女の子のアレがみたい

 野田芳樹の自宅は家族が暮らす母屋に、会計士の父親がかつて仕事で使用していた事務所が隣接している。一階が自動車のガレージになっていて、二階が事務所。しかし、新しく事務所が移転したため自宅の事務所はもう使われておらず、野田の第二の自室と化している。彼の父親が使用していたと思われる書斎やソファセット、事務デスクといっしょに、ゲーム機やパソコン、エロ本にマンガ、ゲーム雑誌などであふれていて、壁には美少女恋愛ゲームのポスターが貼られていた。

 野田の家を訪ねると大抵この場所に通される。ここは居心地のいい秘密基地のような場所だった。

 ぼくは事務デスクに着いて、女の子の絵を描いていた。『ストリートファイターⅡ』に登場する春麗。ぼくはストⅡよりストゼロの春麗の方がすきだ。ぴったりとしたコスチュームがエッチでカッコいいし、なにより、どことなく水谷紗希子に似ているのがいい。

「いっちゃん、おれ、作戦考えたわ」

 野田芳樹は太った身体をまるめて、プレイステーションのコントローラーを握っていた。プレイしているのは『闘神伝』という武器を使った3D格闘ゲームだ。

「さくせん? なんの」

「だーかーら、可愛い女の子のまんこを生で拝見する作戦だよ」

「まだそんなこといってんの?」

「おれは本気だっての」

 野田はエリスという少女の短剣使いを操作しているのだが、身振りのおおきな必殺技を使ってわざと場外へ飛び出している。エリスは必殺技を出すと「いくよー!」と掛け声を発し、場外へ落ちると「きゃああ」と悲鳴をあげる。すなわち、「イクーっ、きゃああっ」というエロい言葉を意図的に口走らせようとしているのである。じつにばかばかしい。

「あー、くっそ」

 どうにもうまくできず、野田はコントローラーを投げ出した。短く刈った髪をしゃりしゃりと掻き毟り、半身をこちらに向けた。

「作戦。聞きたい?」

 いや、いい。と首を横にふりたいところだけど、

「なに?」と、ぼくはペンを置いた。

「女子便所だよ」

「は」

「女子便所をのぞく」

 野田はしたり顔で腕を組んでいる。

 ぼくは心底あきれてしまった。なにが作戦だ。作戦でもなんでもない。

「なんだよそれ、ただの犯罪じゃん」

「まんこを見るにはこれしかねえんだよ」

「そんなことするぐらいなら見なくていいよ」

 ぼくはふたたびペンを握り、絵を描く作業にもどった。

「そういわずに、まあ、聞けよ」

「女子便なんてどうやって覗くんだよ。だいたい、そんなことしてるのばれたら、たいへんだよ」

「ばれなきゃいいんだろ」

「ばれたらただじゃすまないだろ」

「それがいい場所があるんだよ」

 意味深に目を細める。

「……いい場所?」

 掃除用具入れ、と野田はいった。

「掃除用具入れの中に隠れてれば、たぶんみつからない。しかも個室の並びだから、衝立の隙間からとなりの個室をのぞける」

「なんでみつからないって、そんなこといえるの」

「いっちゃんはさ、ションベンするとき、掃除用具入れの中なんか見る?」

 そう問われて、なんとも答えられず押し黙った。

「掃除の時間以外にあそこをわざわざ開けるやつなんて、おれはいないとおもうね」

 彼はさらに得意げな顔つきを深め、短い足まで組みだした。

「シロウトはびびって、ふつうの個室に隠れちゃうだろうね。中から鍵がかけられるし、安心だから。だけどさ、よく考えてみろよ。ひとつだけいつまでもドアが閉まってたら逆にあやしいだろ」

 そういって彼は、いかに掃除用具入れが女子便所のぞきに適した場所なのかを、人間の心理的要素をからめて力説した。

「でもさ、たとえのぞいたとして、衝立の隙間からじゃ女子の顔まではみえないわけでしょ? たぶん。誰のかわからないのなんて見たい?」

 以前に彼が、洋物裏ビデオのぶさいく外国人のまんこじゃなくて、可愛い女の子のまんこが見たいと言っていたことを思い出す。

「『うわばき』だよ」

 重要なキーワードを提示するように野田はいった。「うわばきのかかとに名前が書いてあるだろ? そこをみて、誰かを判断するんだよ」

 まるで密室トリックを解き明かし、犯人を追い詰める名探偵のような口調である。

「ああ、そっか……」

 ぼくはついつい納得してしまった。たしかに、掃除用具入れの中に潜んでいれば発見されにくいのかもしれない。

「いい作戦だろ?」

 いや、しかし、そこへ辿り着くまでが問題だ。どのタイミングで女子便所に侵入するのか。

「休み時間が始まったら、誰よりも早くダッシュで便所に向かう。そんで休み時間が終わってみんなが教室に戻った頃を見計らって、ささっとそこから出る」

「あぶないなあ。ちょっとでも女子便に出入りしてるのみられたら終わりだよ」

 授業が終了し、生徒たちが廊下へながれてくる前の短い時間で、迅速に女子便所に忍び込まねばならない。かなり難易度が高く、どうにも現実的ではないような気がする。かといって閑散とした放課後や、あまり利用されない女子便所に潜んだところで、そもそも覗く相手がやってこなければ無意味なのだ。

「じゃあ、授業中ずっと休み時間になるまで便所に隠れてる」

「授業はどうすんだよ。『野田がいないけど、どうしたんだ?』ってなるじゃん」

 そこまでいって、ぼくはおもわず苦笑した。いったいなにを真剣にこんなくだらないことを話し合っているのか。まったく馬鹿げている。

「まあ、そこなんだよなあ」と、野田は頭を掻いた。「いっちゃん、いい女子便所しらない? 侵入する時間的余裕があって、かつ可愛い女子が大勢使うとこ」

「そんなの知るわけないだろ」おもわずツッコミを入れる。

「だよなあ」

 野田はよっこらせと立ち上がる。「腹減った。黒田屋いかね?」

 黒田屋とは近所の駄菓子屋のことだ。放課後は黒田屋で買い食いをし、となり町のゲームセンターや書店を巡るのが、ぼくたちのおきまりだった。

 ぼくは描きかけの春麗の絵を眺める。けっこういい感じに描けているではないか。でも、顔ばかり描いているせいか全身がどうもうまくない。もうちょっと練習しなければ。

 ぼくらは野田の家を出て、自転車で駄菓子屋へむかった。

 すっかり陽が沈んでしまい、あたりは夕闇につつまれていた。米軍基地の鮮やかなオレンジ色が目にしみる。

「でも、いい作戦だとおもったんだけどなあ」

 信号待ちをしながら、ひとりごとのように野田がつぶやく。

 比較的侵入が安易で、かつ可愛い女子が利用する女子便所。

 さっきは知らないといったけれど、正直、心当たりがないことはない。

 四階の西側にある女子便所だ。

 四階は第二音楽室と三年生の教室が並ぶフロアだ。放課後になると生徒のほとんどが部活動に参加するため、各教室は空になる。活動しているのは第二音楽室を利用している吹奏楽部だけ。つまりその時間、そのトイレを利用するのは吹奏楽部の部員だけということになる。吹奏楽部の部員はほとんどが女子だし、きれいな先輩やかわいい後輩が多数在籍していた。そしてなにより、吹奏楽部にはあの水谷紗希子が所属している。さらに好都合なのが、通常授業と違って部活動には明確な集合時間が決められていないので、多少遅刻してもよっぽどのことがない限り咎められないということだ。のぞきのための時間を確保することもできる。

 あそこならば野田の作戦でトイレをのぞくことができるかもしれない。しかも、うまく立ち回れば水谷紗希子をのぞきみることも夢じゃない。いつも体育の時間に凝視しているブルマの向こう側を、この目でみることができるかもしれないのだ。

 そこまで考えて、ぼくはひとり苦笑した。

 確かにのぞきは可能かもしれない。しかし、だからといって実際にそれを行動にうつす気はなかった。さすがにそれだけはしてはいけない。空想として楽しむだけにとどめておくべきことだ。

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