第2話悪役令嬢、前世を思い出す

 事の発端はスプリングホリデーで社交界シーズン真っ只中の為、王都の邸宅で過ごしていた時のこと。

 毎年スプリングホリデー時は幼なじみのヴォルフは暇人なのか、よく我が家に連絡も入れずに訪問してくる。最初は注意していたけど聞く耳持たないしもう無視している。

 そんな彼といつものように応接室でティータイムを楽しんでいる時、まさに今この時私は全てを思い出した。


 こことは違う――そう、前世の記憶を………


 ただ、前世の記憶を取り戻したとしても何だかストンと納得するような、まるで全てのピースがやっと収まったような感覚だ。

 小さな頃から違和感はあった。それに価値観やアイディアだって突拍子もないものを作り出しそれを世に出してきたのだから。

 それが、前世の記憶のお陰だってことに気づいてスッキリした気持ちだ。


 あー、なんて爽やかな気持ちなんだろう


 スッキリした所で、自慢の紅茶を飲もうとカップを手に取り前世を思い返す。

 平凡な社畜だった私、そしてその中で唯一楽しみにしていたゲーム…………ん?ゲーム…

 あることに気づき持っていたティーカップを落とした。

 ガチャンッと音を立てて割れる音が聞こえた気がした。


 なんて事だ。そんなまさか……


 ぽかーんと口を開け呆然とする私を見てヴォルフは怪訝な目を向け、そんな彼の手を私はむんずと掴み立ち上がる。


「レイ!片付けてちょうだい!あと、今からヴォルフを大事な話があるから誰も通さないように!!」

「畏まりましたお嬢様」

「…は?いきなりなんだ……ておい!待てって!!」


 ヴォルフは私が無言で手を繋いだまま歩き出したことに慌てながらも私に着いてくる。

 侯爵令嬢らしからぬ大股で兎に角早く執務室にと急ぎ、扉をバン!と開きヴォルフを先に入れ閉める。

 何故いきなりここに連れ出されたか分からない、といった表情の彼に私は言った。


「―――私、思い出したの…今から話すことは他言無用よ!」

「…何?いきなり脈絡無さすぎ、大体お前は――」


 応対客が座る椅子の縁に腰かけ文句を言いかけたヴォルフに対し、その時間さえ惜しい私は彼の言葉を聞かずに遮る。


「あのね、今から話すのは信じられないことだろうけど本当のことなの!私、前世では日本という国で育ったんだけど三人兄妹の末っ子で…ってそれはいいとして、そこで私が夢中になっていたゲームがあるの!それが今いるこの世界なんだけどね!」


 興奮して捲し立てる私にストップ!と私の顔の前に掌を突き立てる。


「あーーー、色々言いたいことはあるが話長くなりそうだからとりあえず座って話そう。あと、紙とペン持ってこい」

「そうね!それがいいわ!」


 いそいそと羊皮紙と羽根ペンを用意し、テーブルに置き向かい合って座る。

 足を組んでサファイアのような綺麗な瞳で私を見つめる彼――ヴォルフガンク・フォルスター……乙女ゲームの攻略者である彼に話していいものかとふと思ったが、ええいままよ!と全て話した。


「私の前世の記憶通りなら、ここは私が前世でプレイしていた”ドキドキ♡恋の魔法を貴方にズッキュン♪〜異世界で始まる愛のラプソディ〜”通称ドキュンの乙女ゲームの世界なの」

「待て、なんだそのタイトルダサすぎだろ」

「ええ、私もそう思うわ。でもその絶妙な酷いネーミングがそそられたのよ……て、いいのそこは!で、乙女ゲームってのはね、ヒロイン…1人の少女が複数の男性攻略者を落とすゲームでそこには必ずライバル…悪役令嬢が存在するの、それが私、エレノア・フローリアよ!!あ、因みにあなたは攻略対象者よ」


 ビシィッ!と頬杖ついて聞いていた彼に指を突き立てると驚いたように目を見開く。


「で、大体悪役令嬢の末路は嫉妬に狂った私がヒロインを殺そうとして捕まり処刑され家は没落、もしくは国外追放とか悲惨な結果に陥るんだけど」


 もうひとつ結末があるけれど、それは私自身が行動に移さなければ起こらないので省略した。

 ……それより、何よその目は。攻略対象辺りから段々とヴォルフの周辺が冷え込んだ。というか確実に魔力漏れているよね?自分が攻略対象に入っていることにそんなに不満なのかしら。

 とりあえず、気づいてないフリをしよう。そうしよう。


「確か今の時期かしら、ヒロインがこちら側に現れるのは。このホリデーが終わった後、ヒロインが学園に編入してくると思うわ」

「……それで?お前は何をしようとしてるんだ?自分から破滅に向かっていくのか?そんなタマじゃねーだろ?」


 よくご存知で。ニッコリと微笑み――……


「私の婚約者とヒロインをくっつけようと思うの」

「……なんで数ある攻略者というものの中から王太子なのか理由聞いていいか?」

「それは勿論、ドキュンの王道シナリオだからよ。それに、私別に王妃の座なんて欲しくないし?」


 そう、決して王妃になる為の勉強が面倒だからヒロインに丸投げしようとしている訳では無い。

 顎に手を当て考え込むヴォルフ。乙女ゲームの攻略者と知って改めて見ると本当に美形よね…

 白狼を思わせるシルバーグレーの髪が執務室から漏れる陽の光に浴びてキラキラと輝き、普段は鋭い眼光を今は伏せて物思いに耽る姿がなんとまぁ神々しい。


 ――これだけでスチルになるわ


 今度の魔道具開発はカメラにしよう。そして隠し撮りしてドキュンキャラの皆の写真を部屋に飾ってグッズも手作りしてThe☆オタク部屋を作ろう。

 前世ではただのしがない社畜で、仕送りしたり自分の時間なんて帰宅してからの寝るまでの数時間しかなかったしグッズ買う余裕なんて無かったのよね…

 でも!今や公爵令嬢で私だけの資産もがっぽりあるしいくらでも自分で作れちゃうんだから!


 あ〜、金持ちって最っ高!


 テーブルをトントン、と叩く音で我に返るとヴォルフが紙を指差し――


「とりあえず、その乙女ゲームとやらの内容をここに覚えてる限り書き込め」

「あっ、はい」



 そうよね、彼は全くドキュンの話なんて知らないし今後の作戦を立てる為にも知ってもらわないといけないんだから。

 彼の言う通りにドキュンの攻略対象、各ルートの物語を書いていく。書き終わる頃には日が暮れそうになっていた。


「出来たわ!」

「出来たわ!じゃねーよ、どんだけ長いんだよ。この分厚さ本ができるだろ」

「あら、それもいいわね!王子ルートはきっと検挙されてしまうからヴォルフ辺りのルートを本に出したり――」

「絶対やめろ」


 何よ、冗談なんだからそんなに怒らなくてもいいじゃない。……まあ、半分本気だったけど。

 ぶすっとしてる私を無視して、書き上げた紙の山を持ちヴォルフは立ち上がり部屋を出ようとする。


「夕食食べていかないの?」

「ああ、とりあえずコレ帰ってから見るからいい」

「そう、じゃあ玄関までお見送りするわね」


 立ち上がろうとした私に彼は来なくていいというように右肩に手を乗せ首を振る。


「お前は今後の出来事を踏まえて作戦を立てとけ、俺は一晩で頭に叩き込んでくるから」

「……手伝ってくれるの?」

「は?それ目的で人払いさせてまで話したんだろうが」


 いや、確かにそうなんだけどね?内心とうとう狂ったかとまで思われるというか言われると思いまして…だから、なんと言うかその……


「――信じてくれて、ありがとう」


 それに協力までしてくれるとは思って無かったから凄く嬉しくて、見上げて彼に微笑んだ。


「――っ、」

「あ、引き止めてごめんなさい。……レイ、お客様がお帰りよ。準備して」


 指輪型の通信用魔道具で告げるとコンコン、とノックの音がしてどうぞと言うとレイが失礼しますと部屋に入ってくる。


「お待たせ致しました――……ヴォルフガング様、お帰りの準備が整いましたのでご案内致します」


 いつも思うけれど、仕事が早過ぎないかしら……

 私、レイに命令して何秒で準備が出来たって?察知能力が高すぎるでしょ……


「じゃ、明日も来るから」

「ええ、私もそれまでに計画書を書いておくわ」


 見送りは結構だと言われたので手を振り扉が閉まる音と共に机と対峙する。


「さて、計画書作りますか!」


 円満婚約破棄計画書が出来上がる頃には夜が開けてゆっくりと陽が登ろうとしていた。


「で、出来上がったわ……」


 長時間同じ姿勢でいたので、身体が固まってしまっている。んーーっと背伸びをして一息つき庭師が綺麗に手入れしている薔薇園が窓の外から眺める。そろそろ満開になりそうな薔薇達が朝露によってキラキラと輝いている。

 朝食前にひと風呂浴びよう。

 自室に戻る為部屋から出ると―――……


「おはようございます、お嬢様。お風呂の準備が出来ました」


 待ってましたかのようにレイがそこに立っていた。

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