第3話円満婚約破棄作戦

「ふあぁ〜」

「どうしたんだい?私の可愛いノア、また商品開発に夢中になって徹夜でもしたのかい?熱心なのはいいけどまた頑張りすぎて倒れたりするかもしれないな…君、主治医を呼んでくれ」

「大丈夫ですわお父様!心配かけて申し訳ありません」


 やってしまった。久しぶりに徹夜してしまったから油断してしまい思わず欠伸が出てしまった。淑女としてなんたる失態。それに私を溺愛しているお父様の前でだなんて、今日は訪問客を誰も通さないと言い出しかねない。


「そう?でも念の為今日は休んで客人には体調が悪いと言っておこうか?」

「結構ですわお父様。先程はつい出てしまっただけで十分睡眠は取れてます(大嘘)」


 給仕しているレイの鋭い視線を後頭部で受け止めつつ、(頭から血出てないかしら?)爽やか笑顔でサラダを口にする。レモンのドレッシングがかかっていて口の中も酸っぱ爽やかね。


「それよりもお父様、そろそろお仕事に向かわないといけないのでは?」

「可愛いノアと久々の朝食なんだ。遅刻くらい大丈夫さ」


 なんて事ないと両肘をテーブルにつき手を組みその上に顎を乗せ、上機嫌に朝食を食べる私を見つめながら微笑んでいる。

 いや、国王を支える宰相様が娘と朝食していたから遅刻しましたって言っちゃうの?次王宮に呼ばれた時、国王陛下にどんな顔して会えばいいのよ…


「お父様…私、お父様が一生懸命国の為に働いているお姿が好きなんですの。丁度お腹もいっぱいなのでお見送り致しますわ」


 ほらほら、とお父様の背中を押して食堂を後にし、近くに待機していた執事長にお父様の荷物を取りに行くよう伝え、そのまま玄関ホールへと向かう。


「ノア、学校は楽しいかい?」

「ええ、ご令嬢達のお陰で商売のアイディアが次々と湧き上がりそれはもう宝物庫のようですわ!」

「はは...それを聞きたい訳じゃないんだけど楽しそうで何よりだよ」


 他愛ない会話を数回やり取りし、頃合いを見てお父様に探りを入れてみる。


「――……そういえばお父様、昨日王宮が騒がしかったようですね。何かあったのですか?」

「……誰から聞いたんだい?それにいつもは王宮の事なんて興味無いのに」


 一瞬笑みが消え、一気に宰相モードに入ったお父様が私を一瞥したのを見逃さず、王宮で確実に何かあったのだと確信する。だが、まだ確定ではないから次の一手に出る。


「いえ、王宮に出入りする行商人から聞きまして。それを聞いて私、近々王宮主催のパーティーが開かれるのではと推察した次第です。――それに、パーティーが開かれるのなら早い内にドレスをデザインして宣伝しようかと」


 嘘を言うには9割の本当と1割の嘘をつくべしと言った人はなんて偉大なんだろう。現に今お父様は納得した様子で新調したドレスを着たノアは素敵だろうなと言っている。


「なるほど、でも残念だねハズレだよ。私からは告げることはできないが、近いうち陛下から招待状が届くはずだから待ちなさい」

「あら、そうなんですの?残念ですわ…でも、陛下からの招待状を心待ちにしておきますわ」


 お父様ありがとう、この言葉で確信したわ。ヒロインが現れたのね!内心いやっほーい!と踊り出してるが表には出さず、フローリア家の象徴である薔薇の家紋がついた馬車の前に止まり


「それではお父様、行ってらっしゃいませ」

「「行ってらっしゃいませ、旦那様」」

「ああ、行ってくるよ。愛するノア」


 軽くお辞儀をした後、お父様の頬にキスを落とし笑顔で見送った後、自室に戻る為身を翻し早足で屋敷に戻る。


「――レイ、午前の予定は?」

「午前中はローズティックショップのデザイナーとの面会が入っております。」

「そう、キャンセルして。その代わり――」


 自室に戻る前、執務室に寄って本棚に紛れ私が描き貯めていたデザイン画集を取り出しその内の1枚を手にする。ロココ調のドレスだが、袖を無くしオフショルダーにして肩や腕を魅せるスタイルに。そして後ろにボリュームを持たせ、普段のドレスは足元までレースを持たせるところが膝下までにし、代わりにレース上から半透明のレースを足元まで持たせたデザイン。……これを出すにはまだ早いと思っていたけれど、前世では膝上スカートは当たり前に穿いていたからこれを期に徐々に足を出すのは破廉恥だという偏見を無くそう。


「これをミセス、マリアンに渡して作らせて。色は赤を基調にして刺繍は黒、半透明レースも黒で。後はこれを基に何着か作らせて…あぁ、これを見て違ったデザインを閃いたなら作っていいと伝えて」

「畏まりました」


 紙を受け取ると一礼して去っていく。ヴォルフが来るまでの間少し眠ろうと自室に入りそのままベッドにダイブしそのまま眠りにつく。



 ◇◇◇



「暁!この資料今日中に終わらせろと言っただろうが!」

「暁さん、私今日予定があって〜すみませんがこれ、お願いしていいですかぁ?」


 会社の同僚、上司が毎日のように私を奴隷のように使われる。そして、ミスは全て私のせいにして手柄は全て自分のところに…帰宅するのはいつも日付が変わった頃でストレスも疲労も溜まる一方。

 ある時、ゲーム広告のおかしなゲーム名に目が止まりついダウンロードしてしまった。ゲームしている間は夢中になって楽しくて何周もした。特に彼が見た目もどストライクで好きでスチル見るが為に何度も何度もやったなぁ…スマホ画面の彼がぐにゃりと曲がり、視点はまたオフィスに変わる。


「暁!お前はまたこんな失敗をして!先方に謝っとけよ!」

「暁さん」

「暁!」


 あかつきあかつきあかつきあかつき――――………



「―――お嬢様」

「あぁもう、うっさい!全部私に押し付けるな!自分でやれ!!!…………へ?」


 盛大な寝言を叫びながら起き上がるといつも無表情のレイが珍しく一瞬パープルグレイの瞳を見開きすぐに鋭い目付きに変わった。


「何処のどなたですか、お嬢様に全て押し付けようとなさる不届き者は。私が始末して差し上げましょう」

「え、へへ…夢だったし誰だったか忘れたわ。それよりも今何時かしら?」

「12時前でございます」

「そう、じゃあ着替えてお昼にするわ。適当にドレス持ってきて」

「畏まりました」


 ドレスルームに向かう彼女を見てふぅ、とため息つく。

 危ない危ない、レイの前では寝言も危険ね。彼女に誰かの愚痴を言うならすぐに首を持って来そうだもの…いや、絶対するだろう。


「支度致します」

「ええ、お願い」


 手慣れた様子でドレスを脱がし、レイが選んだカーキー色のドレスを身に纏う。椅子に座らせられて、いつものハーフアップ三つ編みの髪型に軽く化粧をして終わる。

 うん、完璧ね。鏡を見ながらくるりと回り満足し彼女に礼を言う。


「当たり前のことをした迄です。あと使用人に礼を言うのはやめた方がいいかと」


 ええ、そうね……これからは悪役令嬢として、一淑女として見本とならなきゃいけないものね。


「分かったわ、今日でやめるわ。それよりお腹空いちゃった」

「食堂で食事されますか?」

「いいえ、部屋に持ってきて」

「畏まりました、部屋にお持ち致します。失礼致します」


 レイを見送った後ソファーに腰かけ天井を見上げる。白を基調にした高い天井に金色だけれども他の貴族の部屋よりもきっと控えめなシャンデリアがぶら下がっていて、天井の壁には薔薇を象った模様が描かれていて暇だったので数えてみた。

 50過ぎたあたりでノックの音が聞こえ、数えるのを止めてお腹を満たすことにした。



 昼食を終え、ヴォルフを待つだけだった私は魔道具作成――カメラ改めキャメラの制作図を作っていた。レンズとシャッター押したと同時に撮った映像を映し出す感光紙に似た紙が必要ね……動力源を火の魔石にして火力を調整して光を通さない容器……あ、そうだ!

 ふと悪役令嬢エレノア・フローリアの魔法の属性を思い出し、目を閉じ手の中に魔力を集めそれを凝縮させ塊にするイメージでやってみる。すると握っていた手の平が熱くなってきて少し重たくなり見ると小さな黒い石がコロン、と手のひらに収まるサイズで出てきた。


「やった!成功したわ!これが”闇の魔石”ね...初めて見たわ」


 光に当てても反射することなく真っ黒なソレは紛れもなく闇の魔石だということを物語っている。見られたらまずいので一見宝石にも見えるので魔石を宝石箱に入れると同時にノックの音がしてビクッと身体が反射する。


「お嬢様、ヴォルフ様がお見えになりました」

「レ、レイそう!分かった今行くと伝えてちょうだい……執務室に通してちょうだい。後は……」

「誰も通さぬように、でしょうか」

「そうよ。あ、お茶と菓子は持ってきてちょうだい」


 何せ今から頭を使うんだから糖分は必要よね!

 サッと支度を終わらせ、彼の待つ執務室へと足を運ぶ。


「お待たせヴォルフ、どう?感想は」

「ヒロインって奴は何股もするアバズレだな」

「全て読んで出た感想がそれなの!?」


 信じられない……市街地でのお忍びデートやら学園でのキュンキュンするシチュエーションとかの感想も無くそれだけで済ませるなんてヴォルフ、貴方目の付け所可笑しいわよ!

 愕然とする私にヴォルフは呆れたのか溜息を吐いた。


「だってそうだろ、貴族社会じゃ政略結婚が当たり前、なのに婚約者がいる相手に色目使うわ何人もの男を侍らせてこれのどこがアバズレじゃないって言うんだよ」

「そりゃハーレムエンドもあるけど、基本ヒロイン目線で自分の好きな攻略者を選んで遊ぶものだもの…だから色んな個性溢れるキャラクターがいるわけで……」


 そう、だから決してヒロインがアバズレという事じゃない。ぶつぶつ言う私に彼はおもむろに聞いてきた。


「――……じゃあ、お前はだれがすきだったんだ?」

「……え?」


 ヒロインのことを考えていて彼がなんて言ったか聞けず再度聞こうとした時、ノックの音と共にレイが入ってくる。


「邪魔しなければいけないと察知した結果、お嬢様の許しもなく入りましたすみません」

「こいつ……」

「ああ、持ってきてくれたのね。そこに置いといて。あ、お茶は私が注ぐから大丈夫よ。レイも寝てないでしょ?メイド長に言って休んでちょうだい」

「結構です。何かありましたらお呼び下さい」

「分かったわ。あまり無理はしないでね」


 アフタヌーンティーセットをテーブルに並べ用意したあと、ヴォルフをちらっと睨んで退室して行った。……なんで睨んでたんだろう?

 考えても答えが出ないため、一旦空のティーカップに紅茶を注いでヴォルフにそれで、と聞く。


「さっきなんて言ったの?」

「…………いや、何でもない」


 私を見てながーーーい溜息を吐くヴォルフに少し、いやかなりイラッときた。

 けど聞いてなかった私も悪いので本題に入ることにする。


「今日お父様にそれとなく聞いてみたんだけれど、かなりの確率で聖女が昨日現れた可能性が高いわ」

「ほぉ……それでそう思った理由は?」

「王宮が騒がしかったけれどもパーティーの準備でも無い。だけど国王陛下から近々招待状が届くだろうとの事よ」

「それだけじゃまだ確定でも無いんじゃないか?息子の婚約者にただ会いたいから招待状を送るって意味かもしれねーだろ」

「いいえ、それならお父様は陛下が私に会いたがってたと伝えるはずよ。だからこの招待状は表向きはヴォルフの言っていた通り可愛い可愛い私に会いたいという内容、だけれど本来の内容は別と考えるのが妥当よ」

「…………可愛いとは言ってないぞ」


 最後に聞こえた言葉にはスルーしよう。一息つきたくて紅茶を口にする。ダージリンのこの季節ならではのファーストフラッシュの爽やかな香りと風味が口の中いっぱいに広がる。


「だから高確率で聖女が現れたからどう対応するべきか私に意見を聞きたい所だと思うの」

「なるほど…学園編入辺りの話か」

「恐らくね……後は騎士として国に忠誠を誓ってるものの貴族としては中立派の侯爵の所に預けられてるからそこの意見も聞かれると思うわ」

「――貴族派が聖女が現れたと知ったら狙って来るからか」

「貴族派だけじゃないわ。教会も黙ってないでしょうね」


 第1妃が率いる貴族派、そして独立した機構である教会……どちらも金と権力に貪欲で手段を選ばない。なぜ国王が王妃亡き後第1妃を王妃に迎えないかという理由がそこにある。


「だから、ヒロイン――聖女を守りつつ原作通りに事を進めるにはどうしたらいいかここに書いてきたわ」


 カップを端に避けて時系列順に並べて見せた。それを速読で読み上げ頭に叩き込み理解したのだろう、下を向いていた彼が私の顔を見て真顔で頷く。


「即興にしてはよく出来てるしいいと思う」

「そう?それならもうこの計画書は要らないわね」


 外から見えないようにカーテンを閉め、広げた紙を纏めて初めて習得した闇魔法で黒い炎を出して計画書を消す。これは原作でも彼女が使っていた魔法で自分でも出来ないかと試しでやってみたけど成功して思いの外楽しいし嬉しい!


「これが闇魔法か…初めて見るな」

「そりゃそうでしょ、光魔法と同じく珍しいんだから。元から持っている人なんて魔王か邪竜くらいなものよ」


 まあ、魔王も邪竜も魔界にいてもうこの世界に興味無いからいないんだけどね。この乙女ゲームのラスボス私だから闇魔法の使い手って設定なんだろうけど。ラスボスなんてやらないけどね!


「じゃあ、同意したってことで契約しておく?」

「しなくていいけどお前がそれで安心するならしていいぞ」

「そ?じゃあいいわ面倒だし。とりあえず悪役令嬢の演技の練習でもしましょうか」


 と言ってもどうやればいいのやら……

 考え抜いた私は座っているヴォルフに跨って逃げ場を無くすようにして両手をつく。くっ…思った以上に肩幅広いしタッパあるのね。

 いきなり変な行動を取ったせいか、ヴォルフが小さく唾を飲み込む。思った以上に顔が近くなったが仕方ない。


「貴方…私の手となり足となりなひゃい……」


 ……噛んだ。めちゃくちゃ恥ずかしい。湯気が出るんじゃないかというほど顔に血が集まっているのが分かる。腕も力尽きてきたのかぷるぷるとしてきてその姿が滑稽だったのかヴォルフは耐えきれないように顔を逸らして肩を震わせ始めた。


「な、なによ!噛んだだけじゃないの!そんなに笑わなくてもいいじゃない!ねぇ!!」

「……っふ、無理……くっ、ふ…そこで噛むとか…」


 笑いを堪えているのか、彼の耳が赤くなっている。いっその事爆笑してよ!堪えられる方が辛いわ。


「ちょっと――」


 文句を言ってやろうと息を吸い込んだ私は、扉を叩く音にびっくりして悲鳴をあげ思わずソファーについてた両手を離してバランスを崩しヴォルフが腰に手を回してくれたお陰で転ばずに済んだ。済んだのだが――……


「…………お嬢様……」

「レ、レイ?これはその…………」

「早くその汚物から離れてください処理致します」

「―――ほぉ、やれるものならやってみろ」

「誤解だから殺気立つのやめましょう?ちょっと!ヴォルフも煽らないの!」


 ぺしぺしと腰に回っている手を叩いて抗議をすると、渋々といった感じで解放されその隙に彼から離れる。


「ね?離れたから許してちょうだい。あと、さっき見た光景も忘れてくれると助かるわ」


 なんで私は浮気現場を見られた彼氏みたいな状態になっているのよ。じとーっと睨む彼女を必死に説得して(そんな私をヴォルフは何故か睨んでる気がする)それで、と続ける。


「私の言いつけを破ったということは何かあったの?」

「……王宮宛からお嬢様に手紙です」


 その言葉にヴォルフと私は顔を見合わせた。……思ったよりも早く作戦に取り掛かれそうね。

 恐らく思っている通りの内容だと思うがとりあえずペーパーナイフで封を切り中身を見る。

 そこにはなんの変哲もない言葉を並べ立てられてはいるがいつもは都合がいい時に会いに来なさいときていた言葉が今回は出来るだけ早く会いたいと変わっていた。

 私は机の引き出しから手紙を取りだし、その場で返事を書き封蝋し手紙を手渡して早急に届けるようにと命令する。

 再び2人きりとなった部屋で私はくすりと笑みを浮かべ――……


「作戦開始よ!いざ!円満婚約破棄!!」


 声高らかに張り上げ腕を振り上げた――……

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