第7話対面、のち逃亡

 謁見の間に入るとやっぱり先客が居たようで、小柄な少女が振り向きこっちを見た。


 ――ちょっと待って


 彼女が着ている濃青のドレスに金の刺繍を見た私は顔に出ないようにめちゃくちゃ慌てた。

 それはもう心の中でデスボイスを奏でるほどに。

 だってこれはオスカールートで着るドレスだもの……

 オスカールートって結構大変なのよ!?なのに貴方この3日で落としたっていうの!?もしかして貴方プレイヤーなの!?プレイヤーだったら私が計画した円満婚約破棄作戦が台無しじゃない!


 そんな事を考えながらも動作は慣れたもので、もう思考と動きが剥離しちゃっても出来ちゃうわけで。挨拶も終わり顔を上げると陛下の右後ろに立っている私の婚約者がヒロインをずっと見つめていることに気づき、まだ修正できると確信した。


「おお、可愛い娘よ。来てくれたのか」

「ご健勝で嬉しい限りですわ陛下。陛下が私に会いたいと仰って下さっているとお聞きし、いても経ってもいられず無礼だとは知りつつも入室しましたことをお許しください」

「ははは!よいよい!しっかりした令嬢に育ってフローリア公爵も嬉しかろう……のう?ライモンドよ」

「ええ、自慢の娘です」


 笑顔を絶やさずに陛下と数回会話をした後に、本題へと入っていく。


「今日、ここに呼んだのは他でもない――バーキン侯爵令嬢に関することだ」

「あら?バーキン侯爵様は確か息子しかいなかったと思うのですが」


 分かってはいるけど知らないフリをしつつ扇子で口元を覆って右をちらりと見ると目線が合う。

 微笑みかければ彼女は恥ずかしながらも軽く会釈し陛下のお言葉を待っているようだ。


「彼女はバーキン侯爵の隠し子でな……――だが、珍しい毛色だろう?」

「そうですわね……東洋の方でもここまで綺麗な漆黒の髪に瑞々しい肌色は見た事無いですわ。――古い文献には勇者様や聖女様がこういった特徴で東洋の国は勇者様がそこに移り住み発展した国だとはお聞きしておりますが。バーキン侯爵はお美しい姫君を捕まえるのがお得意ですのね」

「……陛下もフローリア公爵令嬢も揶揄うのはやめてください……」


 居た堪れない様子でバーキン侯爵は項垂れる。いじめすぎたかしら?

 バーキン侯爵は姫を捕まえるのが得意だという話は有名で、バーキン侯爵夫人…シルヴィア・バーキン、旧姓をシルヴィア・フィン・ジークバルト……つまりこの国の姫だったのだ。

 先帝陛下と第4妃の間から生まれた彼女は王位継承権は低く、本人も第4妃も権力や政には興味が無かった。

 だが、そんな事は関係ないと嘲笑うように継承権争いに巻き込まれそうになった時に彼女は驚く行動に出た。


 ――中立派のバーキン家であり後継者の当時第2騎士団副団長のダミアン・バーキン侯爵子息を夜這いしたのだ。


 瞬く間に社交界で話題になってて知らないものはいないという程有名な話だ。

 こうして継承権争いから逃れた彼女はバーキン侯爵子息に守られて今ではおしどり夫婦でまた有名になった彼女はロイヤルロマンスとして語り継がれている。



「本題に入ろう――彼女はカリンの森で保護した聖女なのだ」

「あら、この方がそうなんですの?」


 思いの外あっさりと正体を教えてくれた陛下に驚いた顔をしつつ、内心ではYES!とガッツポーズを取る。


「そこでだ……第1妃であるエリザベート妃、教会には悟られないよう手を打ちたいのだが考えはあるか?」


 私を見下し試すような眼で見られ緊張が走る。陛下や家臣達の間で決定しているのにあえて聞いているのだろう。なのに時々こうしてどんな答えを出すか楽しみで仕方がないといったような――でも威厳のある国のトップらしい風貌で私の言葉を待っている。

 胸を張って何度も反芻していた事を言葉にする。


「僭越ながら陛下……そして皆さん、拙い私の構想を耳朶に触れる事を認許下さい――……まず、聖女様には国管轄のセントリア学園に編入することを勧めます。次に卒業するまで婚姻禁止令を発令させます。理由として学園への編入はバーキン侯爵様のご令嬢として当然の義務ですからです。婚姻禁止令を発令する理由としてはエリザベート妃の第1子である継承権2位のレオン様と聖女様の婚約をさせないためでございます。そして、聖女様へのご配慮でございます」


 婚約破棄のための布石でもある。


「教会側への対策としては回復魔法を使用しないだけで十分かと」


 聖女は基本的に光魔法と回復魔法の2つを使える。だが、回復魔法は聖女にしか使えず、光魔法のみならば光属性は圧倒的に少ないが使える者はいる。

 一時の間怪しまれる可能性はあるけれど、それは光属性を持ってる人みんなが通る道だ。


「流石宰相の娘だ。父と全く同じ事を言っておる。早く結婚の儀を行い後宮の管理を任せたいものだ」

「過分なお言葉ありがたく頂戴致しますわ」


 ――計算通り(にやり)。

 もう言うことは無いかなと逡巡させてふとヒロインの服装に目が止まり、待合室に居たオスカーを思い出した。


「ただ、念の為聖女の護衛として1人一緒に編入させるのはどうでしょうか?……本日一緒に入宮し待合室で待機なさっている方は私の目から見ても腕の立つ者だと推察できます」

「ほお?そうか、ではそうする事にしよう」

「ありがとうございます」

「まだ話し足りんが余も忙しくてな……バーキン侯爵、バーキン侯爵令嬢、フローリア公爵令嬢名残惜しいがまた会おう」


 最後に陛下に会釈をし謁見の間から出て扉が閉まるまでまた会釈を続ける。バタン、と音が聞こえると身体を起こしてやっと一息ついた。

 そのまま待合室で待ってるレイを迎えに行こうとしたらあ、あの!と鈴が鳴るような可愛らしい声が聞こえ振り向くとヒロインが慌てた様子で続ける。


「あの、私陛下にお会いするのが初めてで緊張して……じゃなくてその私リナ・クリハラ・バーキンと言います!」


 うん、知ってるよー。ヒロイン来るとしたらデフォ名だと思ってたけどやっぱりそうなのね。


「ご挨拶ありがとう。私はエレノア・フローリアと申します。宜しくしていただけなくて結構ですわ」


 私の発言にバーキン侯爵もリナちゃん(心の中でだけはちゃん付け許して!)もぱちくりと目を瞬かせる。

 私の悪役っぷりに驚愕したまえ!


「それでは御機嫌よう」


 あ、やっぱりまだ悪役に慣れてないからビビってしまった、逃げよう。逃げるが勝ちだ。

 立ち尽くす2人を尻目に待合室に待機しているレイを迎えにその場を立ち去った。

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