つられるように口にしていた。


「……俺も、きみと一緒に使者になるよ」


「えっ?」


「1人より、2人のほうが安全だろ」


「それはそう、だけど」


「じゃあ決まりだな。俺たち『友達』ってことにしないか。俺はエド、よろしくな」


「あ、はい。おれはコル。よろしくお願いします、エドさん」


「エドでいいよ、コル。友達だろ?」


 エドアルトの言葉に、初めてコルは満面の笑顔になった。

「よろしく、エド」

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