第91話 (九重雪視点)


 いつもはそれなりに楽しんで歩いていた帰り道を、今は一人で進んでいる


 思い返すのは、先程までのグループ仲間との会話



『ね〜雪、私ら友達でしょ? ここは友達のためにさ、十束と百瀬が別れるのに手伝ってくんない?』



 彼女らは、百瀬くんとさくらが別れるための計画を手伝うよう言ってきた


 その計画とは、百瀬くんに嘘の告白をしてさくらから彼を奪い、その隙にさくらと付き合い、最後に百瀬くんは棄てられるというもの


 そのようなふざけた計画、私は到底乗り気にならなかった、、、というか逆に諌めた


 あの二人は本当に愛し合っているから、引き裂くことなど出来ないと


 彼等は百瀬くんを侮っているようだけど、百瀬くんの溺愛っぷりは見ていて喉がぐっとなるほどだと


 そのように説明したのだけれど、、、



『ふーん、あたしらに逆らうんだ。 その意味、後で後悔しないでね?』



 急に怖くなって、その場から逃げ出した


 ふと思い出してしまった、、、イジメられていた日々を


 二人を守る道が正しいのだと信じ、今度こそは間違った選択をしないのだと思い、容易に彼女らの命令を拒否してしまった


 人道的に見れば、この選択は正しい


 でも、、、これからのことを考えると恐ろしく感じる


 私はまたイジメられてしまうの?


 頭の中が混乱している、、、目が潤んできた


 酷い人間だった私を『友達』と呼んでくれた彼のために、正しいことをしたつもりだった


 こんな心が醜い自分でも、誰かの主人公になれるのだと、、、そう思ってしまった


 その結果、自分が積み上げてきた居場所を失おうとしている


「、、、もう、何が正しいのか分からない。」


 家に帰るのも億劫で、何かに誘われるままふらふらと歩いていた


 気づくと来たこともない公園の前に立っていた


「あれ、あそこにいるのって、、、」


 東屋で黙々と勉強をしている高校生の姿が


 そして私はその子を知っている


「あ、九重先輩じゃないですか。 どうしました、こんな辺鄙な公園に?」


「いやその辺鄙な場所で勉強しているあなたも大概なのだけれど、、、」


 強烈な挨拶で直前の絶望を忘れて、思わず冷静にツッコんでしまった


 結局その流れで私も東屋に着席し、彼女の勉強姿を見ることになっている


 そのまま少しの時間が過ぎ、ペンを動かす手を止め、万丈ちゃんが突然話しかけてきた


「蒸しタオルを当てると良いそうですよ。」


「えっ? どうしたの急に?」


「目、赤くなってますよ。」


「あっ。」


 慌てて手で目を覆う


「、、、無理強いはしませんけど、悩みを吐き出すのは効果的だと思います。 私で良ければ、話していただけますか?」


 人に聞かせるのも恥ずかしい話


 でも私はどの道を進めば良いのか全く分からなくて、、、何かに縋る思いでそれを吐き出してしまった


「実は、、、」




 万丈ちゃんは、静かに私の話を聞いてくれていた


 私が百瀬くんに嘘の告白をしてしまった話の時も、責めずに黙って聞いていた


「、、、百瀬さんは嘘の告白を受けていたんですね。 今まで知りませんでした。」


「あれ? さくらから『希ちゃんが先輩とよくメールしてるんです〜』って聞いていたのだけれど、、、」


「勉強で分からないところを質問しているだけですよ。 、、、で、九重先輩は今悩んでいるんですね、これからのことで。」


「、、、うん。」


 言われた通り、話すだけでも確かに気持ちが楽になった


 でもそれだけ


 私がイジメられる未来は、、、何も変わらない


 項垂れる私をじっと見ていた彼女は、口をゆっくりと開いた



「百瀬さんやさくらには、相談しましたか?」


 えっ?


に相談はしたんですか?」


 いや、でも、、、


「私は百瀬くんを傷つけてしまって、、、そんな私の問題に、彼を巻き込めないよ。 それに彼は、自分に嘘の告白をしてきた人たちに復讐しないって言ってたから。」


 復讐をしないと言った彼の優しさを、勝手な私情で汚されることなど許されない


 まして、、、よりによって私が彼をこれ以上苦しめるなど、、、


「でもそれは百瀬先輩に仕掛けてきた女たちの場合ですよね。 あなたが危機に瀕している場合は適用外なのでは?」


 はっと気付いた


 私が百瀬くんに頼れば、もしかすると彼は救いの手を差し伸べてくれるかもしれない、、、


「言われてみればそうだけど、やっぱり私が彼に頼るわけにはいかないよ、、、」


 頑なな私に呆れるように彼女は嘆息する


「今の九重先輩、夏祭り前のさくらと同じですよ。 自信を失って、、、百瀬先輩とさくらは必ずあなたを救けてくれるはずなのに。」


「ッ⁉」


「取り敢えず電話してみたらどうですか? 動かなきゃ何も始まらない。 救けを求めなければ救けてくれるはずがない。 当たり前のことです。」


「わ、分かったわよ、、、」


 半ば無理矢理な形で携帯を手に取り、そのまま百瀬くんに電話をかけた


「、、、」


 ドキドキしながら待機音を聞いていた


 彼はまだ私の事情を知らないはずだけど、話を聞いたら私のことを軽蔑するかも、、、そんな不安が体に襲いかかる


 そして、、、その時がやってきた



『ちょっ! 胸元緩めたまま近寄ってくんな! 今九重と電話してんだよ!』


『だからこそですよ〜私たちが愛し合っている声を聴かせて上げましょうよっ!』


『くっそマジでコイツ最近攻め過ぎだろうが! 貞操の危機を感じてるよ!』


『恋人関係で何を萎縮しちゃってるんですかぁ? 付き合って半年ですし、そろそろ一線を越えても良いと思うんですよぉ。』


『うっ、うわぁーー!』


 、、、私は黙って電話を切った


 念の為にスピーカーにしていたので、万丈ちゃんにもバッチリ先程のやり取りが聞こえていた


 私たちは顔を合わせ、ニッコリと笑い、、、


「「一緒に勉強しましょう(か)!」」


 、、、色々とありすぎて不安も消え去ってしまっていた


 生まれて初めて、現実逃避というものを経験したと思う、、、



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