第90話 (百瀬零斗視点)


 ムギュムギュ


「、、、」


 ムギュっ!


「、、、さっきから押し付けるのを止めてくれないか?」


 何を、とは言わないが


「え? カノジョが彼氏の腕に抱きつくのは普通のことでは? 適度なスキンシップは大切って漫画にも書いてましたし。」


「これはどう見ても過度なスキンシップだろうが!」


 周りの男達からの視線が険しいんだけど⁉


「ふむ、私の胸を先輩の腕に押し付けてるだけですが、、、」


 敢えて何かを言わないようにしてたのに、まったくコイツは、、、



「今までもだったけど、何故急に激しくなった?」


 プレゼントを渡した日、すなわちさくらの誕生日から数日が経過


 特に変わることはないと思っていたのだが、彼女の髪に髪飾りが毎日挟まれているのはもちろん、何よりも距離がより一層近くなった


 さっきのやり取りからみて分かるように、これは気の所為ではない


「理由は先輩も分かってるんじゃないですか?」


 さくらはニコニコしながら、自分の頭で黒く光る髪留めをツンとつつく


 まぁ原因はなんとなく察してたけど、、、俺がプレゼントとして身につけられる物を贈ったからだろうな


「この髪留めは、、、私が先輩のものってことを証明してくれるのですよ。 遠くからは目を凝らさないと気付けないとはいえ、自信が湧いてくるのです。 だから少々くっつきすぎても恥ずかしさがないのです。」


「俺は恥ずかしいんだけどな。」


 、、、まぁ、俺のカノジョでいることに自信を持ってくれるっていうのなら、、、贈った甲斐があるよ




 いつの間にか馴染んだ場所となってしまった、さくらの部屋


 彼女が借りたという漫画を読みながらゴロゴロしている最中、さくらが話しかけてきた


「ところで百瀬先輩。」


「どうした十束後輩。」


「お付き合いを初めてはや半年。 私たちカップルの存在は生徒間でじわじわと広まっている現状でして、よからぬことを考えている輩がいるという噂です。」


 彼氏(俺)は存在自体があまり知られていなかったとはいえ、カノジョであるさくらが超カワイイからなぁ、、、そんな女子が半年もの間、冴えない男の傍にいたってこと


 凸凹カップルとして知られてもなんら不思議でない


「で、よからぬこととは?」


「自分が私以上に可愛いと信じ切っている間抜けな女共が、先輩に、その、、、嘘の告白をして、私から先輩を奪おうとしているらしくて、、、」


 その後、彼女から詳しい説明を聞いた


 さくらがモテているのは当然として、そんな可愛いさくらと、よく分からない男である俺が付き合えていることに苛立ちを覚えた男たちがいる


 主に陽キャのグループの男だな


 その男たちがグループの女子に相談し、さくらの可愛さに嫉妬している女子も賛同した結果、、、俺に嘘告してさくらから俺を奪い、その隙に男はさくらと付き合い、最終的に俺は棄てられる


 そのような計画らしい


 要約すると、毎度お馴染みの嘘告で俺とさくらを引き離して、彼女を奪おうというわけだ



「んー見事に俺が陰キャ扱い。 まぁその通りなんだけれども。」


「よく考えなくてもこの計画って穴だらけですよね。 何故この計画で先輩から私を奪えると思ったのでしょうか? それに当の本人である先輩にも噂として広がっちゃってますし。」


 さくらは呆れたように首を傾げた


「それは同意。 大前提として俺がその女子になびかなきゃいけないんだろ? カノジョ持ちの男が他の女子に惚れるわけないだろうが。 俺って告白したらすぐ釣れる安い男だと思われてんのか、、、」


 陽キャになろうとせず、陰キャという立場で満足していた自分の過失と言えばそうなんだが、、、


「先輩は私よりも他の女性を選んだりしませんよね?」


 珍しく真面目な表情でそう言った


「愚問だな。 俺はお前を手放す気なんか更々無いし、手放されるつもりもないよ。」


「、、、強気な先輩は珍しいですね。 まぁ私が一生離してあげないんですけど。」


「一方的に将来が確約された⁉ 、、、いや一方的じゃないわ。 俺もその予定だし。」


 途端に両頬を押さえ、顔を背けたさくら


「先輩のデレが最近本当に多くて、、、心が暖まるしキュンキュンするのですけれど、やっぱり心臓に悪いです。ズルいです。」


 、、、無性に抱きしめたくなった


 だから抱きしめた


「、、、好きな人に抱かれて、驚かない女の子はいませんよ。」


「悪い、急に抱きしめてしまって。 でも自分を抑えられなかった。」


 今まで自分は感情が薄い人間の部類だと思っていた


 何度も嘘告を経験し、ぼっちの道を歩み、感情を表に出さない人間だったんだ


 それが今ではこうだ


 感情を抑えられず、思わず彼女を抱きしめている


 何度目の言葉になるか分からないが、やはり半年前より自分が見たら倒れるような光景だ



 背中から抱いているから、彼女の顔は見えない、、、寧ろその方が良い


 だって、自分のふやけた顔を見られずに済むから


 まぁ何が言いたいのかというと、、、俺はコイツに堕とされた


 堕ちるところまで堕ちちまったってことだな


 その責任は取らせる


 俺もさくらも、2人纏めて幸せになるんだ


 それまで離してやらないから、、、


「覚悟、してくれよ?」


「、、、私の決め台詞がぁ。」


 ツッコむ所はそこかい



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