第6話特訓、そして謁見
「脚はもう少し内側にして――…そのまま低く腰を下げてこっちの足は曲げないようにね♪頭を低く提げて…違うわ、頭だけ下にさげるんじゃなくて腰と一緒によ」
起きてからずっと貴族のお辞儀をお母様から習っているけど、中々に難しくて出来たとしてもそのまま固定する事ができずによろけてしまう。
リリーの言った通り昨日ちゃんと寝ててよかったと痛感する。何度も何度もやってはダメ出しを食らっている。
「――……少し休憩しましょうか。アイスティーを持ってきてちょうだい」
「畏まりました奥様」
休憩の2文字が聞こえたと共にへたりこんで両肩で息をする。
万年帰宅部の私にはかなりハードだ……
「あらあらリナちゃん地面に座っちゃダメですよ――ほら、椅子に座りなさいな」
「ありがとうございます……お母様」
「んふふ、どういたしまして」
優しい口調で教えてくれるけど、かなりのスパルタ教育で明日王様と謁見するから仕方ないんだけど、それにしても厳しいと思う。でも、これも私が恥をかかないようにと教えてくれているんだと感じるから頑張れる。
今日の当番のナンシーが氷の入ったグラスにアイスティーを注いで渡される。喉が渇いていた私はごくごくとつい飲み干しおかわりをした。
「ふふ……飲み方のマナーも後々覚えましょうね♪」
心がキュッと縮こまった気がした。
そして、お辞儀の練習を再開し挨拶の言葉と一緒に何とか形になったのは空の色が茜色になった頃だった。
夕食時には、お父様も帰ってきて3人で食事をした。
鴨のローストチキンや魚のムニエル、コーンスープに様々な料理が並べられてて昨日も思ったけど、豪華だなと改めて思った。
「――我らの神であるアリア様、今日も我らをお守り恵み下さってありがとうございます。また、明日もお導き下さい……」
「頂きます」
食事前に両手を組んでお祈りするこの光景には慣れないしやりたくもないけれど、倣って同じ事をする。だって、この挨拶の神と言われるアリアって神様が私をここに連れてきたってことになるのよね?
その神様に私がお祈りするって馬鹿げているとしか思えない。
食事作法は前の世界のフレンチと同じみたいで最初から何とか出来ている。お母様からもこれは何とかギリギリ合格点を貰っているから少しほっとしている。
「あ〜―……リナさ…リナ、明日は大丈夫そうで……そうか?」
たどたどしく父親らしく接しようと言葉を選んで話す姿に思わずクス、と笑ってしまう。
「大丈夫ですお父様。……それよりもお父様が心配です」
「私はいつも陛下に会ってますから平気ですよ」
「そうではなくて――父親らしく出来ますか??」
そう聞くとぎくり、と顔を固まらせ慌てながら大丈夫だと伝えてくる。……でも、お父様が気付いてないだけで意識しないと私に敬語を使っていて全然平気じゃなさそうに見えるから余計に心配だ。
「子に敬語を使う親もいらっしゃいますし私達の初めての娘ですもの。あなた、無理して敬語を外さなくてもいいんじゃありませんか?」
持っていたナイフとフォークを置き、お母様が
ナフキンで口を拭きながらお父様に微笑みかける。
「そ、そうだな、それでいこう――……いいですか?リナ嬢」
「あなた、敬語は許しますがリナ嬢はいただけませんわ」
笑ってはいるけど背後が黒く見えるのは気のせいかな?お父様もお母様の気迫に圧倒されてるのか慌てて身振り手振りで誤魔化そうとしている。
「あっ、いやこれはつい言ってしまっただけで……すまないヴィア」
「いいんですよ?――ただ、陛下の前でもそう呼んだら……分かりますよね?」
「……善処する」
貴族でも一般家庭でもやっぱり母は強しって事かな?なんて思いながら夕食を楽しく過ごし明日に向けて早目に就寝した。
「お嬢様、おはようございます」
――うーんあと5分……
「お嬢様、起きてください」
「お母さんあと5分って言ったじゃん……」
「お母さんではございません。あと5分も駄目です」
……あれ?――ああ、そうかここはバーキン侯爵邸で私は一昨日ここの家の子になって今日は――……
ハッと気付いて上体を起こし周りを見渡す。まだ、日が昇ってないのかあたりは薄暗い。ベッド脇に私専属のメイド3人が並んで手を組み待機している。
「おはよう……ございます」
「「おはようございますお嬢様」」
今日はいつもより早いのねと言おうとした私を見越したかのようにして彼女達は
「では、今から王宮へ行く準備を致します」
と言うや否や身ぐるみ剥がされお風呂に入れられ初日よりも念入りに綺麗にされました。
なんでこんな早い時間に起こしたんだろうと思ったけど、納得するくらい準備に時間がかかって普段無表情に近い彼女達が大満足そうに私を眺める。
後れ毛を残し、白のレース状のリボンを私の髪と一緒に編み込まれ一纏めにして最後に大きなリボンを後ろに付けられている。
ドレスは濃青色でスカート部分にはフリルが付いていてお腹辺りから足元にかけて大きく開かれた生地の境目には白のレースが覗く。
足元から金色で描かれている可愛らしい花と若草の刺繍。このドレスを見て何だかオスカーを思い浮かべて笑ってしまう。
「お嬢様、このレッドドラゴンの心臓の石のネックレスに致しましょう」
「……えっ!?この世界ってドラゴンいるの!?」
しれっと爆弾投下されて思わずリリーを見上げた。急に動いたにも関わらずきちんと首に掛けてくれてるあたり有能さが伺える。
「ええ――……大分昔に居ましたが」
なんだもう居ないのね……なんてホッとしていたけど待って?じゃあこのネックレスってかなり貴重なんじゃ?恐る恐る聞いてみた。
「これって幾らくらいするの……?」
「そうですね……これだけで国が買える程度でしょうか」
……聞かなきゃ良かった。
無くさないようにしないと困った所ではない。
イヤリングもネックレス同様の石を使ったものをつけられて、なんで私は国3つ分の宝石に囲まれてるんだろうと他人事のように現実逃避をした。
全ての準備が終わる頃を見計らったのかノックの音がしてマリンが代わりに扉を開けるとそこには夫妻とオスカーが待っていた。
「あら可愛く出来上がっちゃって!ドレス少し大人っぽかったかしら」
「私は似合ってると思うよ」
「ええ、私もご主人様と同じ意見です」
「私も一緒に行きたかったけれどお茶会に誘われちゃっててごめんなさいね」
私の両手を包み込んでお母様は残念そうな顔をする。私も1日で完璧にとは言えないものの、挨拶を教えてくれた成果を見せられなくて残念だけど笑ってる顔が好きだと言ってくれたお母様に向けて微笑む。
「お父様もいるから大丈夫です」
「そう?だったらいいけど……馬車までは見送るからね」
「ありがとうございますお母様」
「さて……そろそろ行くか」
「はい、お父様」
部屋を出て廊下を暫く廊下を歩くとT字階段が現れ、広々とした踊り場が2階からよく見える。段差に気をつけながらもいつもより長いドレスに引っかかりそうになりながらも必死に降りる。
「――あっ……」
ツンっと前のめりに引っかかり落ちると思い衝撃に備えて目を瞑るがいつまで経っても衝撃は起こらずでも足が空中に浮いているような?
そろーっと目を開けるとオスカーの顔が近くにあって軽く悲鳴を上げる。
「――〜っ、耳元で叫ばれると鼓膜破れるのでやめてもらえます?」
「あっ……ごめん、けどビックリしちゃって……」
そう、だってお姫様抱っこされているから。そのままオスカーは私を抱いたまま階段を下りエントランスで私を降ろした。
「ありがとう、オスカー」
「貴方の執事ですから」
「心臓止まるかと思ったわ!リナちゃんどこも怪我はない??」
敬礼をしていたオスカーの前に出てきてお母様は私を抱きしめると上から下まで触って確認する。
「だ、大丈夫ですお母様」
「本当に?痩せ我慢してない?」
本当に大丈夫ですを数回繰り返した後やっと解放され、正門前に停めてある馬車の前で挨拶を交しオスカーにエスコートされながら乗ると当たり前のようにオスカーも入ってくる。
「え?オスカーも来るの?」
「今日は2人の護衛兼執事ですので」
「謁見の間には入れないけど控えさせておけば待合室までは入れるんだよ」
ほえ〜…そうなんだ。オスカーはお父様の横に座ると馬車が動き出した。車を知ってるからか、乗り心地は最悪で王宮に着くまでに私酔わないかなと不安になるがもう既にやばい。馬車の中は談笑に満ちた――ではなく顔面蒼白な私とそれを見て慌てるお父様と笑っている(他人の不幸は蜜の味ってか)執事でカオスになっていた。
城前の門番と談笑しながら王宮入りの理由や招待状を見せて事務手続きをするお父様を遠い目で眺めながらそういや馬車との闘いで城を見ることが出来なかったなと思った。
もう近くまで来ると全体像がよく分からなくて、でもレンガ式で所々補強跡が見えて歴史ある城なんだろうなと感じる。
手続きが終わったのかお父様が戻ってきてゆっくりと馬車がまた動き始めた。
「陛下に謁見するまでにその顔何とかした方がいいと思いますよ?」
「それが……出来てたらうぷ……酔ってないわよ」
じろりと睨むとオスカーはお父様と目配せすると小窓についてるカーテンを引っ張り外から見えないようにする。
「出来ますよ」
「本当に?」
「だってお嬢様は聖女では無いですか。本来聖女は光魔法と回復魔法が使えますだから出来るはずです」
……聖女。実感無いからどうしようも無いじゃないの。聞いた私が馬鹿だったわ。
「イメージしてください。悪いモノを外に出す感じ」
騙されたと思ってやってみることにする。自分の体内の黒いモヤを取り払うようなイメージでやっていくと身体がすっと軽くなった気がする。あとお辞儀特訓の勲章だった筋肉痛まで。
「――……軽くなった……やった!私魔法使えたわ!」
「良かったですねお嬢様」
これで酔い対策が出来ると思ったのと回復魔法が使えたってことは皆が言っている聖女が私なんだと受け止められずに来ていた今、とうとう向き合うことになってしまった。
馬車から降りた私たちは王宮の使用人に案内され、呼び出されるまで待合室に待機している。そして騎士のひとりが入って来て陛下がお呼びだと告げとうとうこの時が来たと心臓が高鳴る。
オスカーを待合室に待機させたまま(私も待合室に居たい)大きな扉の前に立つ。
「ダミアン・バーキン侯爵、リナ・クリハラ・バーキン侯爵令嬢、謁見の間に入室致します!!!!」
騎士が声高らかに告げると扉がギギギと開く。私は軽く呼吸を整えると1歩踏み出した。
真っ直ぐ歩き階段との間が1mほどの所で止まりお母様に猛特訓されたお辞儀をする。
「我が国の太陽、国王陛下にこの国の盾ダミアン・バーキンが拝謁致します」
「我が国の太陽、国王陛下にリナ・クリハラ・バーキンが拝謁致します」
国王陛下の許しがあるまで顔を上げたらダメよと言われたことを思い出しながら早く終わってと願う。
「はは、ダミアン何堅苦しい挨拶しとるんだ。いつも会っておろう。面を上げよ」
「陛下……私の畏まった姿を楽しむ為お呼びしたんですか?」
お父様が陛下に愚痴を言ってる事にギョッとしつつ許しを得たのでおずおずと顔を上げて立ち上がる。そこには玉座に座るプラチナブロンドの髪と髭を立派に携えた王様が座っていた。そして、左右には白髪の賢そうな男性と騎士団の正装だろうか――炎の様な赤い髪をオールバックに固めた男が立っている。
そして、最後に目を引くのは陛下の近くに立ち陛下と同じプラチナブロンドを靡かせた青年。
その青年と目が合ったと思った時思わず逸らしてしまった。
「――して、そちが聖女かの……リナ嬢よ」
「はい」
「ふむ――確かか?」
「先程馬車の中で回復魔法を使っておられました…恐らく光魔法も扱われるかと」
満足気に陛下は頷くとそろそろかのと白髪の男性に聞く。
「はい、もう入宮したとの報告が入ってるのですぐこちらに来られるかと――……」
「エレノア・フローリア侯爵令嬢、謁見の間に入室致します!!!!」
後ろからあの扉の前にいた騎士の声が聞こえてきて、え?と思わず後ろを振り返ってしまった。
――――コツ、コツ
堂々とした振る舞いで赤い薔薇を思わせる彼女が私の左隣に止まると完璧な仕草で敬礼し
「穏やかな春の日差しが心地よい日に我が国の太陽、国王陛下にエレノア・フローリアが拝謁致します」
とこれまた完璧に挨拶をした。
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