第5話バーキン侯爵夫人

 鬼畜執事に無理矢理抱き抱えられ(俵のように担がれ)大きな扉の前に止まると、空中に漂っていた足がやっと地に着いて一息つく間もなくオスカーがノックすると部屋の中からどうぞと声をかけられ中に入る。

 そこにはパステルカラーのような黄色の髪を編み込みひとつに纏め優雅にお茶を嗜んでいる貴婦人がいた。

 私と目が合うと背景にお花が咲き乱れてるのではと錯覚する程眩しい笑顔で、まぁまぁまぁ!とはしゃぎ近付いて来たと思ったら両手を掴まれラベンダーを思わせる瞳を輝かせ


「貴方が隠・し・子・のリナ・クリハラですね!?なんとまぁ可愛らしい!ようこそバーキン邸へ!」


 嬉しそうに歓迎してくれました。

 隠し子じゃないって伝えるべき?でも私から言ってもいいものなの?

 グルグルと森からの目まぐるしい出来事に頭を使いすぎた私はえーっとと縋る思いでオスカーを見上げると、彼は私の視線に気付きシーっと人差し指を口につけ方目を瞑った。

 言ってはダメなんですね、分かりました。はぁ、とため息を吐く私にバーキン夫人であろうお方は私を抱き寄せ耳元で囁く。


「立ち話もなんだし、お話しましょうか――聖・女・様・」


 ……さっきのシーってどういう意味だったのよ。

 睨む私にオスカーは怯むこともせずニッコリと笑って楽しんでいる。


「――もう、全くオスカーったら意地悪なことをしたのね…ごめんなさいね、リナちゃん」


 代わりに申し訳なさそうに眉を下げて微笑む夫人に私はいいえ、と首を振るとふふ、と声を漏らしてソファーへと誘導する。失礼しますと声をかけ腰掛けるとふわふわで身体が埋もれるかと思うくらい沈んだ。


「リナちゃん、急にこんな事になって訳分からないでしょう?」

「それは――……」


 そう。本当にその通りだ。ここは一体どこなのか、地球のまだ知らない地のとごかでは無いのかとずっと考えてみるけど全く答えが見つけられなくて…お母さんやお父さん、お兄ちゃんにはもう会えないのかなと不安と恋しさが増してきて俯いていた瞳からぽたぽたと我慢していた涙が堰を切ったように溢れ出す。いつの間に隣に座ったのか夫人が私を優しく包み込むように抱き締めると何だかお母さんを余計に思い浮かべて止まらなくなった。

 そんな私を夫人は涙が止まるまで優しく背中を撫でてくれていた――…………



「本"当"に"申"じ訳"な"い"でず」

「いいのいいの!……もう大丈夫?」

「はぃ……」


 あぁ、こんな高価そうなドレスに私の涙と鼻水をつけるなんて……弁償しないとよね。だけど見るからに高そうだし、私の所持金では絶対割に合わないわよね…

 どうしようか悩みつつ、貰ったハンカチで鼻を押さえ夫人の胸周りの水溜まりのようになったドレスを見る。

 そんな格好でも様になっている夫人は凄いと思う。私だったらさぞ間抜けな格好になっていただろう。

 夫人は私の左手を優しく包み込み、声音は優しいままで真剣な眼差しを向けた。


「落ち着いたところで本当に申し訳ないんだけど…リナちゃんがいる世界とこの世界は別なのよ」


 やっぱり予想していた答えがきて、でも実際に人から言われるとずっしりと錘をつけられたかのように心に重くのしかかる。


「……それ、は元の世界には戻れるんですか…?」


 一瞬、苦しそうに顔を歪めると夫人は静かに首を横に振り私は目の前が真っ暗になった。


「そんな……だって、こっちに来られたんだから戻れる方法だって――……」

「過去にこちらに来た人達が何人かいたのよ。でもね――現段階ではまだ帰れた人はいないの……だから、厳密に言うと帰れるかもしれないけれど方法が見つかっていないと言うのが正解かしら」


 そんなの、帰れないって言ってるようなものじゃない……キュッと口を結び拳を握りしめる手は震える。

 これから私はどうしたらいいの……このままお世話になるわけにもいかないし早い内に出ていってくれと言われそうで怖い。それに、ここに知り合いなんて1人もいない状況で路頭に迷うことになるときっと危険な目にあうだろう。


「それでなんだけどね――……リナちゃん、うちの子にならないかしら?私ね、娘が欲しかったのよ」


 そんな気持ちを察してか、夫人は聖母のような眼差しでどうかしらと聞いてくれる。


「……いいんですか?お世話になっても――……」

「ええ、勿論」

「私、この世界の事なんて何も知らなくて……」

「貴族のマナーや世界情勢は先生をつけて教えてもらいましょう」

「……隠し子で通せるような顔ではないんですけど…」

「それは主人が悪者になって東洋のとある貴族の間に出来た子で母親似という設定にしましょう!」


 飄々と言ってのけた夫人に目を瞬かせ、思わず吹き出して笑ってしまった。そんな私を見て夫人は慈愛に満ちた表情で良かったと告げた。


「やっと笑顔が見れました…リナちゃんは笑ってる顔が一番似合うわ」

「バーキン夫人……」

「やだバーキン夫人だなんて――……私の名前はシルヴィア・バーキンで御座います。お母様もしくはママと言ってちょうだい」


 スカートの裾を軽く持ち上げ片足を後ろに引きそのまま膝を曲げて貴族らしい挨拶をした後シルヴィア夫人(お母様と言うのはまだ恥ずかしい)は私に向けてウインクを飛ばした。



 少し話した後、疲れただろうから夕食まで休みなさいと言われオスカーと共に部屋を後にし、最初に通された部屋へと戻る。途中、廊下を歩いていた使用人達がササッと左右に分けお辞儀されるのにどうしても慣れない。


「どうして皆私にお辞儀するの?」

「それは正式にリナ様がバーキン侯爵の養子となったからですよ」

「へ!?いつの間に!?」


 夫人と話していた時は戸籍を移す処理なんてしてなかったし、そういうのってこの世界では必要ないのかしら……

 そんな考えを見通していたのかオスカーが教えてくれた。


「先程伝令がきまして陛下直々にリナ様はバーキン侯爵の養子にするようにと下されました。なので、リナ様は正式にバーキン侯爵の娘となったのです」


 普通は養子になるのには教会からのサインと貰い受ける側のサイン、そしてそれに同意する証人のサインと共に更に1ヶ月様子を見た後に正式に養子になるというのだが、それをすっ飛ばして王様の一声だけで決められるって凄いなと同時にやっぱり別の世界なんだなぁと実感する。


「話してる間に着きましたね。では、また夕食時にお迎えに上がります――……お・嬢・様・?」


 嫌味ったらしく胸の位置に手を当てお辞儀するオスカーにあらどうもと部屋の中へさっさと入る。閉まる直前、いつものような嘘っぽい笑顔ではなく少し優しい眼差しで私を見ていたような気がした――…………



 ◇◇◇



 お母様(何度も訂正させられた)との夕食後、キングサイズのベッドに横たわって寛いでいた私に衝撃的なニュースが入った。


「――――……え?なんて?」

「陛下からお嬢様に直接会いたいので明後日侯爵様と王宮に訪問し陛下に謁見するようにとの事でございます」

「ど、どうしよう――……」


 陛下って国のトップって事よね?それで謁見って陛下に会うって意味で合ってるのかしら?でも、この国での挨拶も何もかも分からないのになんで急に2日後に――……?


「お嬢様、本日はお休みになられてください。お辞儀や陛下に謁見する際のお言葉は明日教え込みますので」

「そんな、1日で覚えられないよ……」

「お嬢様、本日は沢山頭を使われてお疲れでございます。お疲れの状態で2日で覚えたとしても謁見日に疲労が溜まって倒れるやも知れません…ですので今日の所はお休み下さい」


 リリーの流れるような言葉に私は黙って従うことにして眠りにつく。この時私はお母様の簡単そうにやってのけてたお辞儀があんなに難しいだなんて思いもせずに次の日悲鳴をあげたのだった。

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